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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第一章:辺境の砦
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予想外のおまけ

「で、坊主、これからどうすんだ?」

 雰囲気が和やかに落ち着いたところで、それまで黙って成り行きを見守っていたブコバルが不意に口を開いた。

 手紙を渡したことで、リョウの用事の九割方は済んだ。後は種を植えれば全て終わる。そうすれば、この砦にいる理由も無くなる。リョウは兵士ではないのだから。

 リョウには再びあの森の家での日常が待っていた。そろそろ裏の畑の状態が気になる頃あいだ。

「もう少し馬の世話をして、これを埋めたら、一度、森の家に帰ろうと思います」

 元々、その積もりだった。

 リョウの返答にブコバルが意味深にニヤリと笑う。

 真正面からそれを見たリョウは、なぜか嫌な予感がした。

「そうか。じゃあ、それまで俺が稽古を付けてやるよ」

「稽古……ですか?」

 思いもよらない提案にリョウの顔が強ばった。

 兵士になった積りはないのだが、誤解されているのだろうか。シーリスとヨルグは自分のことを正確に伝えていないのだろうか。

「あの、オレ、剣を持ったことはないんですけど…………」

 冗談だろうか。

 稽古ということは、鍛練場で兵士達がやっているあれを差すのだろう。あの中に混じれというのか。

 だが、仰ぎ見たブコバルの目は、愉快そうではあるが、からかうものではなかった。


 一時に比べてこの国も治安は良くなったとガルーシャから聞いてはいたが、これから長い先、この世界に一人で生きてゆく中で、万が一という場合は往々にしてあるだろう。幾ら北の森が人の近寄らない辺境とは言え、世の中何が起こるかは分からないのだ。森の中でアッカのような兵士を見つけた場合もそうだった。

 ここで通用するような護身術程度は身に付けたいとは常々思っていたので、ブコバルの申し出自体はありがたいのだが、その相手が問題だった。リョウとしては、後でアッカやロッソ辺りにこっそり頼もうかと思っていたのだが。

 どう答えたものかと顔を引きつらせていると、

「ブコバル」

 嗜めるようにユルスナールが間に入った。

 それにホッとするのも束の間、

「お前、リョウを殺す気か」

 尋常ではない単語が入っていたことに鼓動が跳ねる。

 やはり、ブコバルを相手に稽古をするのは自殺行為ということなのか。そう、理解した途端、背中を冷たいものが伝った。

「粗雑で反則技の多いブコバルに講師役が勤まるとはとても思えませんが、一番、実戦向きであることは間違いないですね。見てくれもそこらの山賊と変わりませんし」

 少し首を傾げながらも、誉めているんだか、貶しているんだか、実にいい笑顔でシーリスが尤もらしく恐ろしいことを言った。

 つまり、それはシーリスとしては、賛成なのか、反対なのか。

 危険(ハイリスク)だが効果抜群(ハイリターン)。兵士たるものその危険を冒さずしてどうする。そんな文言(フレーズ)が頭の片隅に浮かぶ。

 いや、それを自分に当てはめてもらっても困るのだが。

「経験がないのなら、まずは基本が大事だと思うが」

 至極、冷静に助け船を出してくれたヨルグが、救いの神のように見えた。

 そこで、ふと思い付く。ヨルグに見てもらうという手もあるではないかと。ブコバルの手前、断りを入れるにもそれ相応の理由が必要だろうが、ヨルグなら納得してくれるのではとの密かな期待があった。真面目な顔をして「忙しい」と断られそうではあるが。


 大昔にかじった剣道と小太刀なら取り敢えずの経験はあるのだが、あれらは決まりごとの中での制限された勝負だ。生きるか死ぬかの命のやり取りをする瀬戸際などない。

 要するに根本から違うのだ。

 ここの兵士達が持つのは、実戦を念頭に置いた諸刃の剣だ。敵であれば、躊躇い無く人を切れる。そういう心構えを持ち、その理念の上で鍛錬を行っている。

 リョウには到底、無理だろう。真剣など手にしたことがないのだ。剣一本を取ってみても、まともに持てないに違いない。

 だらだらと内心冷や汗をかきながら様子を伺う。

 何を酔狂なことをと誰かが一笑に付してくれれば良いのだが。

 だが、リョウの生い立ちなど想像も付かないだろうこの男たちに、そんなことを望めそうにもなかった。

「ブコバル。お前は他の奴らをしごいとけ。リョウは俺が見る」

 そして、聞こえてきた言葉にリョウは吃驚して、発言者であるユルスナールを見上げた。

 本気なのだろうか。団長自らが面倒を見てくれるというのか。

 そんな時、不意に今日の昼、食堂で耳にした兵士達の会話が頭を過った。

 【容赦ない地獄の訓練】、鬼のようだと揶揄されていなかったか。

 目が合うとユルスナールはひょいと片方の眉を上げた。

「なんだ、俺では不満か?」

 妙にやる気満々な感じで、なぜか凄まれた。

 ちらりとヨルグに視線を流すと肩をすくめられてしまった。

 その隣にいるシーリスは、苦笑しつつも、その目は諦めろと言っていた。

 ―そうですか。

「……いえ」

 リョウは、その首を縦に振らざるを得なかった。

 少なくとも、ブコバルよりは格段にましだろうか。これまでの対応から、基本、紳士的であると思えるし。そう期待することにした。

「ご迷惑をお掛けすると思いますが、お手柔らかにお願いします」

 それは、究極の二択だ。

「ルスラン、ずりぃぞ」

「まず俺が見る。それで問題がなければお前にも付き合ってもらう」

 副音声として、「そんな事態にはならないだろうが」―そう聞こえた気がした。

「セレブロ…………」

 ―どうしよう。

 縋るように白い毛皮に埋もれた灰色の瞳を見れば、虹色の光彩を煌めかせて、白銀の王は小さく笑った。

『よい機会だ。みっちりしごいてもらえばよい。万が一の場合は、しっかりと報復してやる』

 そういう問題ではないだろうに。

 頼もしい発言も、やや論点がズレている気がしてならない。

『リョウとて中々やると思うが。我の加護もある』

 身体を鍛える為に太極拳や中国拳法、空手を自己流にアレンジしたものを行ってはいたから、それを目にしているセレブロは、この世界には無い物珍しさもあってそんなことを言うのかもしれない。

 だが、所詮、見よう見真似で素人がかじったもの、玄人の技に敵うとは到底、思えない。

「では、明日からだな」

 決まりとばかりに告げられ、諾と頷く他は無かった。

「はい。よろしくお願いします」

 おやすみなさいと挨拶をして、心なしか疲れたような顔をしたリョウは、セレブロと団長室を後にしたのだった。


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