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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第四章:王都スタリーツァ
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錯綜する気持ち


 第一会場で、第七と第四の団体戦・第一試合が終わりを告げてから程なくして、隣の第二会場からも一際、大きな歓声が上がった。あちらでも第一試合が終了をしたようだ。

 このあと第一会場では、第五と第八の第二試合が行われ、そこでの勝者が、次に第七と当たることになっていた。第一会場側は、その三試合で今日の所は終了となる。

 隣の第二会場では、第一試合で第二と第十、第二試合では、第一と第六、続く第三試合では、第三と第九が其々当たり、先の二試合の勝者同士の対戦が第四試合となった。そして、そこでの勝者と第三試合の勝者が、次の第五試合の勝者となった。

 抽選の組み合わせとはいえ、決勝戦へ辿りつくまでには、二回の試合で済む所と三回試合をしなくてはならない所があるのだ。どこの組み合わせ(ブロック)に配置されるかで道のりの険しさが若干違ってくる。だが、それも天の運ということなのだろう。


 次はどの試合を観戦するかということで、リョウたち四人は、対戦表が張り出された掲示板の前に来ていた。

「次はどうする?」

同じく上を見上げながらのんびりと口にしたリヒターの隣で、

「あー、俺は第二会場の方の第一と第六が気になるな」

「あ、やっぱり?」

 ヤステルはそれでも迷っているのか、自分の顎に手を掛けながら大きな白い布の張られた板を睨み上げていた。


 第二会場で先に行われた第一試合では、第二師団と第十師団が対戦をし、第十師団の方が勝ったとのことだった。第二師団はあのスヴェトラーナが団長を務める奥向きの近衛の一団だ。そして、第十師団は、王都(スタリーツァ)、【プラミィーシュレ】、東の貿易港である【ホールムスク】といった主要都市を除く、その他の都市や村々の統括を行っている部隊とのことだった。本部は勿論、【アルセナール】の中にあるが、街道沿いの主要な街々には、其々治安維持を司る為の第十師団の詰め所が設置され、そこに兵士たちが派遣されて、日々任務に当たっているとのことだ。

 ヤステルが興味を惹かれているのは、第二会場で行われる第一師団と第六師団の試合だ。第一師団は近衛でも表向きの部隊で、団長は【アルセナール】の第七の執務室で見かけたマクシーム・フラムツォフ、気品と風格を兼ね備えた立派な兵士だった。王族や高位高官の警護をするという役目柄、第一師団は、軍部の中でも身元の確かな貴族の出身者から構成され、随一の精鋭揃いとのことだった。騎士団の中でもやや別格の扱いをされるエリートたちだ。対する第六師団は、東の貿易港【ホールムスク】を拠点とする一団だった。


「バリースは?」

「俺はその次の第三と第九がちょっと気になるけど、そうすると第一会場の方の第三試合と被るだろうし………ってああ、悩むなぁ。でも取り敢えず、次は個人戦の方をちょっと覗いて来ようかなぁ」

 そう言って大きく伸びをした。

「リョウはどうする?」

 リヒターから同じように聞かれて、

「ああ、オレは、第五の試合を見たいかな。知り合いがいるから」

「そっか」

「じゃぁ、別れるか? 待ち合わせはこの掲示板の前ってことにしておいて」

 ヤステルとリヒターは第二会場の方が気になるということで、バリースは西側の個人戦が開催されている区画の方を覗いてみるとのことだった。リョウは、先程と同じ第一会場の方だ。

「リョウ、一人になるけど大丈夫か?」

 ヤステルから案じるように声を掛けられて、リョウは小さく笑った。

「ああ。大丈夫だ。何かあったら控えの天幕の方に行ってるから」

「そうか」

 試合前にユルスナールから友人たちの傍を離れるなと忠告をされたが、リョウとしては第五の面々の試合が観たかった。ウテナとイリヤにも顔を出すと言っていたし、何よりも団長のドーリンがどのような剣さばきを見せるのかにとても興味があったからだ。それに大人しく観戦をするだけならば一人でも大丈夫だろう。

 第五師団と対戦をする第八師団は、この国のやや北東よりの方向に位置する隣国【セルツェーリ】との国境地帯を守る軍事拠点である【東の砦】に駐在する部隊だ。どちらの方が剣技を得意とするのかは分からなかったが、ここを逃したら、第五の面々の雄姿を見逃してしまうのではと思ったからだ。勿論、第五の兵士たちには勝ってもらいたかったが、結果は、どうなるか分からなかった。

 こうしてリョウは、ヤステルやリヒター、バリースの三人と別れて、一人、先程の試合が行われた第一会場に向かうことになった。




 そうして、第一会場に向けて人混みに紛れながら元来た道を辿っている時だった。

「ちょっと、そこのあなた」

 誰かを呼びとめるような女性の声が後方から響いた。

 周囲には、沢山の人がいる為、リョウは気に留めずにそのまま歩を進めていたのだが、

「そこの坊や! 黒い髪のあなたよ」

 その台詞にリョウは足を止めるとゆっくりと振り返った。

 黒い髪と言われては、そのまま無視を決め込む訳にもいかなかった。見物に訪れた人々の中には、黒っぽい濃い色をした髪の人たちも偶に見かけた。その人たちは大抵良く日に焼けた浅黒い肌をしていた。それでも黒い髪というのはこの辺りでは余り見ないものだということが分かっていたから、心当たりはなくとも自分のことでは無いとは一概に判断できなかった。

 念の為、確認をするように声のした方へ顔を向ければ、後方から年配の女性が一人小走りに駆け寄って来るのが見えた。

「あなた足が速いのねぇ」

 その女性は傍まで来るとふくよかな胸に手を当てて、息を整えていた。一体、どこから追いかけてきたのは分からないが、随分と体力を消耗させてしまったようだ。

 早く会場の方へ行こうといつになく早足になっていたようだ。それにリョウの周りは上背がある(そして皆、足の長い)男たちばかりであったので、いつの間にか周囲に合わせるように、自然とその歩く速度は一般の女性たちよりも随分と速いものになっていたのだ。身についた習慣のようなものだ。

「あの、何か御用でしょうか?」

 リョウは声を掛けてきた女性に心当たりがなかった。

 濃いめの茶色の髪を一つにまとめて結い上げている。濃い灰色の外套の裾からは、落ち着いた臙脂色のドレスと白いレースの裾が見え隠れしていた。品の良い丸顔に円らな明るい灰色の瞳、その下に小振りの鼻が行儀よく収まっていた。

 暫く呼吸を整えてから、その女性がにっこりと微笑んだ。そうすると目尻に細かい笑い皺が現れた。

「うちのお嬢様がお呼びなのよ。少しお時間よろしいかしら?」

 リョウはいきなりの申し出に目が点になった。

 お嬢様というのは、一体、なんの冗談だろうか。

「あの、急いでいますので……」

 丁寧に断りを入れてみたのだが、

「大丈夫、お時間はそんなに取らせないわ。ほら、こちらに来て頂戴。あの方をお待たせする訳にはいかないわ」

 有無を言わせない力で腕をがっしりと掴まれて、あれよあれよという間にその女性が歩き始めてしまった。

「あの、いきなり何なのですか? そのお嬢様というのは一体………」

 リョウは半ば引きずられながら面食らったように声を上げていた。

 その女性は、リョウを一瞥すると茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せた。

「一緒に来れば直ぐに分かるわ」

 ふくよかである柔らかな女の手が思いの外、強い力で腕に食い込んだ。そのまま、ずるずると引き摺られるようにして女のやや後方を歩く。

 リョウは、内心、途方に暮れていた。こちらの事情を聞かずに自分たちの主張を押し通すのは、些か強引過ぎるやり方だ。気分が悪い。

 リョウは歩きながら何やら嫌な予感がした。面倒な匂いがする。こういう時ばかりは、その勘は何故か当たるのだ。


 ぐいぐいと力任せに引っ張られながら、辿りついた先は、貴族の婦女子が集まる特別観覧席のすぐ傍だった。結果的には目的地には近づいていたのだが、何やら随分と遠回りをしている気分になったのは気のせいではないだろう。

 雛壇のようになった木組みの陰で、リョウは漸くその腕を解放された。

「ちょっとここでお待ちなさいな」

 それは、どこか高飛車な物言いだった。

 掴まれて痛んだ腕を摩りながら、リョウは逞しい感さえあるその女性の大きな臀部をなんとも言えない気分で見送った。

 それにしても随分と強引なやり口だ。もっと相手の事を考えて行動をしてもいいのだろうにと考えて、それはこの場所では必ずしも通用しない論理であることを思い出した。

 こちらが明らかに目下の者であるということで、強気に出ているのだろう。いや、それは女の側からしてみれば当然のことで、そこには疑問の余地すらないのかも知れない。ここは身分社会の確立されている世界だ。人を使う側、使われる側ではその立場は驚く程に違う。先程の女性は、主人である人物に使われる側でありながらも人を使役することに慣れている者の態度だった。

 リョウは、このまま逃げ出したい気分に駆られた。

 少し離れた所で歓声が上がった。第一会場の方では既に試合が始まったようだった。気になって男たちが囲む人垣の向こうを透かし見たが、当然のことながら試合に出ているであろう兵士たちの姿は見えなかった。


 そうしているとすぐ傍に人の立つ気配がした。内心のざわつきを無理に抑えながら、ゆっくりと振り返った。そして、そこに現れた人物を見てリョウは目を見開いた。

「ちょっとよろしいかしら?」

 赤みがかった琥珀を思わせる橙色の瞳が、燃えるような熱を秘めながらも冷ややかにリョウを見下ろしていた。

 アリアルダと呼ばれていた若い娘だった。その後方には、先程のふくよかな女性が控えていた。どうやら、先程の年配の女性のいうお嬢様というのは、このアリアルダのようだ。

「あなたに聞きたいことがあるの」

 そのぽってりとした厚みのある唇が薄らと儀礼的な笑みを刷いた。

 きっちりと隙なく結い上げられた癖の無い金色の髪が、降り注ぐ日の光を反射して、鈍い光を湛えていた。

「何でしょうか?」

 リョウは内心の動揺を慌てて隠しながら、努めて平静を装った。そして、相手から出てくる言葉を待った。

「あなた、もしかして、今日、ルーシャに黒いリボンを渡したのかしら?」

 鋭い視線を受けて、リョウは心の中でそっと苦笑を漏らした。

 要するにアリアルダの方でもユルスナールにとリボンを用意していたのだろう。するとそれを巻きつけようとした時に別のものが既にあることに気が付いて、憤慨したのかもしれない。

 やはり、自分があのような真似をするのは間違っていたのだ。リョウは、自嘲気味に小さく息を吐き出した。

「はい」

 隠しだてするようなことでは無かったので、リョウは小さく頷いた。

「あなたの係累にルーシャを想う人がいるのね?」

 だが、そこで、リョウはアリアルダの勘違いに気が付いた。もしかしなくともリョウに同じような色彩を持つ肉親(姉や妹の類だ)がいて、その仲立ちをしたと思われたようだ。

「いいえ。それは違います。アレはワタシが渡したものです」

 ややこしくなるのは面倒であったので、淡々と先方の思い違いを訂正すれば、

「何ですって?」

 アリアルダの吊り上がり気味の大きな瞳が一段と見開かれた。

「それでは、あれは、あなたがルーシャの腕に巻いたというの?」

「はい」

「な…………」

 思ってもみないことであったのか、アリアルダは手にした小さなハンカチをギュッと握り締めていた。

「紛らわしいことをしないでちょうだい!」

 アリアルダはリョウを睨み付けると、嫌悪感を顕わに吐き捨てた。

「あなた、自分が何をしているのか分かっているの? 男の癖にあのようなものを渡すだなんて。汚らわしいわ。それにルーシャがいい迷惑だわ。お分かりになって? あなたの行いがルーシャを笑い物にするかもしれないのよ? 男からリボンを渡されてそれを着けているなんて知れたら、とんだ恥晒しだわ。幾らルーシャが優しいからって、付け上がるのもいい加減にしてちょうだい!」

 嫌なものを見るように苛立ちのままに厳しい言葉を重ねられて、リョウは思ってもみないことに驚いた。

 何故、そこまで非難されなくてはならないのだろうか。それ程までにあの男たちが腕にリボンを着けるという行為は、特別な意味を持つものなのだろうか。

 それに、ただリボンを腕に巻いているというだけでは、それを渡した相手のことが分かる訳ではない。男(のように見える自分)から渡されたとは、分からないはずだった。


 リョウは表情を消してアリアルダを見た。

 アリアルダの頬は、激昂の余り薄らと赤みを帯びていた。本気で怒っているようだ。

 この娘は、本当にユルスナールのことが好きで堪らないのだとリョウは感じた。ユルスナールの立場を悪くするようなことがないようにと必死になっている。そこには嫉妬のような感情も混じっているのだろう。

「ワタシの行為はそれほどまでに非難されるものなのですか?」

 気が付けば、そのような言葉を口にしていた。

「男であろうと女であろうと、あの方の武運を祈る気持ちには変わりはありません。それをどうしてあなたに否定されなくてはならないのですか?」

 淡々と静かに、そのような言葉が口を突いて出て来ていた。

「何ですって!」

 対するアリアルダは、信じられないというようにリョウを見ていた。

 気持ちの昂ぶりか、苛立ちの為にか、その肩が小さく震えているのが分かった。

「あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」

 その言葉にリョウは静かに頷いた。

 ユルスナールを想う気持ちに偽りはない。ただ、勘違いをされて、もの笑いにされるのが嫌ならば、ユルスナールは自分がリボンを巻いた時に拒絶をすれば良かったのだ。腕に巻かなくとも、ポケットに忍ばせるだけでも良かった。だが、あの男は優しいから、いや、ともすれば優し過ぎる程であるから、本当はそう思っていても言いだせなかったのかもしれない。

 リョウは、そっと深い青さを湛えた瑠璃色の瞳を思い出すように、胸元にぶら下がる同じ色をしたペンダントに無意識に指を伸ばしていた。服の下にあるその輪郭をそっとなぞった。

 それでもリボンを受け取り、それを腕に巻くか否かは、男の側の判断だ。それを周囲の人間がとやかく言うことではない。ましてや、この目の前の若い女から誹りを受ける謂われはなかった。


 リョウは静かに真正面からアリアルダを見つめていた。この良家のお嬢様は、恐らく、将来、ユルスナールに嫁ぐことを疑っていないのだろう。男にとって良き妻たるべく、今からその責務を果たそうと躍起になっている。きっとそうやって育ってきたのだ。その気持ちは、同じ女として分からなくはなかった。それ程までに必死なのだ。あの男の傍に突如して現れた不穏分子を本能的に取り除こうとしているのかもしれない。

 リョウは小さく苦笑のようなものを浮かべた。本当にこの世の中には、気持ちだけではどうにもならないことが幾つもある。だが、それは仕方の無いことなのだ。ユルスナールに決まった相手がいる以上、リョウは自分がその間に入れるとは思ってもいなかった。いや、それをしてはいけないとさえ思っていた。ユルスナールとの関係がこの先、いつまでも続くとは思ってはいなかった。夢を見るような年頃でもない。身を引く覚悟は、気持ちの面ではまだ追いついていないが、頭の中では出来ていた。

 だからと言って、自分の気持ちまでもを否定をされるのは敵わない。

「何がおかしいの?」

 無表情から一転、小さく苦笑のようなものを浮かべたリョウを見て、アリアルダが詰め寄った。

「いえ。混乱をするようなことをしたのならば、謝ります。それでも、リボンを巻くか否かは、あの方の自由。外野が口出しを出来るものではありません」

「何ですって。あなた、私の行為がお節介だとでも言いたいの?」

「いえ。そこまでは」

 リョウはそっと目を伏せた。

 赤みを帯びた橙色の瞳が、燃えるような激しい炎を小さく揺らめかせながら、自分を見つめていた。その強さに心が焼き尽くされそうだと思った。

「男の癖に…………。なんて野蛮なの。ルーシャもいい迷惑だわ。あなた、ルーシャの部下なのでしょう。そんなことも分からないの?」

 ここまで来れば相手の勘違いを訂正する気にもならなかった。それに却って自分の性別を明かす方が余程、問題になるだろう。

「それは、あなたが決めることではありません。ワタシとあの方の間の問題です」

「お黙り!」

 鋭い一喝と共に左頬に強烈な痛みが走った。

 咄嗟に瞑った目をゆっくりと開けば、右手を中途半端に宙に浮かべたまま、アリアルダが半ば茫然として立ち尽くしていた。その視線の先は、赤くなった己が右手を見ていた。それは自分でも相手を叩いたことが信じられないという顔付きだった。

 じわじわと打たれた頬が痛みを訴えていた。同じように相手の掌も痛かったことだろう。

 頬をぶたれたのは初めてのことだった。ここに来てから本当に初めての経験ばかりをしている。そんな他愛ないことが頭の隅を過った。

 頭の芯が急速に冷えて行くのが分かった。


「まぁまぁ、お嬢様、一体どうなすったのです」

 これまで後方に控え、事の成り行きを見守っていた御付きの女が、のんびりとした口調で近づくと立ち尽くしたアリアルダを支えるようにその肩を抱いた。

「あなた、お嬢様に何を言ったの?」

 剣呑さを秘めた年配の御付きの女の声をリョウは敢えて無視した。

「これで、お気が済みましたか?」

 真正面から相手を静かに見つめたリョウは、そこで薄らと笑みを刷いた。

 アリアルダが小さく息を呑んだのが分かった。

 激情に駆られ、頭の中が真っ白になる時、人は自分での思いも寄らない行動に出たりするものだ。己の感情の制御(コントロール)がままならない若い頃には、そのようなことがあってもおかしくなかった。ましてや蝶よ花よと育てられ、周りから傅かれてきた貴族の娘には、我慢というのは馴染みのない事柄であるだろう。

 その証拠にアリアルダは自分の行動に驚いて、湧き上がる気持ちの昂ぶりのままに目の端に涙すら浮かべていた。反対のハンカチを握った左手が、ゆっくりと口元を覆う。

 もう十分だろう。これ以上ここに居ても無駄だ。

 そう判断したリョウは、

「それでは、ワタシはこれで」

 ―――――――失礼します。

 小さく頭を下げると、しきりに主である若い娘を宥めるようにその背中を摩る御付きの女の姿を横目に、素早く踵を返した。

 団体戦の試合を観戦する気は急に失せてしまった。もし、ここで第五の面々が負けてしまったのならばイリヤとウテナには悪いかと思ったが、それも仕方がない。

 自分は今、きっと酷い顔をしている。その自覚はあった。

 リョウは、じんじんと痛みを訴え始めた左頬をそっと手で覆いながら、取り敢えず熱を持ち始めた箇所を冷やすべく試合会場となっている人混みから離れたのだった。

 それに頭を冷やす必要があった。アリアルダの熱に引きずられるようにして、様々な感情が湧きあがって来るのが分かった。混乱しそうになる気持ちの整理をする為にも、少し、静かな所で落ち着きを取り戻す必要があった。

 すぐ近くであるはずの立ち上る男たちの歓声が、どこか遠くで聞こえていた。


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