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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第三章:工業都市プラミィーシュレ
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ヴェチェリンカ

 控室となっていた部屋の戸口を出ると、そこにはクセーニアの夫である仕立屋の主人が待っていた。

 リョウの姿を見た主人は、一つ満足そうに頷くと柔らかな微笑みを浮かべた。

「さぁ、こちらへどうぞ。お連れ様がお待ちです」

「ありがとうございました」

 自分が身に付けているドレスの手直しのことを口にすれば、

「よくお似合いです」

 そんな風に返されて。単なる社交辞令だろうということは分かっているのに、嬉しさが込上げてきた。 こういう時、自分が女であることを強く意識する。

 さらさらとした衣擦れの音と共に廊下を歩く。足下は繊細な織柄の入った絨毯が敷かれている為、ヒールの音は吸収されていた。耳元で揺れる銀の房飾りが、大きく切りとられた窓から差し込む夕暮れ時の柔らかな光を鈍く反射して、橙色に煌めいていた。

 もうすぐ街灯に入れられた発光石が、穏やかな青白い光を放ち始める頃合いだろう。


 程なくして、とある一室の前まで来ると、仕立屋の主人が重厚な木の扉の前で立ち止まった。

「こちらです」

 そう言って振り返った主人の柔和な顔立ちに一つ、頷きを返して。

 そして、軽くノックをした主人が扉を開ける。促されるようにして、開いた扉の中にリョウは静かに足を踏み出した。




 そこには、一人の男が、こちらに側に背を向ける形で鏡の前に立ち、首元に白いネッカチーフを巻いていた。

 均整のとれた後姿。光沢のある黒い上下に同じく黒い長靴を履いて。腰から下、後ろに切れ込みが入った、ちょうど男の膝上辺りまである長い上着の縁には金糸で繊細な模様がびっしりと縁取りされていた。斜めに切り込みの入った胸ポケットには小さな白いチーフが覗いている。

 普段は、無造作に掻き上げられているだけの光輝く銀色の髪は、丁寧に後ろに撫でつけられていた。そこから零れた後れ毛が、そっと額際に落ちかかる。

 リョウは、男の変わりように目を奪われていた。息をするのも忘れたようにその男振りを眺めた。

 いつもは北の砦にいる兵士たちと同じ簡素な風合いの上下を身に付け、どこか無骨で荒々しさの残る空気を身に纏っていたが、漆黒の艶のある上下に身を包んだ男は、静謐で厳かな中にも品のある立ち姿を惜しげも無く晒していた。

 それは言うなれば、初めて目にする男の貴族らしい姿だった。


 襟元を整えていた男が映る鏡の端に、濃紺のドレスに身を包んだ女の顔が映り込んだ。

 こちらを熱い眼差しで熱心に見詰めるその黒い双眸に、ユルスナールは瑠璃色の瞳を細めるとゆっくりと振り返った。

「リョウ。その位にしてくれ。穴が開きそうな気分だ」

 そんな軽口を叩いたユルスナールは、リョウの全身を真正面から視界に入れて、ほうと息を飲んだ。

「想像以上だ。よく似合っている」

 男の目が眩しいものを見るように細められた。

 そして、まだ何処か惚けたような眼差しをこちらに向けている相手に歩み寄ると、その頬に片手を当てた。

「リョウ?」

 そこで漸く、リョウは我に返った。

 そして、直ぐ目の前にある男の瞳を見上げて微笑んだ。

「ルスラン。見違えました」

 それは正直な感想だった。

 対する男は、どこか擽ったそうに小さく笑った。

「そうか? それを言うならお前の方だぞ」

 ユルスナールはそう小さく囁きながら、頬に当てていた指先を滑らせ、首筋から項、そして肩へと肌が剥き出しになっている部分を辿って行った。

「こんなに肌を露出させてしまって大丈夫でしょうか?」

 男の長い指が剥き出しの肌を辿る感触に、今更ながら、自分が身に着けているドレスの形体を思い知らされて、戸惑うように口にする。

「この位は、通常、全く問題ない範囲だが。そうだな、お前の場合は目に毒だな」

 そう言って、深い切り込みの入った背中に、その感触を楽しむように大きな掌を滑らせた。

「このまま攫いたくなる」

 甘さを滲ませた男の瞳にかち合って、リョウは内心のむず痒さを誤魔化すように、呆れた視線を投げ掛けた。

「そんなことを言うのは、ルスラン、あなた位ですよ」

「それは光栄だな」

 密かに男が微笑む。


 そのまま、近づいて来た男の薄い唇が、リョウの頬に触れようとした所で、隣の扉が勢いよく開いた。

「ルスラン、こっちはいいぜ」

 そして、そこから現れた二人の男たちの姿に、リョウは再び目を瞠ったのだった。

 そこに現れたのは、自分が良く知る顔だった。

 リョウは、呆気に取られた顔をしていた。

 無精髭が綺麗に剃られて、いつもはぞんざいに跳ね上がっている柔らかい茶色の髪がこれまたきっちりと後ろへ纏めるように撫で付けられている。そして、艶を放つ濃い紫紺色の上着にはユルスナールと同じように銀色の刺繍で縁取りがなされており、その下には生成り(ベージュ)色のズボンを履き、足元は同じ黒い長靴に包まれていた。

 そこにあるのは、ものの数刻前に別れたばかりの自分が良く知る顔であったのに、男らしい精悍な顔付きはそのままに厳かで上品ですらある空気が醸し出されているのをリョウは実に不思議な面持ちで眺めやったのだった。

「もしかしなくても、ブコバル……ですよね」

「ああ」

 信じられないものを見るような気分で確かめるように口にしたリョウに、隣に立つユルスナールは喉の奥を小さく鳴らした。


 まるで別人を目にするような気分を味わっていたのは、だが、リョウだけではなかったようだ。

「うお?」

 こちらを真っ直ぐに捉えたブコバルの青灰色の瞳も、これでもかという位に見開かれていた。

 そして、その隣に立つ【ツェントル】の所長である男もまた、呆気にとられた顔をして固まっていた。

 ドーリンが身に纏う空気は、以前、【スタローヴァヤ(街の食堂)】で食事を共にした時と変わっていなかった(あの時からドーリンからは上品で優雅な空気がしていた)が、神経質そうな細い眉は、額際に極限まで跳ね上がり、その怜悧な灰色の瞳は、同じように驚愕に彩られていた。

 ドーリンの目に自分はどう映っているのだろうか。その反応を見る限り、ユルスナールもブコバルも自分の本当の性別を旧知の友に告げてはいないようだった。それならば、驚くのも無理も無い。

 若干二名から余りにも突き刺さるような視線が注がれる為に、リョウは、居心地が悪そうに身じろいだ。

「ルスラン。ワタシの方が身体に穴が開きそうです」

 先程のユルスナールの台詞を真似て、隣に立つ男に窮状を訴えれば、ユルスナールは、可笑しそうに笑った。

「ブコバル。ドーリン。その位にしておけ」

 その声に、二人の男たちは漸く我に返ったようだった。

「………こいつは驚いた。それにしても、すげぇ化けたな」

 幾ら姿形が小奇麗に変わったとは言え、その中身までもが変わる訳ではない。口を開けば、そこにいるのはいつもと同じ男の姿だった。

 相変わらずなブコバルの態度に、リョウは安堵すると同時に、込上げてくる可笑しさを隠すように手を口元に当てた。

 その反応に幾ばくかの間を置いて。

「女…………だと?」

「はい」

 徐々に解凍が始まり、ぽつりと漏れたドーリンの低い呟きに、リョウは艶やかに微笑んで見せた。

 ドーリンは、片手を額際に当てて顔を覆うと、こめかみを揉むようにして暫し、瞑目した。そうやって様々な衝撃の余波をやり過ごしているようだった。それは実にその男らしいやり方だった。

「おいおい。リョウ。お前、すげぇもん隠してたんじゃねぇか」

 大きく切り込みが入り、剥き出しになった背中とその下に現れた滑らかな括れに、ブコバルは思わずといったように手を伸ばしていた。

 だが、その大きな無骨な男の手は、濃紺の生地に包まれた柔らかな曲線に伸びようかという直前で、ぴしゃりと叩き落とされてしまう。

「ブコバル」

 ユルスナールが窘めるように冷たく言い放てば、ブコバルは不服そうに叩かれた手を摩りながら口を尖らせた。

「いいじゃねぇか。少しぐらい。ケチケチすんなよ」

「そういう問題ではないだろう」

 そのまま言い合いを続けるかに思われた二人だったが、

「ルスラン」

 いつもの表情を取り戻したドーリンは、ユルスナールに近寄るとその耳元で何やら声を潜めて囁きを吹き込んだ。それに伴い、冷徹なきらいのある面が不意に迫力を増した。そのまま、眼光鋭くブコバルの方を見遣る。対するブコバルも先程とは一転、真面目な顔をして静かに頷き返していた。

 小さな囁きと無言のままかわされる男たちの符牒めいた遣り取りに、リョウはさり気なくその場を外した。

 三人の男達には其々の事情がある。そこに自分は関わる術を持たないし、首を突っ込む積りも無かった。


 リョウは窓辺に寄り掛かると、そっと外の景色を眺めた。

 そこからは遠く、車止めの場所が透かし見えた。

 御者台の付いた立派な馬車が、建物の脇に乗り着けると、中からは着飾った紳士と婦人たちが次々に現れた。男たちは長い上着の裾を軽やかに翻し、同伴する御婦人をエスコートする。そうして着飾った男女の姿は、瞬く間に、この建物の中に吸い込まれていった。

 ここに来る途中、この場所、【エリセーエフスカヤ】の特徴とその役割を簡単に聞いた。

 要するにこの場所は、この街【プラミィーシュレ】を訪れたこの国の貴族たちの情報交換の場によく利用されるということだった。社交界といような大げさなものではないらしいが、この街の有力者と繋ぎを取ったり、新たな繋がりを模索する関係作りの場でもあるということだ。高級飲食店(レストラン)というよりもサロンのようなものなのかもしれない。そういうことであれば、然るべき服装を要求されるのも理解できる。

 だが、それにしても自分には荷が重いことに違いはなかった。美味しいものが食べられるというのは心惹かれることには違いないが、こういう場所は、慣れていない分、肩が凝る。第一、この国の上つ方の礼儀作法というものがよく分からない。基本的な所作は、余り変わらないのかもしれないが、こういう場所ほど、思わぬ落とし穴があるものなのだ。今なら、【スタローヴァヤ(街の食堂)】でこの店のことを切り出された時にブコバルがあからさまに苦い顔をした気持ちが理解出来た。


 ガラスに反射する憂いを帯びた女の顔を目の端に捉えて、リョウは自嘲気味に微笑んだ。

 こんなところで暗い顔をする訳にはいかないだろう。それに、このようなお膳立てを企てた男の気持ちを無駄にしたくはないという思いもあった。三人の男たちの遣り取りから察するに彼らには彼らなりの目的があり、この場にこうしている自分はオマケのようなものなのだろうが、それでも、その中に自分を加えてくれることが、純粋に嬉しかったのも事実だ。

「リョウ」

 低い馴染みある男の声に名前を呼ばれて、リョウは穏やかな微笑みを浮かべて振り返った。

 手招きに頷いて、男たちの傍に歩み寄る。

 ユルスナールの傍に立てば、男の大きな掌が頬をそっと包んだ。

「大丈夫だ。堂々としていろ」

 ―――――――お前は十分綺麗だ。

 今しがた自分が捕らわれていた心配事をさらりと肯定されて、リョウは込上げてくる温かさを心の内側に感じながら、そっと男の手に自分の手を合わせると微笑み返していた。

 そうして暫し、見詰め合う。

 時間にしてみれば、ほんの束の間のことに違いなかったが、傍目にはそれは相当、甘ったるく見えたようだ。

 居心地悪そうに身じろいだドーリンから、

 ―――――――ン、ンン!

 ややあからさま過ぎる咳払いが出て、リョウは我に返った。

 そして、居たたまれない空気を誤魔化すように微笑むと、触れていた男の手を放し、一歩、脇に退いた。

「おいおい。ルスラン。控えろよ」

 あのブコバルから、そんな言葉が飛び出す位だ。

「お前にだけは言われたくない」

 だが、それはユルスナールも同じであったらしい。

 そんな男たちの既に日常的な光景になりつつある遣り取りの傍ら、リョウは自分の臀部に触れているなにやら固い感触に気が付いて、ついと視線を下ろした。

 そこにあるのは、紫紺の上着から伸びた大きな男の手で。

 感触を確かめるように動く太くて長い指が伸びたその手の甲をリョウは思いっ切り抓り上げた。

「…オイ(イッ)!!!」

「ブコバルも、控えてくださいね」

 そうして、実にいい笑顔で放たれたリョウの言葉に、ブコバルは痛そうに顔を顰めて赤くなった部分を摩った。

 その傍ではドーリンが呆れた顔をして、神経質そうな細い眉を顰めていた。

「………ブコバル」

 そして、その一部始終を見ていたユルスナールからは、大げさすぎる程の溜息が洩れたのだった。

 最早、呆れてモノも言えないという按配だろう。




 店の方の用意が整ったという報せを受けて、リョウはユルスナールに続いて表の店内へと足を踏み入れた。

 三人の男たちが中に入ると、室内のざわめきが一瞬、止んだ。そして、再び元のざわめきが引いては打ち寄せる漣のように揺れ、閉じられた空間を満たして行った。

 その場所は、広い部屋に点々と長椅子と丸いテーブルが配置された待合室のような趣の部屋だった。

 家具や調度類は柔らかな暖色系で纏められていた。テーブルの上には軽く摘めるものが用意されている。そして、店の制服に身を包んだ給士たちが客に飲み物を配って歩いていた。

 ユルスナールからは、食事の際には個室を用意しているとは聞いていたが、そこに辿り着く前に、こうして客が集まるこの場所で、知り合いの顔を見つけては情報交換、もしくは腹の探り合いという名の雑談を交わすのが、慣習のようなものになっているらしかった。


 室内には、着飾った男女が点々と其々の会話を楽しんでいた、

 リョウは自分に注がれる突き刺さるような視線に、そっと溜息を吐いた。

 それは自分が異質な外見をしている所為なのか、それとも隣に立つ男の所為なのか、恐らく、そのどちらでもあるのだろう。

 だが、それを極力表には出さないようにして、無難な表情を取り繕いながらユルスナールの隣を歩いた。社交辞令的笑みは、それなりに経験があった。昔の技がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 腰に添えられたユルスナールの手に時折、そっと力が入った。無言のまま、心配することはないと励まされているような気がして、リョウはその度に硬質な男の顔を見上げると、見下ろされる男の視線に微笑んで見せた。




「これはこれは、珍しい顔がいたものだ」

 そう言って恰幅の良い壮年の男性が近寄って来ると鷹揚に腕を開いて、ユルスナールと軽い抱擁を交わした。

「ご無沙汰しております。イグナートフ殿」

 綺麗に整えられた口髭を蓄えた大柄な男は、その後ろに揃った顔触れを見て相好を崩してから、不意に意味深な笑みを浮かべた。

「おやおや、ザパドニークの所もいるのか。それにナユーグも。三人揃って、一体、何を企んでいる積りなんだ?」

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せた男に、ユルスナールは余裕ある微笑みを浮かべていた。

「人聞きの悪いことを仰らないでください」

「ここには上手い飯を食いに来ただけですよ」

 イグナートフと呼ばれた男と同じように軽い抱擁を交わした後、ブコバルも飄々と男らしい笑みを浮かべた。そうしているといつも粗野で礼儀がなっていないと揶揄されるブコバルもしっかりとした相応の男のように見えるから不思議なものだ。

 そして、最後に男はドーリンとも挨拶を交わす。

 リョウは、三人の男たちと壮年の男の遣り取りをユルスナールの影に控えるようにして見守っていた。

 身体の具合や調子はどうだといったお決まりとも言える簡単な遣り取りの後、壮年の男の視線が、ユルスナールの背に半ば隠れるようにしてひっそりと佇むリョウの姿を捉えた。

「おやおや、このような所に素敵な女性が隠れていたようだ」

 白いものが混じり始めた灰色の髪に縁取られた男の顔が、ずいと近づいて来た。

 そして、ちらりと隣に立つユルスナールに、意味あり気な目配せをする。

「シビリークスの倅殿も隅に置けないな。かようにも麗しい御婦人を連れてくるとは。しかも、まだ随分とお若いようだ。一体、どんな気まぐれだ。紹介してはくれないのか?」

 その言葉に、ユルスナールの手が腰に掛かり、前に出るようにとリョウを促した。

 リョウは、軽く微笑んでから名乗ると、小さく膝を折り曲げて、一般的にこの国の女性が取ると言われている礼をした。

 そのまま、一歩、後ろに下がろうとしたのだが、大きな男の手が素早く自分の小さな手を捉え、驚く間もない内に、そこに口付けを落とされた。

 通常、女の側から手を差し出さなければ、そこに男の方から触れることは有り得ない。

 ユルスナールとクセーニア(仕立屋の妻)から事前に教えられていたこととは異なる事態にリョウは目を白黒させた。

 口髭の固い感触が手の甲を撫でて、驚いたのも束の間、屈んだ傍からこちらを見上げる男の目が、爛々と妙な光を発しているのに気が付いて途方に暮れた。

 だが、内心の動揺を悟られないように笑みを浮かべて見せた。

 こういった少し強引な女誑しの男は、どの場所にいても必ずいるものだ。相手はきっとそれなりに年を重ねた経験豊富な男だ。持ち前の好奇心を発揮して、珍しい顔立ちをした自分を観察しているのだろう。 そう思い、務めて平静を崩さないように心掛けた。

「私はユーリー・イグナートフ。以後お見知りおきを」

 手の甲を男の親指が意味あり気にそっとなぞり、離れて行く。

「【オーチン・プリヤートナ(こちらこそ、宜しくお願い致します)】」

 リョウは、控え目に微笑んで見せるも、多少、口の端を引き攣らせてしまった。

 だが、男の方はそれには気が付くことなく満足そうに頷いて身体を起こした。

 そして、その縦にも横にも大きな肉体を驚く程軽やかに翻して、他の客たちが集う方へと去っていった。

 離れて行った貫禄のある後ろ姿を目で追って、リョウは、そっと息を吐き出した。

「大丈夫か?」

 ユルスナールから案じるように声を掛けられて、リョウは苦笑気味に微笑むと問題ないと緩く首を横に振った。

「あんのエロ親爺。油断も隙もありゃしねぇ」

 自分のことは棚に上げておいて、その脇でブコバルが小さく悪態を吐く。

 北の砦の中でも、こと女性関係に関しては百戦錬磨と謳われた男にそんなことを言わしめる相手がいる。そのことに、リョウは内心、可笑しみを禁じえなかった。

 要するに上には上がいるということなのだろう。年齢の差が、経験値にそのまま反映されて出ているとでも言えばいいだろうか。

 突然、忍び笑いを漏らしたリョウに、ブコバルが怪訝な顔をして見せた。

「なんだよ?」

「いえ。差し詰め、同族嫌悪ですかね?」

「あ?」

「違いない」

「成程な」

 言い得て妙だったのか。その例えに、ユルスナールとドーリンまでもが可笑しそうに笑ったのだった。


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