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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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新しい厩舎番

異世界トリップです。


 ―【フェルメ パラ ス リュークス(リュークスの加護がありますように)】


 この国の人々は皆、事あることにそう口にする。

 挨拶代わりに。

 道端ですれ違う顔馴染みに。

 遠くへ旅立つ友に。

 それは、幾つもの人の交わりが生じる所には必ず付いて回る一言。


 そして、その言葉は、ここに来て最初に覚えた言い回し(フレーズ)でもあった。



 ***



 厩舎傍の木陰では、軽やかな笑い声が馬の(いなな)きに混じって聞こえてきていた。

 男にしては若干高く、だが、女にしてはやや低いと思われるような音域だ。

 長く、それこそ馬の尻尾のように伸びた髪を無造作に脇に流すようにして束ね、小ざっぱりとした洗いざらしの質素な風合いの衣服に身を包んだ者が、傍らに佇む馬に毛づくろい(ブラッシング)を施していた。

 背を向けている為、その表情は分からない。だが、淀みのない手つきと時折聞こえてくる上がり調子の声音に、その者が進んで馬の世話を焼いているのだと言うことが知れる。

 それを裏付けるように、その者の傍には、順番待ちの馬が数頭大人しく待っていた。


 慣れた手付きで馬の毛繕いをしながらも、リョウは滲みそうになる生理的な涙をそのままに、笑いの余韻と戦っていた。

 その様子に己が身体を預けていた栗毛馬のスートは、不満げに鼻をぶるりと鳴らした。

『何が可笑しい』

 どこか高圧的な物言いも、その立派な逞しい体つきと相まってか、この馬の気性を良く表しているようで実に似つかわしかった。

「いや、だってさ……どれだけ、気障(きざ)な奴かと思って………アハハハ」

 手を休めないまま、捩れそうになる腹筋を堪えるようにリョウは小さく息を吐き出した。

『気障とはなんだ。気障とは。ここまで聞いておいてどうしてそうなる。何とも潔かろうに』

 笑う要素などどこにあったのだとばかりにスートはいきり立った。

 

 そんなことを言われても、リョウはどうしようもなかった。

 相手は【馬】で、自分は一応こちらでも【人】という部類に括られるもので、人種が違えば物事の捉え方も変わってくるというのは、常識として、いや、これまでの体験からも簡単に分かる話だが、その延長線上に自分とこの馬の感覚の違いというものもあるのだろうことは容易に理解できる。

 ただ、その違いというものは、まだまだリョウには未知の領域であって、そればかりは、行き当たりばったりと言うか、ぶっつけ本番で、実際にそういう事態になってみないと分からないのだ。

 毎日が試行錯誤の連続という訳だ。


 今回もどうやらその相違があったらしい。

 このスートは、良くも悪くも歯に衣着せぬ物言いをする。言葉使いは辛辣だが、そこに悪意はない。それが分かれば、真っ直ぐな指摘は、却って知識を吸収する段階にあるリョウには有り難かった。


 さて、一体、どうしてこんな話になったのやら。

 途端に機嫌を急降下させたスートに、果たして地雷原はどこにあったのだろうかと話の巻き戻しを脳内で始めようとした矢先に、渋みのある声がリョウを擁護するようにして間に入ってきた。

 

『……じゃが、そのような捉え方もあろうて』

 スートはちらりと横目で介入をしてきた馬の額にある白い菱形の文様を見てとると、面白くないとばかりに首を揺らした。

 すぐ傍にはスートに負けず劣らず勇ましい体躯を誇る栗毛が寄って来ていた。

 そこはかとなく漂う気品と知性あふれる眼差しを持つこの馬はナハトと言い、この厩舎の中では一番の古株で、皆のご意見番のような馬だった。

 要するにリョウにとっては頼れる兄貴分だ。

 リョウは感謝の気持ちを込めて、ナハトの鼻面を宥めるように一撫でした。

「ごめん、スート。気を悪くしたなら謝る。別に他意はない。ただ、スートがその馬のことを敬愛しているっていうのは良く分かったから。立派な奴なんだな」


 そうだ。リョウは事の発端を思い出していた。

 鷹のイサークが先触れとして飛んだという話になって。

 イサークがこの砦に立派な馬を走らせた一行がやってくると連絡を寄こしたことから、そんな話になったのだ。

 それから、いつもの皮肉屋はどこに廃業したのか、スートが珍しくこれからやってくるだろう馬のことをあれこれ称え始めたものだから、正直驚いて、そしてなんだか滑稽に思えてしまったのだ。

 勿論、いつになく熱く語るスートに対して、だ。

 可笑しかったのはスートの変わりようで、スートが慕う馬のことではない。

『フン。ならば良い』

『やれやれ』

 自分の非を認めたリョウにスートは(だく)と首を振った。

 その態度はどこまでもスートらしく横柄には違いなかったが、下降した機嫌が直ったのが伝わって一安心、リョウはナハトに苦笑して見せた。

 そうしていると、

『おーい、リョウ、まだかぁ?』

『そうそう、待ちくたびれたぞ』

『スートばっかりずりぃ』

 周囲で順番を待っている馬達から催促の声が掛かり始めた。

 思ったよりも笑いに時間を取られてしまったらしい。

「ああ、わかった。直ぐにこっちは終わるから。もう少し待っていてくれ」

 手を動かすスピードは止めずに、首だけ後ろを振り向いて、リョウは催促を寄こした馬達へにこやかに返す。

 その傍らでは、

『せっかちな者どもだ』

『なに、あ奴らもリョウに構って欲しくて仕方がないのだろうて』

 ぼそりと小さく漏らしたスートにナハトが可笑しそうに言う。


 最後の仕上げとばかりに念入りにブラッシングを終えると、リョウは腰に手を当てながら、満足そうにスートを仰ぎ見た。

「さて、終わったぞ。どうだ?」

『ああ。中々よい。男前になったであろう?』

 人であるならばニヒルに口角を上げたような台詞に、内心吹き出しながらも相手の満足の度合いが知れてリョウも目を細めた。

「ああ、ばっちりだ」


 そうして機嫌良く厩舎の方へ踵を返したスートを見送ってから、リョウは後方に居並ぶ馬達を振り仰いだ。

「よーし、お待たせ。順番は決まってるか?」

『おうよ。俺からだ』

 待ってましたとばかりにこげ茶色に黒い模様の入った馬が、身を乗り出して来た。


 ここの馬達は実によく喋るが、無駄な争いはしない。それは馬達の間でそれなりの序列が出来上がっているからなのかもしれないが、リョウとしては実に助かっていた。

「それじゃぁ、始めようか。リグス」

 颯爽と蹄を鳴らし寄って来たリグスを促してから、リョウは一旦、後ろを振り返る。

 愛情は平等に注ぐべし。それが、ここの手伝いを任されるようになってから肝に銘じていることだ。

「ケッペル、ロイドはもう少し待っててくれよ」

『承知』

『あいよ』

 呼びかけられた二頭は、その声に大人しく尻尾を揺らした。


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