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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第四章:王都スタリーツァ
164/232

勝者の微笑み

武芸大会三日目、団体戦決勝の模様です。それではどうぞ。


 待ちに待った剣士の登場に会場の観客たちが一斉に声を上げた。

 宮殿の中腹、大きく迫り出したバルコニーには、正装に身を包んだこの国の王族たちが、数多もの群衆でひしめく広場を見下ろすように並んでいた。国王を中心にその隣には妃、そして二人の皇太子たちとその家族の姿があった。遠目にも鮮やかな深紅の衣に身を包んでいるのは、この国の頂点である国王だという。会場から見れば小さな点のような姿だが、それでもこの国の統治者を前に人々が大きな興奮状態に包まれているのが分かった。

 耳をつんざくような囃し声。選ばれし男たちの名前を声高に呼ぶ声。老いも若きも男も女も関係なく、この場に集まった人々は、皆、様々な思いを内に秘めて、この広場の中心に佇む二人の男たちに注目していた。

 一人は、銀色の頭髪を風に靡かせ、酷薄そうな面を惜しげもなく晒している男、スタルゴラド第七師団の団長、ユルスナール・シビリークスである。そして、もう一人は、端正な顔立ちに明るい金茶色の髪を優雅に翻す男、スタルゴラド第一師団・団長マクシーム・フラムツォフだ。共にこの国の貴族階級の出身であり、貴族の婦女子たち、そして軍部のみならず街中の一般庶民からも絶大な人気を誇る美丈夫たちだった。

 絶え間なく沸き上がる声援に軽く片腕を上げることで応えながら、男たちは審判が立つ広場中央へと進み出て行った。

 武芸大会最終日、この国が誇る猛者を決める決勝戦では、審判は正装をした将軍が勤めた。この国の軍部には東西南北の四つの方位に因んだ四人の将軍がいるが、この度、対戦者の縁となる【(シービリ)】を除いて、今回は【(ヴォストーク)】のボストークニ家がその晴れがましい役目を負うことになった。東の将軍が目にも鮮やかな朱鷺(とき)色のマントを翻して中央に立つ様は、ただそれだけでも圧巻だった。

 因みに蛇足だが、現【東の将軍】は、あのレオニードの兄上である。しかし、兄の方は弟とは違いユルスナールに対しては別段何の感情も抱いてはいなかった。



 リョウは、多くの男たちが周囲にひしめく中で、埋もれるようにして観衆の一部に同化していた。シーリスの計らいで宮殿とは真逆側の中央付近の最前線で見物をすることができていた。ここは軍部の兵士たちが多く集まる区域で、自然と屈強な男たちに囲まれることになる。

 リョウの隣にはシーリスがいた。そして、その隣には今大会中はずっと控えに回っていた第七の二人の兵士、グントとヤルタがいた。

 彼ら二人は今回出番がなかったものの、久し振りの王都とこの大会特有の興奮に銘々が生き生きとしていた。二人はきっと北の砦に帰るやいなや留守番の兵士たちに囲まれるに違いない。そして、グントなどは身ぶり手ぶりを交えて、いかに大会が凄いものであったか、そして第七の兵士たちが勇敢に戦ったかを若干の誇張を補正として加えつつ話して聞かせるに違いない。それから食堂の兵士たちの話題は暫くは武芸大会一色になるのだろう。そのような一連の様子が、リョウには手に取るように想像が出来た。

 養成所のお馴染みの面々(ヤステル、リヒター、バリースの三人に今日はアルセーニィーとニキータも加わっている)は、共にリョウの左側にずらりと陣取っていた。初めの内は、がたいの良い兵士たちに囲まれているので内心、恐々としているようだったが、試合が始まれば、それはすぐに意識の外に追いやられたようで、気合十分声援に大声を張り上げていた。


 大会三日目の団体戦決勝、第七師団対第一師団の試合は、共に四人の選手たちを使い果たし、大将同士の戦いに突入した所だった。各試合共に力量の拮抗するいい対戦だった。先程、ブコバルと第一の四番手の選手が引き分けたのだ。

 そして、ここで両師団の団長が雌雄を決すべく、この場に顔を揃えることになった。


 ユルスナールの左腕には昨日と同じ黒いリボンが翻っていた。

 昨日と同じように今朝、その左腕にリボンを結んだ時、ユルスナールはやけに真剣な顔をして次のようなことを言った。

 この大会が終わった後に大事な話がある。そして、今日の決勝戦では必ずや勝ってみせる。自分にこの勝ちをくれるから、その代わりに一つ願いを聞いて欲しい。

 突然、何を言いだすかと思えば。

 そのような台詞を口にしたユルスナールにリョウは小さく微笑むとゆっくりと首を左右に振った。

 勝負の行方は、ユルスナール自身のものだ。自分は勝ち星や勝敗の結果を称えることはあってもそれを欲しいとは望んではいない。無事試合を終えて戻って来てくれればそれでいい。それ以上に何を望む事があろうか。

 そう告げれば、ユルスナールはほんの一瞬だけ虚を突かれたような顔をした後、破顔してみせた。

 すると今度は、交換条件のように言った。では、頑張った折には褒美が欲しいと。

 急にどうしたというのだろう。四角張って真面目なきらいのある男にしては珍しく、悪戯っぽさをその瑠璃色の瞳の上に乗せながら、そのようなことを口にしたのだ。

「褒美……ですか?」

「ああ」

 どこか期待に満ちた眼差しにリョウは半ば面食らい、困惑をしたように眉を下げてそのようなことを強請った男を見上げていた。

「ワタシにはルスランにあげられるようなものは何もありませんよ?」

 男とはもう何度も身体を重ねていた。高価なものを持っている訳でもないし、なにか特別な力がある訳でもない。男にとって将来有利となる特別な伝手や繋がりがある訳でもなかった。あるのはこの身体一つだけで、それすらも、もう男にとっては別段真新しいものでも無くなっているはずだった。

 それなのに。

「そんなことはない」

 ユルスナールは何故かきっぱりと断定した。

 そして、じっと黒い瞳を見下ろすと意味深に笑った。

「まだ一つ、唯一のものが残っている」

「唯一のもの……ですか?」

 それはこの命だろうか。だが、それすらも今の自分には酷く曖昧なものだった。

「ああ」

 そのような御大層なものなどないはずなのだが。

 リョウはユルスナールが何を望んでいるのか、いまいちよく理解をすることができなかったのだが、取り敢えず、

「ワタシにできることであれば」

 そう言って首肯した。

 常識あるこの男ならば、途方もない要求はしないだろうと踏んでのことであったが、この一言が、この後、あのような予想外の騒ぎを呼ぶことになろうとは、この時、リョウは露ほども思っていなかった。

「よし、ならば約束だ」

 途端、意気揚々と声を上げたユルスナールは、不意に何かを思いついたというように傍らにある黒い瞳を見下ろした。

「リョウ、指を出せ」

 徐に自分から人差し指を一本差し出した男を見てリョウは小さく笑った。

「子供が約束をする時にするお呪いなのでしょう?」

 それは、この間、エクラータ嬢から教わったばかりの習慣だった。互いの人差し指の腹を小さく突き合わせて約束を口にするのだ。それはこの国で子供同士がよくやる遣り取りらしい。

 そのような子供染みたことをこの強面のいい年をした兵士である男が率先してやろうという。その絵図らの可笑しさに笑いが込上げてきた。

「知っているのか?」

「はい」

「ならば話は早い」

 込上げる笑いを堪えるようにしていれば、男は笑われていることを気にした風でもなく促すようにこちらを見ていた。

「ほら」

 尚も念を押されてはやらない訳にはいかなかった。

 嬉々としてごつごつとした太い指を自分へ向けて差し出したユルスナールにリョウも小さな指の腹を向けて、その先に腹をちょんと当てた。

「約束だな」

「はい」

 機嫌良く嬉しそうに微笑んだ男にリョウもそっと微笑み返していた。

 こうして今朝、団体戦の決勝へと向かう男を送り出したのだ。



 中央に歩み寄るユルスナールは、とても立派に見えた。この日は、御前試合ということもあり、対戦する兵士たちはこの国の軍部の正装に身を包んでいた。国王を迎えた一世一代の大舞台。男たちにとっては晴れがましいことに違いない。

 リョウは眩しいものを見るように目を細めた。身に着けている防具も昨日までのものとは違い煌びやかで真新しいものだった。日の光を浴びて、金属がいぶし銀のように鈍く光を湛えている。所々、補強に取り付けられた鉱石が艶やかに照りを反射している。肩の辺りには、紋章のようなものが付いていた。

 甲冑は全身を覆うものではなく、動きやすさを優先させた必要最低限のものだった。それがこの国の一般的な仕様なのか、それともこのような試合用に特別に誂えられたものなのかは、リョウには分からなかった。

 二人の剣士たちは、中央まで歩み寄ると審判に目礼し、それから宮殿の方に身体を向けるとこの国の統治者に最敬礼をした。

 そして、威風堂々たる審判の朗々たる合図を皮切りに、団体戦最終の大将決戦が火蓋を切って落とされた。


 この国に男として生を受けたのならば、一度は夢見るであろう大舞台。長い歴史と共に続くこのスタルゴラドの武芸大会は由緒あるもので、剣で身を立てる者の憧れでもあり、目標でもあった。

 止まるところを知らない歓声を背にユルスナールは、静かに広場中央へと歩みを進めた。周囲の興奮に同調するように身体の奥底が小さく疼いてくるのが分かった。それでも頭は冷静でいられた。上ずるような緊張もない。静かな高揚感が身体を支配し、(みなぎ)るように四肢の末端にまで到達する。

 軍人の家系に生まれたユルスナールは、幼いころからこの場所に立つことを目標にしてきた。かつてこの場に立ち勝利を収めた今は亡き叔父の姿を驚嘆と尊敬、そして憧憬と共に目裏に焼き付けていた。その大きな背中を追う形で十五の歳を待って騎士団に入団し、以来、日夜研鑽を怠ることなく禁欲的(ストイック)な程に己を律してきた。その結果、とうとう昨年の冬、かつての叔父と同じ場に立つことを許されたのだ。

 限られた者だけが与えられてきた栄誉。そして、この場で勝利を収めることが、これまでの自分の努力と集まった人々の歓声に応える術だと思った。

 決勝戦は、その前二日間の試合とは、かなり趣が異なった。この場所を支配する空気が、肌で感じる空気が違うのだ。沸き上がる歓声は、中にある剣士たちをも飲み込もうとする。そして、縦横無尽に隙間なく注がれる視線は無数にも肉体を突き刺し、見えない糸で絡め取ろうとする。それらの重圧を撥ね退けて己の力を発揮してこその舞台だった。

 昨年は、この空気に若干たじろいでも呑まれることはなかった。だが、肝心の勝利は逃してしまった。その時の悔しさを糧にこの一年を過ごして来た。

 そして、再び巡ってきたこの季節。仲間たちと共にここまで勝ち上がってきた。

 今年は絶対に負けられなかった。必ず勝ちを収めたかった。この左腕に結ばれたリボンの為にも。この広い会場のどこかで己が戦いの行方を見守っているであろう人の為にも。

 勝利をした暁には、予てより抱いていた心積もりをこのリボンを授けてくれた相手に告げる予定であった。今のユルスナールにとっては、こちらの方が失敗の出来ない一世一代の大舞台となるのだろう。

 対戦者である第一の団長マクシームは、ユルスナールとは旧知の仲だ。昨年はあちらに優勝を攫われてしまったが、今年はそう易々と手渡せる訳がなかった。

「両者、準備はよろしいか」

「はい」

「ええ」

 威圧感のある東の将軍の声に対戦者たちは更に気を引き締めた。

 互いに掛ける言葉はない。視線が合い、小さく頷きを返す。それだけで十分だった。

 マクシームもいつも以上に引き締まった顔をしていた。その体からは(エネルギー)(みなぎ)っているのが感じ取れた。現時点での力量は恐らく五分五分。手応えのあるいい試合になるに違いなかった。

 ユルスナールはすらりと腰に佩いた剣を引き抜いた。そして、鮮やかに翻る将軍の朱鷺色のマントを合図に土を蹴った。



 第一と第七、団長同士の大将戦は熾烈を極めた。第一の団長は近衛の精鋭(エリート)を束ねるだけあって、名実ともに備わった立派な男だった。リョウが初めて出会った時は、落ち着いた物腰の穏やかな人物という印象を受けたのだが、今、広場中央で剣を交わし合う姿は、その時のものとは随分と違っていた。

 両者の力は拮抗していた。剣が繰り出され、金属の重みのある打撃音が周囲に甲高く響く度に、広い会場を取り囲むようにして集まる観客たちにどよめきが走った。

 剣を交える男たちの波動(リズム)とじわじわと周囲を囲む数多もの群衆の鼓動(リズム)が、徐々に同調をしてゆくようだった。踏み込み、踏み込まれ、押し出し、押し返され。長靴の底が土を蹴る躍動感と粘るようにして踏みとどまる重圧感。そこに男たちの動きを寸分も逃すまいと息を詰めた観客たちの眼差しが重なる。

 リョウもその中の一人として、拳を握りしめながら男たちの勝負の行方を追っていた。

「リョウ、力をお抜きなさい」

 またもや肩に力が入っていたようで、隣に立つシーリスから宥めるように肩先を軽く叩かれた。

「……はい」

 視線は前方に向けたまま、リョウは小さく答えると全身の力を抜くように緩く息を吐き出した。

 この二日間、妙な力みからか一日を終えると肩から腰に掛けて酷く筋肉が凝り固まっていた。それを毎回、学生寮の小さな風呂に浸かりながら揉み解していたのだ。この分では今日も同じような末路を辿るのだろう。だが、それも今日で最後のはずだった。

 リョウが観戦をしている周りには、これまで団体戦に参加していた出場者たちを始めとする兵士たちが多く集まっていた。大きな野次を飛ばす者はいなかった。皆、一様に真剣な表情で打ち合いの続く広場中央を睨み付けるように見ていた。今、舞台中央で決戦を繰り広げている二人は、この中から勝ち上がってきた猛者なのだ。


 随分と長い時間が経過しているように思えた。死闘を繰り広げる二人の顔付きに、徐々に苦しいものが混じり始めているようだった。上下する胸から荒くなった息遣いまでもが聞こえてきそうだ。

「そろそろですかねぇ」

「ああ」

 やけにのんびりとした声が隣から聞こえたかと思えば、シーリスの呟きに答えるようにその隣には第五のドーリンが澄ました顔をして立っていた。

「てか、あの体力(スタミナ)すげぇよなぁ」

「ここまで来てあれだけ動けるんだもんねぇ」

 そしてドーリンのすぐ傍には、第五のイリヤとウテナも陣取っていた。

「今回ばかりは無様な真似はできないだろうからな」

 不意に聞こえてきたドーリンの声に思わずそちらの方を仰ぎ見れば、ドーリンは珍しく意味あり気に小さく笑ってリョウに前を向くように促した。

「リョウ、よく見ておけ」

 ―――――――あの男のあんなに必死な姿など滅多に見られるものではないからな。

 その口振りは、微かにからかいのようなものを含みながらも淡々としていて、その実、相手(ユルスナール)のことを称えているようにも思えた。

 リョウはドーリンの言わんとすることが良く分からなかったが、そちらに気取られている暇も無く、すぐに視線を広場中央で戦う銀色の頭部に戻した。


 延々と続くかに思えた戦いにもやがて決着が着いた。最終的に驚くべき粘り強さと体力を誇った方に勝利の女神は微笑んだようだった。

 横から空気を切り裂くようにして繰り出されたユルスナールの一撃にそれを受けたマクシームが体勢を崩した。そして、そのほんの僅かな隙を逃すことなく、鋭い一撃が再び繰り出されていた。

 次の瞬間、ユルスナールの腕から伸びた剣の鋭い切っ先が、相手の喉元にぴたりと突き付けられていた。

 全ての音が消えた。まるで周囲が真空になったかのように。

 張りつめた静寂が会場を支配する。誰かがゴクリを唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。

「勝負あり!」

 審判が朱鷺色のマントを翻しながら高らかに判定を謳い、それから一呼吸の間を置いて轟くような歓声が同時多発的に周囲から立ち上った。

 男たちの雄叫びが、地鳴りのように大地を震わせた。

「ウラァァァァアアー!!!」

 歓喜に満ちた声が、直ぐ近くからも沸き上がっていた。

 グントとヤルタが大声を上げて肩を抱き合い喜びに飛び跳ねていた。そして周りにいた兵士たちが二人に向けて次々と祝福の言葉を掛けていた。

「勝った………んだ」

 周りの反応から遅れること暫し、漸くリョウも事の次第を飲み込んだ。

 思わず呆けたような声を上げたリョウに、シーリスが隣から肩を抱くようにしてその体を揺さぶった。

「ええ」

 口にする言葉は少なかったが、そこに浮かぶ表情を見れば、シーリスがとても喜んでいることが分かった。

 じわじわと喜びが体中に広がった。

 そして、リョウも周りの男たちの興奮に感染するように、

「ウラァー!」

 両手を突き出して祝福の叫び声を上げると勢い余ってシーリスに抱きついていた。


 ちょうどその頃、舞台中央では、剣を納めた第一の団長がゆっくりと対戦相手に歩み寄り、その左腕を取ると高らかに上方へと掲げ勝者を称えた。

 周りからは一段と大きな歓声が上がり、盛大な拍手が送られた。

 掲げられた男の腕に揺れる黒いリボンの切れ端を目にして、リョウは何故か胸が詰まりそうになった。

 それからユルスナールは、舞台後方、ずらりと並んだ仲間の元へと下がって行った。出迎えたブコバルと固く握手を交わし合う。そして次にアナトーリィーの手を掴もうとした所で、ブコバルが相棒の頭部へ手を伸ばすとこの日の為にきっちりと撫で付けられていた髪をぐちゃぐちゃにかき乱した。若干、鬱陶しそうな顔をして見せたが、戦いの直後の気持ちの高ぶりのままにユルスナールも笑顔を浮かべていた。そして、嬉しそうに口元を綻ばせながら仲間たちから入る茶々に応えていた。方々から(主に知り合いの兵士たちだ)喜びを噛み締める第七の面々に祝福の声が掛かった。


 弛緩した空気を引き締めるが如く発せられた将軍の号令に団体戦に出場した総勢十名の兵士たちは審判を中心に再び整列した。対戦者たちは静かに一礼した後、徐に宮殿の方へ向き直り、その中腹から試合の一部始終を見届けていた国王を始めとする王族たちに深く敬意を表した。その後、ゆっくりと観客たちの方へ身体を向けるとこの国の兵士らしく息の合った敬礼をした。

 それに応えるように観客たちからは、『ワァァァァアアー』と一斉に声が上がった。そして、この時ばかりは勝者、敗者の関係なくこの場で多くの人々を魅了する熱き戦いを繰り広げた剣士たちに惜しみない拍手が送られたのだった。

 リョウも居並んだ男たちを前に同じように手が痛くなるくらいに拍手を送った。

 とても誇らしくて嬉しくて仕方がなかった。まるで子供の頃に戻ったかのように大きな声を張り上げて男たちの健闘を称えた。

「リョーウ~!」

 反対側ではしゃいでいたバリースから高く突き上げた掌を差し出されて、リョウもそこへ勢いよく掌を打ちつけた。共にいたヤステルやリヒター、ニキータ、アルセーニィーとも同じように喜びを分かち合う。それでも興奮が収まらないのか、勢い余って抱きついてきたバリースの一回りは大きな体を慌てて支えようとするが、余りのはしゃぎ振りにリョウの小さな身体はいとも簡単に後方へ傾いた。それにすぐさま反応をしたのはヤステルで、ぎょっとして手を伸ばしたが間に合わず、あれよあれよと言う間にすぐ脇にいたリヒター、ニキータ、アルセーニィーをも巻き込んで、折り重なるようにして皆で尻もちを着いていた。

 六人は痛みに顔を顰めながらも、顔を見交わすと声を立てて笑いあった。それを見た周りの兵士たちも囃したてるように一斉に笑った。

 地面に仰向けになって、そこから見えるスタリーツァ(王都)の冬の空は、遠く澄んでいて、周囲に響き渡る高らかな笑い声と同じようにからりと晴れ渡っていた。


「リョウ、今からそれでは身が持ちませんよ?」

 苦笑を滲ませたシーリスの言葉にリョウは勢いよく身体を起こした。

「そうでした」

 今、漸く団体戦が終わったばかりなのだ。この後、ユルスナールは個人戦の決勝を午後に控えていた。第七の皆が優勝したことはこの上なく喜ばしいことなのだが、まだ全ての試合が終わった訳ではなかった。気を抜くのはまだ早かった。

 年甲斐も無くはしゃぎ過ぎたことに照れ笑いをしながら、差し出されたシーリスの手を取って立ち上がる。そして埃まみれになった外套やらズボンやらを叩いた。

 リョウは再び会場を振り返ると大きく息を吸い込んだ。

「おめでとうございます!」

 そして、ゆっくりと控えの天幕の方へ下がって行く五人の勝者たちの背中に、最後の一声を張り上げたのだった。



次回はいよいよ個人戦決勝です。ユルスナールは男になれるのか? ご期待下さい(笑)。

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