表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第四章:王都スタリーツァ
166/232

若者たちの好奇心

前回の続き。さて残された人々の反応はというと………。短い小話的なお話を挿みます。


 そうして青天の霹靂とも言える宣言(求婚)をした男が、一人悠々と去って行った後、その場所には、何とも形容し難い空気が残像のように残り、漂っていた。

 男の背中を見送っていたリョウが静かに振り返れば、事情を良く知るシーリスは苦笑い。ドーリンとイリヤは良識ある者同士、どこか呆れたような顔をして、その口元には薄らと苦笑を滲ませており、ブコバルとウテナは共に完全に面白がっている風だった。その向こうにいるロッソは、驚きつつも理解をしたような訳知り顔で、アッカ、アナトーリィー、グントは、なんとも言えない微妙な顔をして、引き攣りそうになる口元をなんとか自制をして堪えているようだった。ヤルタは大きな図体にきょろりとした円らな瞳をパチパチと瞬かせて、その顔色は明らかに悪かった。

 もしかしなくともやってしまったようだ。いや、この場合、突然あのようなことをしでかしたユルスナールが悪いのだが、そのことを声高に非難しようとも、その矛先を向けるべき相手は、やりたいことをやってさっさと姿を消してしまったのだから、どうしようもなかった。

 一人残されたリョウは途方に暮れた。だが、どうすることも出来ないので、敢えて外野を黙殺することにした。周囲にいるであろう不特定多数の観客たちのことは、この際、気に留めないことにした。

 あの第七師団・団長が求婚まがいの熱烈な告白をした。きっとその噂は、もの凄い勢いで街中を駆け巡ることだろう。そして、有名である男の方が話題に上り、それを向けられた相手については有耶無耶になることを密かに期待をしてみることで、リョウは自分を慰めることにした。

 兵士たちの方は、一先ずよしとしよう。ここまできたら第七の仲間たちにはシーリスから説明が入るであろうから。

 問題はあそこだ。リョウは取りとめのない考えを払うように緩く頭を振ると固まったまま沈黙を守る人々の中から若い顔触れを探し出した。

 養成所の友人たちだった。ここは避けては通れないだろう。


 リョウは若き友人たちの傍に行くと何事もなかったかのように微笑んで見せた。

 居並ぶ五人の中で、一番早く息を吹き返したのは、やはりここでの兄貴分であるヤステルだった。

「あーとだな。……なんだ。……その」

 視線をうろうろと彷徨わせて、ヤステルは言い難そうに言葉を濁した。

 きっと掛けるべき言葉を探しあぐねているのだろう。思慮深いヤステルは、目の当たりにした出来事を彼なりに果敢に処理しようとしているのかもしれない。

「てか、リョウ。……まさか! まさか…………お前」

 言い淀んだヤステルの傍らで、ここでもその本領を発揮するのは、バリースだった。

 急に我に返ったバリースは、リョウの肩に掴みかかると突発的な勢いのままに揺さぶった。そして、外套の合わせを開いたかと思うと今度はそこにある上着の釦に手を掛け始めた。

「あ、おい、バリース!」

 焦った声を上げたヤステルの制止の声は耳に入らない。

 物凄い速さで上着の釦を外していったかと思えば、前身ごろを開き、そこにある一点をまじまじと見た。

「あ………れ?」

 何をやろうとしていたのか、その意図が分かったリョウは、一先ずバリースにさせるがままに大人しくしていたのだが、上着を開いてシャツ一枚になった胸の辺りへじっと探るような視線を投げたまま微動だにしない。

 ここまでやっておきながら最後の最後で躊躇っているのか。それともそこまでしてもどちらか分からずに考えあぐねているのか。

 幾らこの国の女たちの標準体型とはかけ離れた身体をしているという自覚があると言っても、ここまでしておきながら分からないものだろうか。バリースの行為は、違う意味でリョウの女としての自尊心(プライド)を傷つけた。

 決してふくよかな方ではない。肉感的な方でもない。それでもそれなりに男とは違う柔らかい身体をしているとは思っていた。

 ここまで来ると自棄だった。

「バリース」

 リョウは小さく息を吐き出すとシャツの釦を上からもう二つほど緩めた。そして、上着の端に掛かっているバリースの手を掴むとそのまま己が胸の上に宛がった。

「あ……え?………」

 バリースは目を白黒させて、リョウの顔と胸元に置かれた自分の手を交互に見遣った。

 それから暫くして、反射的に感触を確かめるようにその手を動かした後、

「やわら……かい?」

 ぽつりと呆けたように呟いた。

 ここまでしないと気が付いてもらえないというのは、正直、哀しいものがあった。

「―――で。ご感想は?」

 リョウは、そこでにっこりと微笑んでみた。

 それは些か迫力のある笑みだった。大体にしてのんびりとした性質で穏やかな気性のリョウには珍しい反応(リアクション)だった。ここまでしておいてよもや間違えることはしないだろう―――そんなドスの利いた副音声が聞こえてきそうだった。

 その笑みを真正面から見たバリースは、ぎょっとして勢いよく手を離した。そして、挙動不審気味にあわあわと捲し立てた。

「いや、これは、その、なんつーか。ごめん、リョウ。てか、女だったんだな。思ったより意外にあるっていうか。最初は良く分かんなかったけど……って、いや、じゃなくて。その、よく分かったからさ」

「馬鹿、落ち着けって」

 狼狽したままのバリースの頭をヤステルが勢いよく引っ叩いた。

 パシンと小気味良い破裂音が周囲に響き渡った。

「アタッ。今、思いっ切り行っただろ!」

 バリースが頭を抱えながら恨めし気にヤステルを見た。

「いや? 気の所為だろ、軽いもんだぜ?」

 ヤステルは余裕たっぷりに肩を竦めて見せた。

 そして始まったいつものような漫才らしい空気に、リョウは内心安堵に似た思いを抱きながら、二人の遣り取りを半ば呆れたように笑った。

 そんな二人組を尻目に、

「そっかぁ、リョウは女の子だったんだね。気が付かなかったよ」

 一人、己が道を行く(マイペースな)リヒターは、しみじみと納得したように口にするとのんびりと笑った。

 実際問題【女の子】という括りをされるような年でもなかったのだが、それを言ったら余計に混乱を招きそうなので、リョウは大人しく頷いていた。

「あはは。別に隠していた積りはないんだけれどね」

 紛らわしいことをしているという自覚はあったので一応謝ってみる。

「ごめん」

「マジかぁ」

 『全然気が付かなかった』とヤステルが改めて大きく溜息を吐いた横で、

「いや、びっくりだわ。今年一番の驚き」

「ああ」

 それまで沈黙を守っていたニキータとアルセーニィーが狐につままれたような顔をして互いに顔を見交わせた。

「うっわ。でもマジ焦ったぁ。俺、団長が『まさかそっちの人!』とか思って軽く衝撃(ショック)っていうの? 度肝を抜かれたとこだったからさぁ。いや、ホント。取り敢えず良かったよ」

 何が良かったんだか。

 調子良くバリースはそんなことを言って、心底安堵したように笑った。

 その論点は、何だか分かるような分からないような妙な論理で、ズレているような気がしないでもなかったが、取り敢えず、バリースの抱く【理想の第七師団・団長像】なるものが傷つかずに済んだようで、リョウは『そうか』と曖昧に微笑んでおいたのだった。


 こうして漸く空気が元の軽妙さを取り戻しつつあった時、ヤステルが不意にリョウに同情するような視線を投げていた。

「ていうかさぁ、リョウ、お前、これからすげぇ大変なんじゃねぇの?」

「ああ、確かにそうだよね」

 しみじみと口にしたヤステルにリヒターが同意をするべく頷いた。

「へ? なんで?」

「そうだよ! うがぁー、リョウ、マジで分かってない!」

 首を捻ったリョウの隣で大げさにバリースが頭を抱えて唸り出した。

 一々反応(リアクション)が大げさなバリースは取り敢えず置いておいて、常識派であるヤステルとリヒター、二人の言葉に尚も首を傾げたままでいれば、

「だって、あの第七の団長に求婚されたんだろ! リボン巻いてたし。この街の女を敵に回したみたいなもんだってば!」

「はい?」

「俺、あんなの初めて見たよ」

「ああ。確かにあそこまで潔く慣例通りにやったのって珍しいかもな」

「しかも、よりによってあの人だ」

「ああ」

 いきなり飛躍した話にリョウが目を白黒とさせていれば、ニキータとアルセーニィーの二人はリボン談議で盛り上がっていた。そして、二人は一頻り意見を交換し合った後、憐みともとれるような微妙な表情をしてリョウを見た。

「リョウ、ドンマイ」

「ああ。精々、気を付けろ」

「はい?」

「俺たちが言えるのはこのくらいだからな」

「ああ」

 親切なのだかそうでないのか、意味不明なことを言って口を噤んだ二人にリョウは煙に巻かれたような気分を味わったのだった。

 そうこうするうちに、

「リョウ、こちらにいらっしゃい」

 シーリスから声が掛かって、リョウは友人たちの所から一旦離れることになった。


 その後、友人たちがどのようなことを話していたのかについては、リョウは知らないままであったのだが、それはそれで良かったのかもしれない。

 というのも。そこは若い男同士であるから恋の話には其々興味津々で。その後、友人たちの話題は自然と恋の話から好みの女の子の話になり、そこから飛躍するようにユルスナールの好みの話に発展した。そして、立派な軍人である名門貴族出身の男が、自分たちとそう変わらない(と彼らは思っている)庶民の(というよりもど田舎に暮らしている)少女に対して大真面目で求婚をしたという事実に少なからず衝撃(ショック)を受けたのだとかいないのだとか。彼らの中でも世間一般の常識として、ユルスナールのような男は、同じような名門貴族の深窓の令嬢と恋仲になるだろうという考えがあったからだ。それからもう少し話を進めて、泣く子も黙る強面の第七師団長に対して俄かに少女趣味(ロリコン)疑惑が浮上をしていようなどとは露にも思わないだろう。流石、噂に違わず貴族であることを鼻に掛けない気さくな男だと褒める一方で、バリースなどはしみじみと『人は見かけに寄らないな』などと零していたらしい―――というのはまた別の話だ。


さて、個性的な友人たちの反応をお送りいたしました。バリースは相変わらず勢い余って暴走気味です。それをヤステルが宥めつつ、その隣でのほほんと笑っているのがリヒターという所。これまで余り登場をしてこなかったニキータとアルセーニィーの人物像がいまいち定まっていませんね。ひょろりとした博士風の感じがアルセーニィーで、寡黙ながらも口を開けば意外に毒舌なのがニキータです。次回は通常モードに戻ります。長かった武芸大会もあと一・二回で終りに出来そうです。ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ