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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第五章:テラ・ノーリ
174/232

綱渡りの攻防


 ―――――脱げ。

 簡潔に吐き出された一言にリョウは動きを止めた。

 今、何を言われた? その真意を確かめるように目の前に腕を組んで座るその人物を見た。

 鋭い眼差しが射抜くように突き刺さった。視線が交差してもその表情はピクリともしなかった。僅かに口の端の筋肉が動くのみ。まるで凍てついた氷の世界の住人のようだ。閉ざされた氷塔に独り佇む気高き氷の国の女王。

 孤高の女王が冷ややかにリョウを見下ろした。

「どうした? 聞こえなかったのか?」

「あ……の……?」

「その耳は飾りか、小僧?」

「脱げ、とは?」

「そのままの通りだ。何を迷う必要がある?」

 微かに見せた動揺に相手が畳み掛けるように凄んだ。

 リョウは相手の瞳をまじまじと見つめた。淡い空色の静かな光彩。それは、とても真剣で冗談の類を言っているようには見えなかった。

「何の為…ですか?」

 辛うじて絞り出されたその問いを目の前に座る相手は鼻で笑った。高く結い上げられた薄い茶色の髪がさらりと揺れた。

「ありきたりな確認事項の一つだ。妙なものを仕込んでいないかな」

「妙なもの……とは?」

 だが、その質問には答えずに、

「持ち物を改める。背中に担いでいるその鞄もここへ出せ」

 目線だけですぐ傍に置かれた簡素な木のテーブルを指示された。それは、この部屋の調度類から醸し出される華やかで優美な雰囲気からはかけ離れた粗末なもので、この時の為にか、外から運び込まれたもののようだった。

 矢継ぎ早に出された命令口調にリョウは唖然とした。

 術師の最終試験を終えた後、少し裏庭のような所で道草を食っていたが、そろそろ神殿裏にある墓地の方へ行ってみようか思い歩き出した時だった。小振りの猛禽類・ノズリが伝令として飛んで来て、今すぐに来て欲しいということでその呼び出しに応えたが、このような扱いを受ける謂われはなかった。

 訳が分からない。その一言に尽きた。

「何故、このようなことをするのですか?」

 何の説明も無しにいきなりこのような理不尽な要求を突き付けられたが、それに従う理由はリョウにはなかった。

 動じることなく、真っ直ぐに相手を見据えたリョウにこの部屋の主である人物は不満そうに目を眇めた。

 それから腕を組み、背凭れに身体を預けていた体勢を改め、前傾姿勢を取ると大きな執務机に肘を突いて合わさった両拳の上に顎を乗せた。

 そこで感情の読めない小さな笑みを浮かべた。



 小さな伝令を肩にリョウが案内された部屋は、【アルセナール】にある一室だった。館内を歩く兵士たちが左腕に付ける紫色の腕章から、その区画が第二師団管轄の区域(エリア)だということが知れた。

 伝令は『ただついて来い』と言うだけで、その呼び出しの理由を明らかにしなかった。元々、そこまで知らされていないということの方が大きいだろう。

 一方、呼び出しを受けた当人のリョウには、全く見当が付かなかった。心当たりなどない。ユルスナールの第七や先日世話になった第四ならともかく、第二の兵士たちとは団長のスヴェトラーナを除けば、接触を持ったことはなかった。そのスヴェトラーナとも前後でちょっとした経緯はあったが、ユルスナールを仲立ちにして簡単に紹介をされた程度だった。

 呼び出された先、広い室内の真ん中に鎮座した大きな執務机の後ろでリョウを待っていたのは、その第二師団の団長であるスヴェトラーナだった。整った美貌の持ち主だが、それは月光のように冴え冴えとした冷たい印象を受けるものだった。多くの兵士たちの上に立つ者としての威厳と厳しさを兼ね備えていた。要するににこりともしない迫力美人である。


「なんだ? なにか都合が悪いことでもあるのか?」

 荷物を出せと言われて、黙ったまま立ち尽くしたリョウにスヴェトラーナは探るような視線を投げた。

 リョウはいきなりの展開に暫し、途方に暮れた。

 ここまで案内をしてくれた小さな伝令は、この後もこなさなければならない用事があると言って扉の外で別れてしまった。今、この部屋の中にいるのは、主であるスヴェトラーナとその後方に控えている補佐官のような一人の兵士、そして、自分の後方、扉付近にはもう一人、紫の腕章を付けた兵士が歩哨のように立っていた。

 どこか挑発するような声音に面食らいながらも、リョウは努めて冷静に状況を把握しようと頭を働かせた。こうなったら少しずつ理解を引き出してゆくほかない。

「都合が悪いとは一体、なんの話ですか?」

「さぁな。それはお前が判断することで、我々の知ったことではない」

 ――――――だが、まぁ、予想は出来なくもないが。

 問いを重ねても相手から返ってくるのは、核心からは離れた言葉遊びのような曖昧な台詞ばかりだった。どうやらこの場では、こちらが欲しい答えをくれる積りはないようだ。

 疾しいことなどなかった。見られて困るようなものもない。何を疑っているのかは知らないが、気になるのならば気が済むまで調べればいい。

 不躾な応対を内心腹立たしく感じながらも、リョウは無言のまま、斜め掛けにして背中に張り付けるように回していた鞄を外し、質素な木のテーブルの上に置いた。

「どうぞ。何をお疑いになっているのかは知りませんが、中にはこれと言って貴殿の興味を引くものは入っていないと思いますが」

 最低限の礼は失しないように、それでも仄めかす程度の厭味を忘れずに付け足せば、

「減らず口を。それはこちらが判断することだ」

 女王は貫禄たっぷりに口の端を少し歪めた。

 ――――――始めろ。

 目線で指示を受けた部下の兵士は、部屋の中心付近に置かれた場違いな程にみすぼらしい木のテーブルの傍にやってくると、そこに置かれた古ぼけた鞄に手を掛け、中身をテーブルの上に並べて行った。

 その手付きが繊細さに欠けることを見て取ったリョウは、すぐさま兵士に丁寧に扱うようにと注文を出した。中に入っているのは治療用の薬の瓶や薬草の類だった。うっかりなどと見え透いたことを口にして割られたりしては敵わなかった。

 鞄の中身を改めていた兵士は、淡々とした横槍を入れられて、ちらりとその持ち主を横目に流し見たが、何も言わずに手付きをほんの少しだけ慎重なものに改めた。

「外套も脱げ」

 続いて出された要求にリョウは肩を竦めると言われた通りに外套を脱ぎ、同じようにテーブルの上に置いた。

 それは、まだ真新しいものだった。ガルーシャの納戸の中から見つけて愛用してきた古ぼけた外套は、先日のイースクラの一件で使い物にならなくなってしまった。

 これは、代わりにユルスナールが用意してくれたものだった。前のものと同じような色合いの、それでも上等な部類に入るのか軽くて温かなものだった。どこで手に入れてきたのかは知らないが、大きさも少し余るくらいでちょうど良かったのだ。リョウはそれを不思議に思った。その辺りのことをユルスナールに聞いたのだが、気にするなと上手くはぐらかされてしまった。

 こちらでは、衣服の類は基本的に仕立屋による受注生産か自分で生地を買って縫うもので、出来合いの代物を扱っているのは少なかった。一般庶民は、大抵の場合、自分たちで生地を買って手作りする。街には専門の生地屋が軒を連ねており、遠く離れた村々へは行商の繊維商が反物を担いで出入りした。スフミ村にも年に数回、そういった行商人が現れて村の女たちに囲まれていた。なので女は嫁入りの条件として必ず裁縫ができないと貰い手がなかった。

 貴族階級の場合は、大抵が馴染みの仕立屋を抱えているものである。裕福な家庭は、季節毎に流行に合わせて好みのものを誂えていた。富裕層が集まる王都では、そういった仕立屋の看板もあちらこちらに見掛けられた。


 リョウは静かに自分の持ち物を改めている兵士を見ていた。兵士の男は、鞄の中身を全部出し終えると、次に外套を手に取り、ポケットから細部に至るまで慎重な面持ちで調べて行った。その命令を出したスヴェトラーナもじっとその様子を眺めていた。

 一通り中身を改め終えた兵士は、目線で上役である団長を促した。スヴェトラーナはゆっくりと立ち上がると、テーブルの傍に歩み寄り、それらを自ら検分し始めた。

 気つけ薬の入った茶色の小瓶を手に、スヴェトラーナが徐に口を開いた。

「七日前に後宮でとある事件が起きた」

 小瓶に付けられた中身の識別表示(ラベル)を見た後、切れ長の空色の瞳が、リョウを流し見た。

「奥向きに仕える侍女が一人、死んだ」

 淡々とした口調でスヴェトラーナが言葉を継いだ。

「いや、正確には、殺された」

 リョウは息を潜めてその話に耳を傾けた。恐らく、ここで自分を呼び出すことに繋がった理由が明らかになるような気がした。

「その侍女は、勤勉で仕事熱心、気性も朗らかで多くの侍女仲間から慕われていた。勤続年数も十余年、後宮に勤める侍女たちの中では中堅で、来春には結婚を控えていた」

 そこでスヴェトラーナは真正面からリョウを見た。

「下級貴族の出身で身元も確かだった。何か私的な問題を抱えていることも、揉め事の類に巻き込まれていることも出て来なかった。死の前日まで、和やかに仲間の侍女たちと談笑していた」

「病死ではなかったのですね?」

「ああ。持病を抱えていることも聞かなかった。至って健康で、前日までぴんぴんしていた」

「殺された……というのは、死因は失血死だったのですか? それとも……窒息死? 絞殺されたのですか?」

「いや。専任の医師と術師が立ち会い遺体を調べたが、外傷はなかった。どこもかしこも綺麗なままだった」

 それを聞いてリョウは眉を潜めた。あと考えられる原因は、脳梗塞や心筋梗塞の類の突然死。だが、侍女はまだ若かった。元々、本人にも自覚の無い身体的欠陥のようなものを抱えていたのかも知れないが、こちらではそれを詳しく調べる術はなかった。表に現れる事象のみから判断をするしかない。

 だが、スヴェトラーナは殺されたとはっきり口にした。ということは他殺であるとの断定ができているということだ。

 とすると他に死因として考えられるのは、

「毒殺……ですか?」

「まるで眠るように死んでいた。穏やかで綺麗な顔だった。侍女自身、死んだということに気が付かなかったかもしれない」

 通常の毒殺であれば、大抵は苦しんだり血を吐いたりして死相は壮絶なものになる。それに使用された毒の成分によっては身体に特徴的な斑点が出たり、匂いが付いたりするものだ。

 だが、侍女は、まるで穏やかに眠るように亡くなった。そして、それは恐らく毒殺だった。侍女が死んだ場所は権謀術数の蔓延(はびこ)る宮殿のその奥、後宮だ。

 ――――まさか。

 リョウはその条件に当てはまるものを一つだけ知っていた。その筋では有名な暗殺に利用するには一級品であると見做されている猛毒の植物。小さな可憐な花を咲かせる、繊細な黄色い花弁に赤い筋が模様のように入る野草だった。

 だが、あれは薬師でも滅多にお目に掛かることのない珍品(レアもの)だ。

「………まさか」

 思わず漏れた小さな声に、スヴェトラーナは器用に片眉を跳ね上げた。

「おや、お前には心当たりがあるのか? さすが、未来の術師殿だ」

 その声にはどこか人を嘲るような調子(トーン)が含まれていた。

「ならば話は早い。これが何だか分かるか?」

 スヴェトラーナは懐から透明な小瓶を取り出すとリョウの目の前で揺らした。

 中には、干からびた小さな黄色い花弁が数枚、入っていた。

 見紛うはずはなかった。

「……【ジョールティ(黄色い)……チョールト(悪魔)】………」

 目を見開いて掠れた声を出したリョウにスヴェトラーナはしたり顔で頷いた。その様子は、何故か芝居掛かって見えた。

「ご名答。この花弁が、侍女が水を飲んだグラスの中に残っていた」

「だから【毒殺】と判断されたのですね?」

 だが、内心、リョウは引っ掛かりを覚えた。【黄色い悪魔】は秘密裏に暗殺を行う為に利用されることが多いと聞く。当然、暗殺者はその足が付くような真似はしない。普通に考えて、その場所に花弁の入ったグラスを残すように態と証拠を残す真似をするはずがなかった。これでは、この毒で死んだのだと声高に公言するようなものではないか。余りにもあからさまで見え透いている。

「この花弁に心当たりは?」

 低く発せられた問いにリョウは目を瞠った。

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ」

 広い室内に暫し、重苦しい沈黙が落ちた。

「…………ワタシをお疑いなのですか?」

 リョウの口からは絞り出すような掠れた声が出ていた。

 第二師団・団長のスヴェトラーナは、自分がその侍女の死に関わったと言いたいのだろうか。何を根拠にそのような推察に至ったのだろうか。

 驚きを隠さずに目の前に立つ硬質な顔立ちを見上げれば、氷の女王は次のようなことを言った。

「武芸大会初日、お前が侍女たちの控えの間に顔を出したという話が出ている。そのことは相違ないか?」

 突然、尋問が始まった。いや、もしかしたらリョウが室内に入った瞬間から、それは始まっていたのかもしれない。

「ええ。それは本当です」

 リョウは神妙に頷いた。

「何の為に?」

「宮殿外縁部の噴水の所にいた時に、偶々、侍女の方にお会い致しまして。ワタシが顔を腫らしているのを見たものですから、親切にも手当てをと申し出てくださったのです」

 最初は固辞したのだが、良く効く薬があるからと強く促されて頷いた。その時の経緯を掻い摘んで要点を絞って話した。

「その侍女は知り合いか?」

「いえ。その時に初めてお会いしました」

「ほう? やけに親切なものだな?」

「ええ。ワタシもそう思いました」

「それまでに、その侍女に会ったことはないのだな?」

「はい」

 くどいくらいに同じ質問が形を変えて出されていたが、それに対する答えも変わらなかった。

「控えの間では何を話した?」

 リョウは当時のことを思い出すようにゆっくりと口を開いた。

「特にこれといったことは。……室内には他に多くの侍女たちがいましたので」

 騒がしい最中、中身のある話をした覚えはない。大人しく手当てを受けただけだ。

「顔を腫らしたとは、どうしたのだ?」

 痛い所を突かれて、リョウは少し困惑したように苦笑いをした。自分から口にするには余り褒められたことではないからだ。忘れかけていた傷を抉られるようで、少し凹んだ。

「とある方に少々誤解を受けまして、叩かれたのです」

 話の内容は下らないことだった。ささやかな嫉妬の鞘当て。

「とある方とは?」

「それはワタシの口からは言えません。その方の名誉の為にも」

 スヴェトラーナはじっと睨むように黒い瞳を見つめたが、リョウは敢えて柔らかく微笑んで見せた。ここでみだりに口を割る訳にはいかない。元よりその義理もない。確固とした線引きだった。

「ふん。まぁ、いいだろう」

 スヴェトラーナは、そこで一旦引き、話の矛先を変えた。

「その後はどうした?」

 治療を受けた後はどうしたのかと聞かれて、

「偶々知り合いの方が顔を出したので、その方と一緒に武芸大会の会場の方へ戻りました」

「知り合いとは誰だ?」

 リョウは、少し逡巡して見せたが、己の潔白の為に正直に話した。

「ゲーラさんです」

 予想通り、第三師団長に含むもののある第二師団長は、ぞっとするような無表情になった。

 リョウはなるべく腫れものに触れないように口早に付け足した。

「その時のことは、ゲーラさん本人にお尋ねになって下さい。あと他に神官の方もいらっしゃいましたから」

 それから思い出したとばかりに顔を上げた。

「ああ、それから。手当てを受けている間、ティーダが一緒でした」

 スヴェトラーナは獣の言葉を解する。裏付けを取るのならばティーダに話を聞いた方がいいだろう。獣たちは人と違って嘘を吐かない。証言としては有力で信用の置けるものになるはずだ。

「……そうか」


 一通り事情を聴き終えた後、再び簡素な木のテーブルの所に戻ったスヴェトラーナは、そこに並べられたものを観察するようにつぶさに眺めた。手にとって翳し、匂いを嗅いで確かめる。そのようなことを繰り返した。

「これは薬草か?」

「はい」

「これらの中身は?」

「普通の術師が持つようなものばかりです。痛み止めや気つけ薬、消毒液、風邪薬や整腸剤、傷薬等です」

 何か疑念に思うことがあるならば、他の術師を呼んで確かめてみれば分かるものばかりだ。どれも一般的なもので、特別視するようなものはない。

「他に聞きたいことはありますか?」

 動じた所のない静かな問い掛けに、スヴェトラーナはその口元に挑戦的な笑みを刷いていた。

「そうだな。次はその上着を寄越せ」

 リョウは大人しく上着を脱ぐとスヴェトラーナに手渡した。スヴェトラーナは、それを部下に渡して同じように改めさせた。

「それから、その短剣も見せてもらおうか」

 その視線が太ももと腰にある短剣に注がれていた。

 リョウは太ももに巻いたベルトと腰に巻いたベルトを外し、付いた短剣をベルトごと手渡した。

 その間、部下の兵士は上着のポケットを探り、中に入れていたハンカチやら干したスグリの実を入れていた小袋などを取り出した。

「これは何だ?」

 スヴェトラーナが、その小さな袋を摘み、中を覗いた。

「乾燥させたスグリの実です。伝令たちの好物なので」

「お前には繋ぎを取る伝令がいるのか?」

「いえ、そうではなくて。顔見知りの獣たちはいますが、偶に伝令を受ける時があるので。その時の為です」

 使いの役目を労う為のちょっとした御褒美だ。

「伝令はどこから?」

「知り合いからです。第七の所が殆どです」

 その後、シャツとズボンだけの姿になったリョウの背後に戸口付近にいたはずのもう一人の兵士が立った。

 この部屋の主から両手を頭の後ろに置くようにと言われる。

「何を……?」

 ―――――するんですか?

 最後まで疑問を口にする前に、

「通常の身体検査だ」

 被せるように言ったスヴェトラーナが、強制的にリョウの腕を上に持ち上げて頭の後ろで組むようにさせた。

 その隙に背後から伸びた大きな手が、シャツの上から身体の輪郭をなぞるように全身を改めて行った。他に隠しているものがないかを確認(チェック)するようだ。上半身の側面から軽く叩くようにごつごつとした剣だこのある男の手が触れた。冒頭で言われたように脱げとの命令を実行されないだけましなのだろうが、明らかに疑いを持って食ってかかられるのも余り気持ちのいいものではなかった。

 その手が胸部に届いた時、兵士が動きを止めた。そこにある違和感に気が付いたのだろう。

「どうした?」

「どうぞ続けてくださって構いません。もう今更ですから」

 部下の躊躇いを素早く感じ取った上司の言葉に被せるようにリョウは言い放った。

「あ…の…私よりも団長の方がよろしいかと」

 後ろに立つ兵士が困惑気味に口にした。その表情は前に立つリョウには見られなかったので分からなかったが、恐らく、戸惑っているだろうことが声音からも感じ取れた。

 前に立ったスヴェトラーナの視線が、膨らみの露わになった胸部に注がれた時、その切れ長の目が驚きを表わすように見開かれた。

「お前………まさか……女…なのか?」

「ええ」

 スヴェトラーナは、シャツの釦を途中まで外すと素早く開いては、また閉じた。

 肯定するようにリョウが微笑めば、第二師団長は途端にばつの悪そうな顔をした。

 これまでずっと向こうはこちらのことを年端の行かない少年だと思っていたのだ。だから、その態度もリョウにとっては居気高で横柄にさえ思えるものだった。その勘違いを敢えて訂正しようとは思わなかったが、さすがに誤りを悟って居心地が悪くなったのだろう。


「―――で、何かお分かりになりましたか?」

 相手の戸惑いを気にすることなく、リョウは淡々と言い放った。

 外套も上着も脱いで、鞄の中身も開けた。シャツにも細工はないし、ズボンのポケットにも目ぼしいものは入っていない。

 これだけやってスヴェトラーナは、自分の何を疑い、何を探していたのだろうか。

 口を噤んだスヴェトラーナは腕を組み、己が執務机の端に浅く腰掛けた。

 暫し、その場で瞑目するように目を閉じた後、伏せていた目を上げた。

 射抜くような強い視線だった。偽りを決して許さないというような。確固たる信念を持った眼差しだった。

「イーラという名前に聞き覚えは?」

「ああ。イーラさんですか。手当てをして下さった侍女の方のお名前もそうでした」

 少々強引ではあったけれども世話焼きで優しい(ひと)だった。長い髪を後ろで一つにまとめた清潔感のある(ひと)だった。

「殺されたのは、イーラだ」

「………え?」

 その言葉にリョウは顔色を失くした。口元に浮かべていた笑みが固まり、粉々に砕け散った。

 そして、ゆっくりとスヴェトラーナの方を見た。

「イーラさんが? ………殺された? どうして……ですか?」

「それを今、調べている」

 やっとのことで絞り出した掠れた問い掛けに、殊の外、低い声が宣告のように言葉を紡いだ。それはまるで宣戦布告のような堂々としたものだった。

 再び、室内に重苦しい沈黙が落ちた。


なんだか初めのころのほのぼのとした空気が懐かしいですね。緊迫した空気は、この後、暫く続く予定です。少しずつ発動する罠。リョウを取り巻く状況はどうなるのか!? それではまた、次回にお会いいたしましょう。

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