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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
番外編集
217/232

13)おやすみ、【ガルーブチク】

前回に引き続き王都滞在中のエピソードです。

 ―――――【ダーヴニム ダヴノォー ジィール ビィール ヴァルチョーク……ベェルィ】


 むかーしむかし、ある所に真っ白な子供の狼がおりました。狼は灰色で、艶やかな毛並みを誇りとする森の戦士です。大人の狼たちは、それはもうお洒落さんで、日々毛繕いをしながら銘々が自分の毛並みが灰色で立派なことを自慢しあっていました。

 そんな中、真っ白な狼の子供は、いっつもからかわれてばかり。

「やーい やーい まっしろけ! お前は狼じゃぁないんだ! おまえのかぁちゃんは犬っころとまぐわったにちがいない。やーい、そーれ、犬っころ!」

 灰色のふさふさとした毛を持つ子供たちは、口々に囃したてました。灰色狼の一族の子供たちにとって真っ白であることは、狼としては恥ずべきことだと思っていたのです。

 遠く、この大陸の遥か北の方に目をやれば、そこには白い狼の一族が暮らしていたのですが、大昔と違い二つの一族の間に交流が途絶えてしまった今、灰色狼の子供たちは白い狼の一族の存在を知りませんでした。

 灰色の一族の大人たちは、狼が灰色の毛を持つものだけではないことを知っておりましたが、一族以外の雄を受け入れ子を成したその子供の母親に余りいい顔をしなかったのです。ですから、子供たちの口さがない言葉をどうせ子供同士の戯れであろうと放っておいたのでした。

 白い子狼はいつも一人ぼっちでした。白い子狼の母親は、二つ前の冬に旅立ってしまったのです。以来、真っ白な子狼はいつもひとりぼっち。灰色狼たちの遊びの輪には入れてもらえず、一族の縄張りの端っこにある母と暮らした大きな木のうろの中で丸くなって眠りに就きました。


***


 女にしては少し低めの落ち着いた声が止むと、細く骨張った長い指が(ぺーじ)をめくる音がした。

 夜間用に明度をぎりぎりまで絞られた仄かな橙色の明かりが、大きな寝台の中に収まるこんもりとした小さな山から覗く幼い男の子の横顔を照らし出している。そして、その柔らかな光は、その男の傍らに座し、穏やかな表情で幼子と手にした絵本を眺める女の横顔をも照らしていた。

 淡い茶色の髪をした幼い男の子はうつぶせになり、組んだ両手の上に顎を乗せながら、その柔らかな若緑色の瞳を爛々と輝かせていた。


 眠気はどこへやら。普段の就寝時間はもうすぐそこまで近づいているというのにシビリークス家次兄ケリーガルの一人息子、オーシャは全く眠りに就くような様子はなく、寝台の枕元に置かれた大きな絵本を食い入るように覗きこんでいた。

「オーシャ、眠くはないの?」

 リョウは、つと手を伸ばすと幼子特有のその柔らかな髪を弄ぶように額際から後方に撫で付けた。宮殿での祝賀会の前に交わした約束を果たすべくオーシャの部屋の寝台際で絵本を読んでいたのだ。

 物語が中断されたことが不満だったのか、

「ううん。ちっとも」

 オーシャは目線だけ上を向けると続きを促すように直ぐそばにあるリョウの膝に手を置いて、膝を揺らすように叩いた。

「ねぇ、リョウ。続きは?」

「はいはい」

 もうすぐお休みの時間が来てしまうことに内心困ったと思いながらも、物語の途中で話を止めてしまうのは興醒めであることには違いなかったので、リョウは、新しく開いた頁にある続きを読むことにした。


***


 ある日、子狼は一人深い森の中を散歩に出掛けました。いつだって遊ぶのは一人です。でも子狼はちっとも淋しくはありませんでした。何故なら、子狼には、土の精霊や風の精、水の精や木々に宿る精霊たち、周囲の大地と森に住まう精霊たちがいたからです。

 今日は天気がいいからもう少し先の湖に行ってみよう。白い子狼は、そう思い立ちました。

 湖の水面(みなも)に鏡のように自分の姿を映して遊ぶのが、このところのお気に入りでした。そうやって遊んでいると風の精が戯れに湖面を揺らしたり、水の精がちゃぷんと跳ねたり、はたまた湖の中に住まう魚たちが湖面に映る子狼の耳をつついて齧ったりと束の間の遊び相手をしてくれるからです。

 その時の楽しい時間を思い出して、子狼は小さな身体を飛び跳ねるようにして湖へと向かいました。


***


 リョウが(ぺーじ)をめくると、可愛らしく森の中を駆けて行く白い子狼の姿とその子狼が目指しているという湖の絵が端っこに現れた。

 そして、そこに書かれている文章を読もうとした所で、不意に静かになった己が腰の辺りを見下ろせば、絵本の端っこに手を掛けながら、いつの間にやらすやすやと夢の世界に旅立っているオーシャがいた。

 少し前まで目を爛々と輝かせていたというのに。

 物語の世界にいつになく入り込んでしまった所為もあるのだが、リョウは、オーシャの変化に気が付かなかった自分に少しだけ苦笑を洩らしながらも、これからが良い所なのにと話しの腰を折られた気分になって、子供相手にそんなことを思ってしまった自分にも呆れて、一つ肩を竦めると、そっと小さな手を絵本から外し、上掛けを引き上げてやった。

 それからふくふくとした柔らかな頬に掛かる髪をそっと指で梳き上げると、

「おやすみなさい、【ガルーブチク(子バトちゃん)】。続きは、また今度ね」

 リョウはまどろみの中にある形の良い耳に囁きを吹き込むと、その頬に触れるだけの口づけを落とした。

「いい夢を」

 そして、腕の中に読みかけの絵本を抱えると、抜き足差し足、なるべく音を立てないようにと細心の注意を払いながら子供部屋を後にしたのだった。




 そうして、一人部屋に戻ったリョウをユルスナールが待ち構えていた。ユルスナールは、寝台の中に入り、頭側の上部部分にある板を背凭れ代わりにして、珍しくその手に書物を持ち、(ページ)を繰っていた。

「まだ、お休みではなかったんですね」

 オーシャの部屋での余韻を引きずるようにそんなからかいの台詞を口にしたリョウに、ユルスナールは『何を言う?』とばかりに心外な顔をして、

「まだ寝るには早いだろう?」

 すっかり日が落ちて暗くなった窓の外を見て、それからリョウの方を見ると何やら意味深に笑った。

「オーシャと一緒にしてもらっては困る」

 ユルスナールは手を伸ばすと寝台の傍らに寄ってきたリョウの腰を掬うように腕を回した。

 そのまま引き寄せられて、寝台の上に乗り上げたのだが、

「ルスラン………寝間着に着替えてきますから」

 リョウが腰に回った手を外そうとすれば、ユルスナールはもう片方の手を伸ばし、ゆったりとしたワンピースのたっぷりとした生地が(ドレープ)を生む腰から臀部の辺りをさわさわと触り始めた。

「俺はこのままでも構わんぞ? どうせ脱いでしまえば同じだからな」

 そして、寝台に乗り上げた膝の辺りから器用に布地を捲って、スカートの中に侵入した男の武骨な手に、リョウは半ば呆れたような顔をして待ったをかけた。

「……ルスラン」

 そのまま男の悪戯を遮るようにユルスナールの鼻先に腕の中に抱えていた大きくて厚みのある絵本を差し出した。

「ぶっ」

 この国、スタルゴラドでは書物というのはとても高価な代物である。子供用のお伽噺を集めた絵本と(いえど)も立派な皮を表紙に使い、金の箔押しをした重厚でずっしりとしたとても重みのあるものだった。このような本があるのは、シビリークス家が貴族であるからのことで、裕福な家庭の特権でもあった。

 少し勢いが付いてしまったようで、高い鼻先を真正面から絵本の表紙に打ちつけたユルスナールは、痛そうに顔を顰めた。

「あ、ごめんなさい」

 だが、ほんのちょっぴり罪悪感を覚えながらも、それに構わずにリョウはにこやかに微笑んだ。

「物語の続きが気になるんです。オーシャは途中で寝てしまったので」

 軽やかに鈴の鳴るような声音で言えば、痛そうにぶつけた鼻先を摩っていたユルスナールは、顰め面に閉じていた片目を開いた。

「読みたいのか?」

「はい」

 実にいい笑顔で力強く肯定をされてしまえば致し方がない。

 ユルスナールは、リョウの手からその重い絵本を受け取ると紙の(しおり)が挟んであった箇所を探し当てて開いた。

 その中をざっと見て、

「ああ、ヴォルグの長の話か」

 ―――――懐かしいな。

 昔を思い出すように長い指で開かれた(ぺーじ)をそっと撫でた。

「セレブロのお話しなんですか!?」

 リョウは少し驚いて、室内用の靴を脱ぐと寝台の中にあったユルスナールの隣へと服のままその体を滑り込ませた。

「ああ。そうだと伝わっている」

 このお話の主人公は小さな白い子狼ということで、リョウは真っ先にセレブロのことを思い浮かべないでもなかったが、リョウの知るヴォルグと狼は似ているようで違う。絵本の中では同じ【ヴォルグ】という言葉を使っているが、全くの別物としてリョウは頭の中で切り替えていたのだ。

 ユルスナールは膝の上でその絵本を広げた。そして、続きを促すようにリョウの方を見た。どうやらこのまま朗読をしてもいいということらしい。

「途中だったんだろう?」

 ユルスナールの意図が分かってリョウは小さく含み笑いをした。

「ふふふ。ルスランがオーシャの代わりに聞いてくれるの?」

「ああ。こういうのは聴き手がいた方がいいからな。どれ、お前のお手並み拝聴といくか」

「もう。ポリーナさんのように上手くはないですよ?」

 この国の言語を一通り習得している今、子供向けの絵本を朗読してつっかえることはないが、発音の癖というか、母国語(日本語)で身に付いていた音による訛りのようなものは抜けきらない。

 懐かしいということは、ユルスナールも小さい頃に乳母のポリーナから読み聞かせをしてもらったのだろう。

 妙な気を起こしたユルスナールにリョウは少し気恥ずかしさを感じたが、続きが気になることも確かであったので『ええいままよ』と男の腕にそっと体を預けるようにすると、その膝の上にある素晴らしい装飾の付いた絵本の(ぺーじ)にそっと手を乗せた。


***


 子狼が喜び勇んで跳ねるように駆け付けた湖は、いつもと様相が違っていました。とても静かなのです。賑やかに戯れているはずの風の精や悪戯好きの水の精、気ままに漂っている光の精の笑い声も聞こえてきません。

 これまでとは違う空気に子狼は首を傾げました。

 どうしたというのだろう。皆、ひっそりとして、まるで息を殺しているかのようです。

 その理由は、直ぐに明らかになりました。

 白い子狼の鼻先を今までに嗅いだことのない不可思議な匂いが掠めました。獣のような、でも子狼が知っている森の中の匂いとはまるで違っています。それは、余り素敵な匂いのようには思えませんでした。それでも、顔を背けたくなるような酷い匂いという訳でもありません。

 何だろう。何やら不思議な匂いだ。

 真っ白な子狼が鼻をひくひくさせた時のことでした。

 かさりと落ち葉を踏む音がして、それまで静かで凪いでいた湖面に大きな影が映り込みました。

 子狼は咄嗟に気配を消して茂みの下に身を隠しました。葉っぱの間から向こうを透かし見ます。そこに覗いたのは、一人の人間の男の姿でした。

 白い狼の子は吃驚しました。人間がこの森の中に入ってくるのを見たのは初めてのことだったからです。

 狼は縄張り意識の強い一族です。他所者にはきつい制裁とお仕置きが待っています。他の狼たちに見つかったら大変だ。誤って紛れ込んでしまったのだろうか。

 ですが、そんなことよりも白い子狼は初めて間近に見る人間に興味津々でした。

 そこで子狼は茂みの中からそっとその男を観察することにしました。

 その人間は、まだ若い男のようでした。子狼にはその実、人間の年齢はよく分からなかったのですが、身に纏う空気が青臭いように思えたものでしたから、大方そうだろうと当たりをつけたのです。

 その男の魂は清らかに見えました。その者の心根が良いか悪いかは、その者が身に纏う雰囲気から感じ取ることが出来ます。それは、一族の中でもこの白い子狼が得意とすることでした。


 若い男は乱れた髪をぞんざいに掻き上げると、どこか途方に暮れたような空気をその身に漂わせながら湖のほとりに片膝を着きました。そして、湖の中へそっと手を入れると鼻をひくひくとさせて匂いを確かめ、それからゆっくりと手の中に水を掬い、喉の渇きを潤したのでした。

 道に迷ったのだろうか。

 湖のほとり、少し離れた所にいた子狼は、そっと湖面を叩いて波紋を作り出すと、それが人間の男の傍に届くのをじっと見ておりました。

 気が付くだろうか。白い子狼は少し楽しくなってきました。

 ぽーんぽんと軽く湖面を叩いてみます。すると小さく表れた波紋はゆっくりと広がって、その大きな輪を男が座る方へと伸ばして行きました。

 ぽーんぽん。ぽーんぽん。叩く力の加減でそのまあるい波紋は形を変えてゆきます。

 いつの間にか子狼はすっかりそのまあるいわっかを作ることに夢中になっていました。

 一方、若い男の方は、直ぐに湖面の異変に気が付きました。咄嗟に腰に差していた剣に手を置いて、辺りへくまなく気を配るように鋭い目つきで見渡しました。

 ですが、怪しいものの気配はありません。そこで不意に若い男は湖面に遊ぶ水の波紋に気が付きました。少し、先の茂みの中辺りで発生した輪が大きくなってこちらに届いてくるのです。

 なんだろう? 若い男はじっとその茂みの中へと目を凝らしました。

 そこですっかり湖面を叩くことに夢中になっていた子狼と目が合ったのです。

 真っ白い子狼は、突然のことに吃驚して、湖面を叩こうとした所で固まってしまいました。

『こん…にち…は』

 子狼は小さく挨拶の声を出しました。母親から初めて出会う相手にはきちんと挨拶をするようにと教わっていたからです。

「やぁ」

 若い男は、一瞬、驚いたように目を瞠りましたが、直ぐに人のよさそうな柔らかな笑みを浮かべて子狼に挨拶を返してくれました。

 そこでお子狼は、もう少し若い男に話しかけてみることにしました。

『そなたは……迷子か?』

 獣たちの言葉は、若い男にはとても古めかしい言い方に聞こえましたが、理解できなくはありませんでした。

 若い男は軽く肩を竦めて見せると、

「まぁ、多分、そんなところだと思うよ」

 実に曖昧な返答をしました。

 ですが、そういった濁した言い回しはこの獣である子狼には伝わりませんでした。

『そなたは迷子なのだな』

 もう一度、今度は確かめるように言葉を掛けられて、若い男はほんのちょっぴり傷ついたような顔をしながらも、小さく頷きました。

「ああ。迷子になった」

『ふむ』

 自分の考えが正しかったことに白い子狼は満足しました。

 今度は若い男の方が尋ねる番でした。

「きみは、この森に住まう狼かい?」

『左様』

「へぇ、この森の狼は灰色ばかりだと聞いていたけれど、きみのように素敵な真っ白い狼もいるんだね」

 若い男は感心したように言いました。

 その言葉に真っ白な子狼は驚きました。これまで散々灰色狼の仲間たちからは、白い毛並みを持つことをからかわれていたからです。

『それがしの色が【素敵】……?』

 若い男はその毛並みを素敵だと褒めたのです。その言葉が飾り気のない男の本心であることは、その瞳を見れば分かりました。

 きょとんとした子狼に若い男は相好を崩しました。

「ああ。きみは綺麗だ。とても。真っ白で。まるで穢れの無い雪のようだ。降ったばかりの新雪のようにね」

『そなたは…それがしの色を【綺麗】と申すか?』

「ああ。とても素敵だ。少なくともぼくは好きだな」

『………左様か』

 子狼の小さな胸は風船のように膨らみました。自分を認めてくれるような言葉がとても嬉しくて仕方がなかったのです。それでも初めて会った相手の手前(それに相手は人間です)、その嬉しさを表に出すことはどうにも恥ずかしくて、白い子狼は顔を下に向けると小さく縮こまるように鼻先を地面に擦り付けました。

 それから、白い子狼は道に迷ったという若い男を森の出口の所まで案内しました。

 若い男は最後に【ありがとう】と感謝の言葉を掛け、その頭をなでてくれました。

 結局、白い子狼は、どうして人間の男がこのような深い森の中にまで入り込んできたのかということを聞きそびれてしまいました。でもそれは余り気になりませんでした。

 始めは変な匂いだと思った若い男の青臭い匂いも、男と別れる頃には、ほんのちょっぴり優しい匂いに変わっていました。

「また会おう」

 若い男のそのような言葉を子狼は不思議に思いました。

 それでも気が付けば、

『ああ。いづれまた』

 そのように返していました。


 それから、白い子狼を尋ねて若い男は何度も森にやってきました。そうして白い子狼と若者は色々な話をしたのです。

 これが、その後、孤高の王と名高いヴォルグの長と英知ある人の王【フセスラフ】の馴れ初めでした。

 その後も白い狼と若者は、共に時を重ね、種族を超えた友情を育んで行きました。そして、長じた若者が長きに渡る人の世の動乱を鎮めようと最後の戦いを挑んだ時、その傍らには、眩いばかりに真っ白に輝く毛並みを持つ一頭の大きなヴォルグが寄り添っていたということです。

 おしまい。


***


 絵本を最後まで読み終えるとリョウはそっと目を閉じて、長い息を吐き出した。

 たかが昔話、たかがお伽噺と侮ってはいけない。このように現在にまで脈々と続く物語には、真実が潜んでいるからだ。

 幾ばくかの真実と幾ばくかの虚構。それが見事な配分の中で混ざり合って、この地に暮らす人々の中に受け継がれてゆく。

 ヴォルグの長と人の王との友情物語。それだけヴォルグという種族がこの地の人々に愛され、敬われていることの表れでもあるのだろう。

 このような子供向けの絵本には、そういった獣と人との交流やその相関関係が平易な言葉で簡潔に書かれている為、実に分かりやすい。リョウのような異邦人にとっては、有意義な手引書となる。

 この話については、今度、当人のセレブロに聞いてみよう。リョウはそう思った。

「ヴォルグの長は多くの人々に愛されているのですね」

「ああ。そうだな」

 満足げな息を吐いたリョウにユルスナールは小さく微笑むと膝の上にある絵本を閉じた。そして、それを寝台脇の小さなテーブルの上に置いてしまった。

 背後から回された大きな男の手が垂らしたままになっている黒髪を擽るように撫でた。

「中々上手いものだった」

「そうですか?」

 男からのお世辞の言葉にリョウはどこか擽ったそうに笑った。

「これなら母親になっても大丈夫だ」

「ルスランは欲しいですか? 子供」

「勿論、俺とお前の子ならな」

 そこで、ユルスナールは少し考える風に言葉を継いだ。

「ああでも、子供にお前を取られるのは癪だな」

 ―――――だから、もう少しこのままがいい。

 そんな独占欲を剥き出しにした子供染みた言葉にリョウは呆れながらも、その飾り気のない言葉に含まれる本心に嬉しさを隠そうとはしなかった。

「もう、我儘なんだから」

「そうか? 男は皆、そんなもんだぞ?」

「なにもこんな所で一般論を出さなくても…」

 そのまま続きそうになったリョウのおしゃべりをユルスナールの長い指がその唇を塞ぐことで強制終了させた。

「それよりも」

 リョウの耳に低い囁きを吹き込む。

「今度はこちらの続きをしよう」

 ごつごつとした男の手が繊細な顎に掛かり、掬い上げる。そのまま下りてきた硬質な男の面立ちに、リョウは小さく笑った。

「大変長らくお待たせいたしました」

「ああ」

 それから暫く。小さな囁きを繰り返しながら深く浅く吐息を交換し合って。

「寝間着に着替えなくちゃ」

 再び、現実的なことを思い出したリョウにユルスナールは意味深に笑った。

「もうそんなことを言っても仕方がない」

 リョウがふと自身を見下ろせば、身に付けていたはずのワンピースはすっかり寝台の下に滑り落ち、薄い下着一枚の姿になっていた。そして、今、その最後の一枚も剥かれようとしている。

「もう。ルスランって、すごく器用ですよね。見かけによらず」

 思わず叩いた憎まれ口に、

「それは光栄だな」

 ユルスナールは嬉しそうに口元を緩める。

 リョウとしては厭味を言った積りだったのだが、それが全く相手に堪えていないことが知れて、何だか癪だったので、そのまま薄い唇に甘く噛みついた。

 だが、それすらも男の方からすれば、小さな獣がじゃれ合うような可愛らしい仕草で、歓迎すべき行為に映ったのだろう。

 それからリョウの身体は瞬く間に寝台の中に沈み込んだ。そして、ぐっすりと深い眠りに就いた可愛らしい甥っ子のオーシャとはまた違った意味で、深い別世界へと(いざな)われることになったのだった。

 二人の大人たちによる密度の濃い夜の世界は、これから始まったばかりだ。


王都滞在最後のエピソードは、リョウとオーシャの絵本の読み聞かせのお話になりました。

タイトルの【ガルーブチク】はゴールビをかわいらしくした言い方で、男性名詞なので、親しい男性(恋人など)への呼びかけに使われたりします。英語で言う所の"Sweet-heart"みたいな感じですかね。

本文で引用した最初の一文は、ロシアでの昔話のプロトタイプです。英語でいうところの "Long long time ago, there lived ......"と同じような感じですね。

童話って難しいですね。子供向けならではのお話の展開や声に出した時のリズム等など。セレブロのお話にしてみましたが、上手いオチがなかったです。


さて、次回はいよいよ北の辺境に舞台を移す予定です。賑やかなことになりそうです。

ありがとうございました。

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