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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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【少年】の通過儀礼 2)

 荒くなった呼吸を整えて。

 張り詰めていた緊張の糸が切れると、途端に周りの景色に音が濁流のように流れ込んできた。

 リョウがふと周囲を見渡すと、二人を囲むように訓練を中断した兵士達が集まっていた。

「坊主、大丈夫かぁ?」

「おうおう、へばってんなぁ」

「しっかりしろ」

「リョウ、体力ねぇぞ!」

「でも、頑張ったんじゃねぇ?」

「あぁ、あの隊長相手だ」

「お疲れ~」

 方々から声が掛かる。

 なぜか沸き立っている外野に、リョウは微妙な表情を作った。不様なところを晒しただけのような気がするのだが。


 困惑気味に思っていると、目の前にすっと茶色いものが差し伸べられた。

 見上げれば、ユルスナールが手袋を付けたまま、その大きな手を差し伸べていた。

 それを取れば、ぐいと勢い良く引っ張り上げられた。

「思ったより筋はいい。鍛え方次第でもう少しまともに使えるようになるだろう」

 立ち会い前と変わらない涼しい顔をしたまま、ユルスナールの口元が僅かに緩んだ。

「ありがとうございました」

 寛大な評価を意外に思いながらも、リョウはふらつく足を叱咤し、姿勢を正すと頭を下げた。


「坊主、中々やるじやねぇか」

 野太い声と共に勢い良く背中を叩かれる。

 バシンといい音がして、リョウは突然のことにたたらを踏んだ。

 痛みに顔を顰めたその顔を見て、

「……ブコバル」

 嗜めるようにユルスナールが、背後から現れた闖入者に冷ややかな視線を投げた。

 しかし、当の本人は気にも留めず、それを豪快に笑って誤魔化す。

「ハハハ、それより坊主、さっきのはなんだ? えらく珍しい太刀筋だな。あんな構え方、初めて見たぞ」

 どうやら先程の立ち会いで使った構え方が気になるらしく、興味津々に尋ねられて、リョウは返答に困った。

 根っからの武人としての血が騒いだようだ。

「ああ、その………昔、……故郷で習ったものです」

 ここの兵士たちは親切だ。だが、全てを正直に告げられるほど、心を許せた訳ではなかった。

 嘘をつくのは苦手だ。だから、時々、どう答えていいか分からなくなることがあった。

「……へぇ?」

 歯切れ悪く答えれば、それ以上は訊ねてくれるなと言う空気を感じとったのか、ブコバルは髪をがしがしと掻き乱した。

 粗野な印象が勝るブコバルだったが、他人の感情の機微に敏感に反応し、さらりと流してくれるところはとてもありがたかった。

 それ以上の質問を流したブコバルは、その代り、大きな剣を肩に担いだまま、意味ありげに目配せをして見せた。

「リョウ、俺の相手もしろ」

 挑発的に口元が弧を描く。

 ―冗談じゃない。

 さっきの今で立ち会いを申し込まれて、リョウは思い切り顔を引きつらせた。表情を取り繕う余裕さえ失していた。

「ほら、休憩は終わりだ。お前達は訓練に戻れ。足りないようなら後でみっちり扱いてやるから、期待して待ってろ」

 ユルスナールが周囲を囲んでいた兵士たちへ声を掛ける。

 すると、冷やかしの様子見をしていた兵士たちは、隊長の号令にすぐさま顔を引き締め、方々へ散らばって行った。

 そして、

「ブコバル、お前もだ」

 血の気の多い朋輩に釘を刺すことも忘れない。

「リョウはこっちに来い」

 再び促されて。

 ブコバルの相手をしなくて済んだことに安堵したのも束の間、リョウには新たに厳しい特訓が待っていた。

 それから、剣の重みに慣れる為、初歩となる型の稽古をみっちり行う羽目になった。少しでも気を抜こうものなら、激しい檄が飛ぶ。上官としてのユルスナールは厳しく、初心者だからと言って、手加減など無かった。


 訓練が終わる頃には、もうヘトヘトだった。

 ここにきてから一番身体を動かした気がする。慣れない筋肉を酷使したせいか、身体の節々がギシギシと音を立てた。

「もっと体力をつけろ」

 へばった己が醜態を見たユルスナールに半ば呆れたように告げられて、リョウは苦笑いして見せるしかなかった。

 第一、比較対象が間違っている。リョウは、周囲で剣の稽古をしている筋肉質な若い男達とは違うのだ。今朝の泉のほとりでの会話から、ユルスナールはそのことに十分気が付いていると思ったのだが。情状酌量の余地も無かった。

 それでも、指摘は尤なことだとリョウ自身が一番、分かっている。そう思えば、表立って反論をする気力も残ってはいなかった。


 その日、リョウは、食堂で顔を合わせた兵士達に、一様に同情をされ、からかわれた。

 娯楽の少ない場所柄、噂話の類は一気に広がる。団長に付きっきりで扱かれたこともそうだが、リョウの素人振りが余程、目に付いたのだろう。


 厨房の料理長ヒルデも話しを聞きつけたらしく、カウンターで顔を見せれば、「もっと体力つける為に沢山食べろ。体の基本は食事からだ」といつもの持論を繰り返した。それを黙って聞き流す。

 受け取ったお盆には、いつもよりおかずが一品、多く乗っていた。

 なんだかなぁと思いながらも、普段以上に沢山身体を動かしたせいか、出された食事を完食することが出来た。

 すっかり空になって返ってきた皿を見て、ヒルデが満足そうに笑みを浮かべながら、内心、小さく拳を握り締めていたのは、また別の話だ。


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