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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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Kaleidoscope 2)

 そのまま、規則正しい寝息を立て始めたリョウに、ユルスナールは自嘲とも苦笑とも取れる小さな笑みを浮かべた。

 リョウには、警戒の欠片も見当たらない。それがいいのか、悪いのか。気を許していると思えばいいのか。それとも、自分を男として見ていないのか。その辺りは良く分からなかった。その心中は些か複雑だ。


 無造作に脱ぎ捨てられた上着を手にとって、近くの椅子の上に掛ける。

 寝台の端っこで縮こまる華奢な体をそれらしい位置にずらして下に落ちている頭を枕の上に乗せてやれば、寝心地のよい場所を探して、リョウが身じろいだ。

 その上に布団を掛けてやる。

 そうして、収まった細い体を見下ろす。

 自分が普段使用している寝台が、とても広く見えた。


 半ば衝動的に、リョウを自分の部屋に連れて来てしまったが、ユルスナール自身、そんな行動に出た自分に戸惑いを感じていたのも確かだった。

 己の中に渦巻いているこの感情は何なのか。


 寝台に横たわるリョウの寛がれた胸元からは、日に焼けていない白い肌が覗いていた。

 この国の女たちと比べても遜色のない白さ、いや、その肌理(きめ)の細かさから言えば、それは寧ろ、滑らかで透き通るような質感を持っていた。

 あの洗いざらしのシャツの下には、男には無い、柔らかな肢体が隠されている。これまで幾度か、実際に衣越しに触れて知るその感触を思い出すと自然と心の奥がざわついた。


 緩やかな輪郭を描くその曲線へユルスナールは手を伸ばしていた。

 滑る掌の下には、柔らかな体温が息づいている。

 規則正しく、ある一定の法則性に則り、微かに上下する華奢な背中。

 リョウの体からは、【ズグリーシュカ】の名残だろうか、甘い香りがした。

 露わになった細い首筋。短く切り揃えられた黒髪が頬に落ちかかる。それをそっと指で掻き上げて。

 不意に、その細い首筋に顔を埋めて口付けたい。そんな衝動がユルスナールの中に湧きあがった。

 ―どうかしている。

 これも酒の所為だろうか。

 だが、それはただの言い訳に過ぎなかった。


 ユルスナールにとって、リョウは始めから不思議な存在だった。

 ガルーシャがその手紙に託した人物。遺書とも言える、その最後の手紙には、少し右上がり気味の癖のある筆跡で、ただ、この封書を届けた者のことを宜しく頼むとだけ書いてあった。

 困ったことが起きたら力を貸してやって欲しいと。本来なら、それは自分の役目であり、責任であったのだろうが、それを果たせない運命の巡り合わせが、ただただ唯一の心残りだと、そう切々と綴られていたのだ。

 あの偏屈で人間嫌いのガルーシャが、大切に思った人物。

 守りたいと思った人物。

 最後の家族だとまで言わしめた人物。

 不肖な弟子としては、その意思を尊重したい、そう思った。


 だが、リョウに対する気持ちは、それだけに止まらなかった。

 実際に言葉を交わし、その人となりに接してみて、ユルスナール自身、リョウに対しては単なる師匠の依頼だからという理由だけには収まり切らない、何か特別な感情が芽生え始めているのを感じていた。

 と同時に、そんな自分に戸惑いを感じているのも確かだった。

 リョウの存在は、自分にとって、単なる庇護対象とするには些か異質だった。

 リョウには、【何か】があった。それは長年に渡り軍籍に身を置く自分の勘のようなものだった。


 リョウは、ユルスナールの目から見ても、なんというか、ちぐはぐ(アンバランス)な存在に思えた。

 それは、この国では珍しい顔立ち、髪の色、目の色であり、見かけよりも随分と落ち着いていることであり、聡明で学はありそうなのに、この国の、それこそ子供でも知っているような世間的常識に疎いことであった。

 何も知らない幼子がそのまま大きくなったような。いや、違う。全く、この国とは異なる習慣の下で暮らしていたというような感じだ。

 驚くほど流暢にこの国の言葉を話す為、普通に会話をする分には気が付かれ難いのかもしれないが、偶に混じる言葉使いには、はっきりとした訛りがあった。

 ―リョウはどこからやって来たのだ? ガルーシャと知り合った経緯は?

 そんな根源的な問いが頭に浮かぶ。

 ―そう言えば。

 この間、それとなく生まれを聞いた時には、旨い具合にはぐらかされてしまったことを思い出した。

 あの時、リョウは、ほんの少しだけ、困ったような、まるで迷子の子供がするような途方に暮れた表情をしていた。

 言いたくないことを無理に聞き出そうとは思わない。

 リョウには哀しい顔は似合わない。

 だが、出来ることなら、その口から自分に打ち明けてほしい。

 そんな相反する矛盾した気持ちがユルスナールの中にはあった。


 それからリョウは、人の世界の理から逸脱した孤高の存在であるヴォルグの長、セレブロがいつになく気に掛けていた存在でもあった。

 それを目の当たりにして、不意に湧きあがって来たこの不可解な感情は…何だろうか。


 その答えを出すには、きっと、まだ早い。

 ユルスナールは、手にしたグラスに残る【ズブロフカ】を飲み干すと、そのままゆっくりと瞼を閉じた。

 ―今は、これでいい。

 ひっそりと静まり返る室内、己のものとは違う、もう一人の小さな息遣いを耳に感じながら、そっと小さく息を吐き出した。


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