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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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乱反射するプリズム 

「リョウ、年は幾つだ?」

 それは、些か唐突ともいえるような問いだった。

 二人は湧き水で喉を潤すと泉が一望できる草場に腰を下ろしていた。

「……幾つぐらいに見えますか?」

 混ぜ返すように口にされて、ユルスナールはじっと観察をするように目を細めた。

 何故、そんなことを聞くのだろうか。

「そうだな。この国を基準に考えるなら………………十五、六……辺りか」

 そう言って言葉を濁したユルスナールに、リョウは話の方向を変えた。

「兵士たちの中で、一番年若い者は、十七、八ですか」

 確か、シーリスがそんなことを言っていた。頬にそばかすの残るオレグの顔が浮かぶ。

 

 王都で騎士団に入隊出来るのは十五からだが、その内二年間は見習い扱いで、ここの砦のように外に派遣されるのは正式に団員として認められてからだと聞いた。

「ああ、その位だろう」

「サラトフもブコバルもオレを【坊主】って呼んでいますよ?」

 自分が、かなり幼く見られているという自覚はあった。

 兵士たちの中では、リョウは年端の行かぬ少年で、誰もそれを疑問に思うような事は無かった。だから、そういった質問が改めてされるとは少し意外だ。

 リョウ自身、そういう対応に慣れた所為もあるが、気にも留めていない。

 それなのに。

 この団長であるユルスナールは、他の砦の兵士達とは少し違っていて、なんだか調子が狂う。

「お前はソレでいいのか?」

「構いません、別に」

 それは、リョウが見かけよりもずっと年を取っていることを確信しているような口ぶりだった。

 恐らく、ユルスナールの中では何らかの齟齬が生じているのだろう。外見から受ける印象と実際に言葉を交わすことで生じる誤差みたいなものが。

 それとも、あの手紙の中にそのことに関する申し送りのようなものがあったのかもしれない。

「ガルーシャは何と?」

「いや、詳しいことは何も」

 手紙にはその辺のことが色々と記されていたのだろうかと思ったのだが、そうではなかったらしい。

 まぁ、ガルーシャはそう言った瑣末なことは気にしない性質だったから、【らしい】といえば【らしい】対応だ。

 だとすれば、帰還早々一日で、何がしかの違和感に気が付いたと言う訳になる。森の獣達並みに野生の勘が働いたのだろうか。さすが大きな隊を取り仕切る団長であるだけはある。


 その観察眼には目を瞠るものがあるが、この時点では、リョウ自身、まだ正直に告げるのは躊躇われたので矛先を変えることにした。

「ちなみに団長は……」

「ルスランでいい」

「では遠慮なく。ルスランは、お幾つですか?」

「幾つに見える?」

 そうして問いは、再び振り出しに戻った。

 互いに本当のことを告げる気が無いことが知れたのか、ユルスナールは喉の奥を鳴らした。

 それに釣られるようにしてリョウも込上げて来る可笑しさをそのままに笑った。


 一頻り笑いあった後、リョウは不意に真面目な顔つきをして見せた。

「他に聞きたいことがあるのではないですか?」

 リョウはゆっくり振り返るとユルスナールを見上げた。

 その瞳には、真剣さと穏やかさの中にもどこか相手を試すような茶目っ気の色が躍っていた。

 対するユルスナールは、リョウを一瞥すると再び視線を前に戻した。

 何も言わないまま、キッシャーが草を踏みしめる音だけが辺りに響いた。


 やがて、リョウの足下に影が掛かった。

 それは蝕のようにリョウの体を覆い尽くした。

 流れるような所作で長い指に顎を掬われたかと思うと酷薄そうな男の面が近づいてきた。

 息が掛かる程の近さで瑠璃色の瞳が密やかに細められる。何かを見定めようとしている鋭利な刃物の切先のようだ。

「避けないのか?」

「……避けた方がいいですか?」

 至近距離での問いかけにリョウは淡々と言葉を返した。

 顔を赤らめることも動揺を見せることもない。至って冷静な反応だ。

 それを挑発と受け取ったのか、ユルスナールの口角がくいと上がったのが分かった。


 手袋を取った剥き出しの手が、頬の輪郭をなぞって行く。

 親指が、この国の女にはない薄い唇を一頻り撫でる。その感触は、薄くとも柔らかいことに変わりは無かった。

 そして、ゆっくりと辛うじて残っていたはずの距離がゼロになった。柔らかな、それでいて少し冷たさのある感触が口の端を掠めた。

 心中、疑問符が沢山立ちこめてはいたが、リョウがたじろがないのには訳があった。

 第一にユルスナールは本気ではない。行為そのものは、相手の出方を探るようなものだった。狼達が鼻を押し当てて、匂いを嗅ぐようなものに似ている。ここで下手に騒げば、喉笛を噛み切られるだろう。

 砦の兵士たちに混じってみて分かった事だが、ここの人たちは、身体的接触の距離が近かった。他人を己が領域(テリトリー)に受け入れる許容範囲が割と広いのだ。

 それに、今更、触れる程度の口付けだけで騒ぎ立てる程、初心でも無かった。


 なんの反応も返さないリョウに、ユルスナールはどこか面白くなさそうな顔をした。

「なにか分かりましたか?」

 唇だけなら、男も女も大した違いは無いだろう。

 そんな相手の心中が察せられたのか、ユルスナールは小さく笑っただけだった。


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