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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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始まりのサヨウナラ 1)

 その日、砦の通用門には、朝早くから多くの兵士たちが集まって来ていた。

 その中心には、屈強な逞しい体つきの男たちに囲まれるようにして、ほっそりとした体格の人物が見え隠れしている。

 襟足で揃えられた真っ直ぐな黒髪が、朝日を浴びて深い光を湛えていた。それは、兵士達の明るい髪色の頭部の中では、より目を引いた。


 集まった若者たちの顔は一様に穏やかだった。中には、昨晩の酒盛りの余韻を引きずっているのか、二日酔いに冴えない顔色をした者や眠たげに目を瞬かせている者もちらほらと見受けられたが、それも御愛嬌と言うところだろう。

「リョウ、何かあったら、いつでも来い。今度は俺の番だ」

 ここに来る切掛けを作ったアッカが、その特徴的な赤い癖毛を風に靡かせながら微笑んだ。

 未だに怪我の介抱を【借り】のように思っているのだろう。律儀な性格は相変わらずだ。そのようなことなど気にすることは無いのに。困った時はお互いさまなのだから。

 だが、それをこの場で口にする積りは無かった。

「ああ」

 差し出された手にほんの少し、力を込めて握り返した。


 「パラ フェルメ ス リュークス」

 ―リュークスの加護がありますように。

 何度も口にして、漸く馴染んだ台詞。


 差し出された腕を掻い潜って軽い抱擁を交わす。

「お世話になりました」

「また、いつでも遊びにいらっしゃい」

 耳元で囁かれた柔らかなシーリスの言葉に、

「はい」

 リョウは素直に返していた。

 そして、両の頬に軽くキスを贈る。

 それが、この国での正式、且つ一般的な挨拶の仕方だった。

 そして、リョウは、上官(シーリス)の脇に立つヨルグとも同じように挨拶を交わした。


 ゆっくりと振り返った先には、無骨な砦の石壁が広がっていた。

 十日程という短い間だったが、ここでは色々なことがあった。森での生活とは比べ物にならない程の、ある意味、密度の濃い時間に、長い期間をこの場所で過ごしたような、そんな懐かしさを伴う錯覚を起こさせていた。

 あの小高い丘の向こうには、ガルーシャの種と自らの髪を共に埋めた場所がある。

 穏やかな泉の傍。柔らかな土は種が根付くにはちょうど良いし、水の心配もいらないだろう。

 そして、その場所にはセレブロに手伝ってもらい、小さな目印を付けておいた。どんな花と実を付けるかは先のお楽しみになるだろう。

 振り仰いだリョウの胸元には、種を入れていた簡素な革紐の代わりに、華奢な細工物の鎖が垂れ下がっていた。その先には、強い青みを帯びた石が付いている。

 それは、過日、ユルスナールから渡されたものだった。


「困ったことがあれば、いつでも頼れ。ガルーシャの縁なら、俺にとっても、リョウ、お前は家族同然だ」

 それは思いも寄らない温かい一言だった。

 ガルーシャは、今でもちゃんとこの場所に、そこかしこに息づいている。そして、自分を支えていてくれている。

 そんな嬉しい言葉と共にユルスナールの逞しい首から引き抜かれたのは、濃紺の青い石が煌めく首飾り(ペンダント)だった。

「お守りくらいにはなるだろう。取っておけ」

 持ち主の瞳と同じような色合いの瑠璃色の石が、リョウの鼻先で揺らめいた。

 剥き出しの水晶のようにカットされた部分に黒い瞳が反射する。


 それは見間違いで無ければ、純度の高い【キコウ石】を内部に封じ込め、研磨したものだった。

 キコウ石。その中でも純度の高さによって【カローリ()】、【カラレーヴァ(女王)】と呼び名が変わる。色の濃さとその発色の鮮やかさから見て、それは【カローリ()】だと思われた。希少価値の高いものだった。

「こんな高価なもの………」

 キコウ石は、金属鉱石スターリから剣などの金属を鍛える時に必要不可欠な鉱物だった。より強固なものを生み出すために、生成の時にキコウ石を使うのだ。そうやって鍛えられた刃類は刃零れしにくく、その切れ味も格段に違うらしい。剣を扱うものにとってはキコウ石を入れて鍛えられた武器は、それこそ喉から手が出るほどに欲しい代物(アイテム)だった。

 そんな武人の間では崇められているキコウ石だが、難点もあった。

 キコウ石の加工を行うのは、専門の術師だが、彼らは一概にして短命の者が多かった。

 キコウ石が、その生成途中、人にとっては有害な毒となる物質を発生させる為だ。刀鍛冶である術師は、その身に毒を浴びながら作業を行う。文字通り、術師の命を削って作られる代物なのだ。


 世界的に見て、術師の数は減少傾向にあるとその昔、ガルーシャは語っていた。国は、有能な人材を求めて囲い込みを始めている。ガルーシャはそんな流れの中、己が力を権力に利用されることを拒んで、僻地へ逃れ、隠遁生活を営んでいたのだった。


「それは、昔、ガルーシャが作ったものだ」

 ―だから、取っておけ。

 その青く煌めく石は、その昔、まだ幼いユルスナールがガルーシャに師事していた頃、授業の一環として術師の技を教授した折り、見本として作成し、ユルスナールにあげたものだと言う。

 それを聞いて、リョウは余計に躊躇いを見せた。

「そんな大事なものを…………尚更、頂く訳にはいきません」

 きっと、ユルスナールにとっては大切な思い出の詰まった形見となるだろう。

「いや、これは、お前が持つべきものだ。お前にこそ、相応しい」

 ―どうして?

 喉まで出かかった声は、しかし、言葉にはならなかった。


 ユルスナールの長い骨張った指が小さな留め金を器用に外すと、銀色の繊細な鎖をリョウの細い首に回した。指先が擽るように剥き出しの首筋を撫でて行った。

 リョウは、そっと自分の胸元を見下ろした。

 何度も洗濯を繰り返して白さのくすんだ洗いざらしのシャツに、瑠璃色の綺麗な石は、とても眩しく輝いて映った。

「よく似合っている」

 見上げた先には、ユルスナールの満足そうな微笑みとかち合う。そんな顔を見てしまえば、否やなどと言える訳が無かった。

「ありがとうございます。大事にします」

 リョウは、囁くように呟くと、青い深い光りを放つその小さな石をそっと己が手に握りしめたのだった。


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