始まりのサヨウナラ 2)
賑やかなざわめきに振り返れば、見知った顔ぶれが集まっていた。
シーリス、ヨルグ、サラトフ、アッカ、ヒルデ、エドガー、オレグ、ロッソ、セルゲイ、ブコバル、アスレイ。その他にも言葉を交わした大勢の兵士たち。
リョウは見送りに集まってくれた兵士一人一人と挨拶を交わした。
「坊主、またな」
「仕官するならこい」
「あぁ、待ってるぞ」
「専任の鷹匠か?」
「いや、どうせなら厩舎番だろう。籍も空きがある」
「だとしてもまだ先の話だろう」
気の早い話に、皆がどっと笑う。
「困ったことがあれば、いつでも頼れ」
親指を上に、ニカッと白い歯を見せて。兄貴分としていいところを見せようと思ったのか、場を引き締めるようにオレグがいっぱしの口を利けば、
「お前に言われてもなぁ」
「おぅおぅ、カッコつけやがって」
「百年早ぇぞ」
すかさず周りから突っ込みが入った。
再び笑い声が上がる。
すっかり自分にも馴染んでしまった変わらない日常の空気を名残り惜しむように、リョウはその光景に目を細めた。
そしてゆっくりと周囲を見回した。足りない何かを埋めるように。
それは、日の光りに反射して煌めく白銀の色。深い海の底のような穏やかで静謐な瑠璃の色。この砦の責任者―ユルスナールだ。
ガルーシャを通して始まった、ガルーシャが残してくれた新たな絆。
集まった兵士達の後方、兵舎の入り口付近に、目に馴染んだ長身が寄り掛かっていた。
すっと、まるでそこに見えない磁力があるかのように、視線が吸い寄せられていた。
「ルスラン」
リョウの口から、小さくその名が漏れた。
それが、聞こえたのだろうか。
ユルスナールは眩しそうに目を細めると、徐に身体を起こした。
静かに長い足を進めて、近づいて来る。
そして、リョウの前に立った。
「ありがとうございました」
慣習に習い、軽く抱擁を交わして、両の頬に掠めるだけの口付けを贈る。最後に身体に回された腕に力が込められた。
ふいに身体が持ち上がる。
突然、目の前に迫った顔にリョウは思わず、視界に入った逞しい肩に手を置いた。
「リョウ、またな」
次を約束する言葉。
「はい」
この国では、別れ際の挨拶に必ず未来への繋がりを託した。故郷の【さようなら】は、この国では【また、会う日まで】に変わる。
ここで終わらない。
そんな予感を伴う一言が、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
ユルスナールを前にするとどうしても調子が狂う。ついさっきまでは兵士たちとの軽妙な笑いの中に身を置いていたと言うのに。
じわりと込み上げて来そうになる【何か】を、リョウは感謝の気持ちを乗せた微笑みを浮かべることで封じ込めた。
「ルスランもお元気で」
「ああ」
ユルスナールの口元が弧を描く。
それから、何を思いついたのか、リョウは、突然、悪戯っぽい顔をするとユルスナールの耳元で二言、三言【何か】を囁いた。
その瞬間、ユルスナールの目が驚きに見開かれた。
それを間近に確認して、驚いたままの珍しい表情にリョウは触れるだけの口付けを贈った。
驚愕の為にか、ユルスナールの腕の力が緩む。
その隙にリョウはパッと両手を話すと軽やかに身を翻し、駆け出した。
そして、砦の通用門の方へ、よく通る声を張り上げた。
「【アウーーー】! セレブロ、【ガトーバ】!」
一陣の風に乗って、どこからともなく白く光り輝く【何か】がリョウの前に飛び降りてきた。その巨体は、瞬く間に大きな狼に似た獣の形に変わる。
白銀の王、セレブロだった。
リョウは颯爽とその背中に跨った。
そして、鮮やかな笑みを浮かべて片腕を振り上げた。
「【ダ・フストレーチ】!!」
―また、会う日まで。
精一杯のありがとうの気持ちを込めて手を振る。
光り目映い白銀の波。うねる跳躍と共に胸元でキラリ、青い光が煌めいた。
そして、瞬く間に小さな背中が視界から消えていった。
兵士達の耳にその軽やかな笑い声を残して。




