1)内緒話の距離
これより番外編に入ります。
このお話は以前活動報告に載せた小話です。まとめる為にこちらに掲載しました。
時間的にはシビリークス家滞在中の出来事です。
「リョ~ウ~?、ルーシャおじさーん? どこ~?」
「アウ~、リョ~ウ~」
「リィョー、ルーおじしゃーんー」
切れ切れに甲高い子供たちの声が聞こえてきた。
シビリークス家の裏庭付近にある納戸のような板壁の小屋の中、その室内の窓の直ぐ下では小さな囁きが交わされていた。
「ルスラン、探してますよ。スラーヴァとユーラ、それにオーシャも。いいんですか?」
「ああ。構うものか。せっかくゆっくり出来る時間ができたんだ。邪魔をされたくない」
子供染みたユルスナールの言い分に、リョウは、可笑しそうにクスクスと小さな忍び笑いを漏らした。
子供たちとのかくれんぼの途中、何故か途中から合流したユルスナールと二人一緒に隠れることになってしまったのだ。そして促されるままに鍵の開いていた納戸の中に身体を滑り込ませた。
「そんな、子供たちと張り合わなくても」
「何を言う。オーシャだってべったりじゃないか」
次兄のケリーガルとその妻ダーリィヤの一人息子、イオーシフ(通称オーシャ)は、今年で五つになる。ロシニョールの所のスラーヴァ、ユーラの二人とは少し年が離れているが、甥っ子たちは仲が良く、上の二人は小さないとこの面倒をよく見ているようだった。
オーシャは少し控えめで恥ずかしがり屋な所があるが、リョウには懐いていた。それがどうもユルスナールには面白くないようだ。
偶さかの休み。空いた時間を久しぶりに二人っきりでのんびりとしようと思ったのだが、ユルスナールの前には甥っ子三人衆という強力なライバルが立ちはだかった。
子供たちの声が徐々に近づいてきた。
「ほら、リョウ。頭を下げろ。窓から見えるぞ?」
様子を見ようと顔を上げかけた所を制された。
そして、汚れるのも構わずに埃っぽい板張りの床に腰を下ろしたユルスナールに、リョウも同じように隣に座った。大きな手がリョウの肩をそっと抱き寄せた。
高く低く独特の抑揚をつけて周囲に響き渡る子供たちの声。それを薄い板壁一枚に聞き流しながら、ユルスナールが囁いた。
「ああ。そうだ。今度、遠駆けにでも行くか?」
「キッシャーに乗って?」
「ああ。少し走らせた所に大きな川がある。眺めの良いところだ」
スタルゴラド国内を北から南へ斜めに横断するように大きな川が流れている。北方の峻厳な山から湧いた水が、やがて大きな川となり滔々と海に注ぎ込むのだ。その川から派生した支流が王都内にも流れていた。ユルスナールは王都の北東にあるその大きな川の方へ出掛けようと誘った。
「素敵ですね。ああでも。それなら少し馬に乗る練習をしないと」
長時間の乗馬はきっと無理だろう。内股からお尻からもう色々な所が筋肉痛になりそうだ。
「ハハ。そうだな」
そこでユルスナールは何を思ったのか薄い口の端を吊り上げて意味深に笑った。
「練習するなら付き合うぞ。今晩たっぷりと」
肩に置かれていた男の手が下に滑り、くびれた腰から太ももの辺りを彷徨った。
仄めかされたあけすけな誘いに、リョウは絶句して、だが、すぐに呆れたような視線を隣に投げた。
「もう、なんてこと言うんですか!?」
思わず上がった高い声に、
「……しっ……」
長い男の指がリョウの唇を塞ぐようにあてがわれた。
その瞬間、こちらに駆け寄る不揃いの長靴の足音と木の扉を開けようとガチャガチャ鳴らす音がした。
「開かないや」
「ユーラ、そこは駄目だ。建てつけが悪くなってるから危ないって言われてるし」
力任せに扉を引いた弟を兄が制した。
「鍵がかかってるの?」
どこか舌足らずな声に、
「みたいだな」
スラーヴァが言った。
「なーんだ。リョウなら絶対ここに隠れるかと思ったのに」
ユーラの台詞にリョウは内心、ぎくりとした。
だが、鍵がかかっていることを確認して諦めたのか、スラーヴァが、二人の弟分を促すようにして踵を返した。そして、子供たちの気配が遠ざかって行った。
「ルスラン、鍵って……」
そんなものあっただろうかと首を傾げれば、ユルスナールは事もなげに戸口を指示した。
「中から鍵がかかるようになってる」
成程、よく見れば、小さな金属のかんぬきがあった。そして更に、その下にはご丁寧にもつっかえ棒がされていた。
「これで暫く邪魔は入らない」
どこか勝ち誇ったように得意げに口元を緩ませたユルスナールに、
「もう、ルスランったら」
リョウは内心の可笑しさを堪えるように微笑んだのだった。
* * * * *
下記、この小話を書いたきっかけとなったイラストがありまして。
思えばこの辺りからイラスト描きたいスイッチが入ってしまったのです。
お厭でなければご覧ください。
ユルスナールとリョウはもっと体格差があるはずなのですが上手くいきませんでした。