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Messenger ~伝令の足跡~  作者: kagonosuke
第三章:工業都市プラミィーシュレ
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鍛冶屋の選択


 カマールは、戸口に現われた二人の上背のある男とその後ろに続いた使用人風の格好をした、まだ年若い女の顔を見て、驚きに固まった。

 髭を蓄えた口をあんぐりと開けて呆けた顔を晒したが、直ぐに男たちのどこか張りつめた空気に気が付いて、その表情を引き締めた。

「こいつは、旦那方、お揃いでどうなすったんです?」

 屈強な男たちを前に、カマールは、一瞬の動揺を宥めるようにたっぷりと頬を覆う髭を撫でた。

「すまない。火急の用が出来た。少し話がしたいのだが、いいか?」

 相変わらず控え目な美丈夫の申し出に、カマールも鷹揚に首を縦に振った。

「へぇ。別に構いませんが」

 そして、二人の男たちの間に半ば隠れるようにしてひっそりと立つ使用人と思しき格好をした女の顔を見て、仰天した。

「おめぇは…………リョウ…か?」

「はい」

 目を見開いたカマールの顔の鼻先で、見知った色彩を持つ顔が苦笑を漏らしたのが分かった。

 一体全体どうしたんだ?―――――そんな言葉がカマールの顔には透かし見えた。

 だが、二人の男たちの只ならぬ様子に、些か狼狽しながらも、このまま戸口で立ち話をする訳にもいかないので、取り敢えず客人たちを中に招き入れることにした。




 ユルスナールとブコバルが話を付けるということで、リョウは先に荷物を纏める為に間借りしている部屋に行った。

 中は、今朝、この場所を後にした時と変わっていない。簡素な寝台(ベッド)と小さな机と椅子があるだけの小ざっぱりとした部屋だ。

 ここを去ると思うとなんだか、少し名残惜しかった。

 短い間だったが、ここには愛着のようなものが湧き始めていた。無駄のない素っ気ない造りが、森の小屋を彷彿とさせるからかもしれない。それに、ここの空気はそのまま、ここに暮らす主の性格を良く映し出していた。飾り気のない、素朴で、温かな空気だ。

 片付けは直ぐに終わった。元より荷物は必要最低限で、鞄一つで来たのだ。ここで増えたものもない。


 そうして、男たちが集まる居間に顔を出せば、リョウに気が付いたカマールが椅子から立ち上がって傍に歩み寄った。

「リョウ。すまねぇことをしたな。俺の仕事にお前を巻きこんじまって」

 恐らく、ユルスナールとブコバルからつい数刻前の出来事を聞かされたのだろう。いつも鍛冶屋として自信と威厳に満ち溢れている顔が、いつになく苦渋に満ちていた。

 二つの頬をいつものように大きな手で包まれて、リョウは小さく微笑むとゆっくりと頭を振った。

「いいえ。カマールさんの所為ではありません。ワタシの方こそ、認識が甘かったようです」

 それを言うのならば、あの男が全ての元凶なのだろうが、それをこの場で口にする積りはなかった。


 レントとカマールは、この界隈では想像以上に凄腕で名の通った鍛冶職人だったのだ。剣で身を立てる男たちにしてみれば、二人の鍛冶屋が鍛えた剣は喉から手が出る程欲しい代物だった。それが例え、小さな短剣だとしても、だ。彼らの名前には相当な付加価値(ネームヴァリュー)が付いていた。

 奪われた短剣がレントの作だと知った時のあの主従の反応は、リョウの知らなかった現実を突き付ける高い授業料になったとも言えた。

「何もなくて良かった」

「はい」

 怪我が無いことを確認して安堵の息を吐いたカマールに、リョウは微笑んだ。

 だが、直ぐにその顔色を曇らせた。

「ですが、あの人たちは、ワタシのことをカマールさんの弟子、若しくは鍛冶屋見習いか何かだと決めつけてしまったようで。面倒なことにならなければいいのですが………」

 そう言って、言葉を濁すと静かに目を伏せた。

「そりゃまた、どうしてだ?」

「恐らく、これが目に触れてしまった為だと思います」

 怪訝そうに男らしい太い眉を跳ね上げたカマールに、リョウは首に下げたペンダントと抱えていた袋の中にある一振りの短剣を取り出して見せた。

「これは、レントさんがその昔、作った短剣です。この他に対になっている小振りのものもここにあります」

 そう言って、短剣が収まっている己が右足にそっと指で触れた。

「おやっさんの短剣だと? それにこいつは【キコウ石】じゃねぇか。しかも純度が高い。【カローリ()】か?」

 カマールの良く通る野太い声が、珍しく上ずっていた。

 その反応を見るだけでも、自分がどうやら大変なものを引き継いでしまったということが知れた。

「これは、ルスランから頂いたものです」

「旦那が?」

「はい。ワタシのお守りです」

 カマールは振り返ると名前が上がったユルスナールへと視線を走らせた。

 ユルスナールがそれに視線で一つ頷いて見せた。

 リョウから提示された二つの代物を前に、カマールは困惑とも取れるような苦々しい顔をした。

「成程な。これじゃぁ、誤解するなってのも無理な話だ」

 そう言って大きく息を吐き出すと、リョウに座るように促した。


 テーブルには、既にユルスナールとブコバルの二人が席に着いていた。

「それじゃぁ、リョウ。お前に教えとかなくちゃぁならねぇな」

 カマールは隣にリョウが座ったのを見てから、ゆっくりと口を開いた。

 そして、先程の苦り切った感想の理由を実に簡潔に述べたのだ。

 その内容は、軽く目眩がしそうな程に、リョウの想像を絶するものだった。


 レントはこの国でも指折りの鍛冶屋で、剣を鍛えて欲しいという客はそれこそ後を絶たなかった。そしてその名は、王都である【スタリーツァ】にまで及んでいた。

 切っ掛けは二十数年前の隣国との大戦にあったという。切れ味が良く刃零れのしにくい強固な剣を男たちはこぞって探した。そして、当時、一握りの人たちの間で重宝されていた剣の造り手の名が、戦を契機に広まったのだ。それを使っていた将軍がその戦で多大なる功績を残したことが大きかった。

 だが、レント自身は、外野の反応には目もくれず、相変わらず酷く偏屈で、その遣い手が、己が眼鏡に敵わない限り注文を受けないということで有名だった。頑固で堅物で、気に入らない相手は誰であろうが素気無く断った。その現役時代に注文を受けて貰えたのは、実に一握りの人間だったとの話だ。その所為か、奇特な変わり者呼ばわりもされた。だが、レント自身は、そんな中傷など何処吹く風で、己が信念を曲げることは決してしなかった。

 レントの作品は、受注生産のみで通常の武器屋などには決して出回ったりしない。故に、一部の愛好家(マニア)のような人たちの間には、それこそ『幻の剣』というような扱いをされるようになったのだ。

 そして、その直属の弟子であるカマールも師匠の教えを引き継いだ、その筋では有名な鍛冶職人なのだ。

「だからな、リョウ。そいつは、知ってる奴ならば、目の色を変えちまう代物なんだ。俺もおやっさんが短剣を造ってたなんてことは初めて聞いたぞ」

 レントがこれを鍛えたのはもう二十年以上も前のことだと言っていた。それは、恐らく、カマールが弟子入りする前のことなのだろう。

「これは、ガルーシャがレントさんに作ってもらったものだそうです」

 その言葉にカマールは、まじまじとリョウの顔を見た。

「ガルーシャってのは…………あの遥か北の辺境の森に住むっていう隠遁術師の爺さんのことか?」

「そうだ」

 カマールの勢いに気圧されがちなリョウに代わって、ユルスナールが間に入った。

 カマールはユルスナールの方へ顔を向けると徐に腕を組んだ。

「そうか。ならあり得るだろうな。あの二人は似た者同士って感じで。あの爺さんが、おやっさんのとこに来ていたのは知ってる」

「ワタシは、ガルーシャと暮らしていたんです」

 そこで漸く、リョウはその短剣と自分の繋がりの種明かしをした。

「そうか」

「その【キコウ石】も元々はガルーシャが手を加えたものだ」

 そして、補足をするようにユルスナールが言葉を継いだ。

 カマールにしてみれば、師匠に似た偏屈な男が一人増えたという様な所であったが、噂では高名な術師であるというあの男ならば、純度の高い【キコウ石】を生成することも出来ないことではなかった。

「成程な」


 カマールは、自分の母親が伝令として寄こした人物が、単なる年端の行かない少年ではなく、想像以上の伝手と繋がりを持つ人物であることを認識せざるを得なかった。

 自分の母親は、恐らく、その辺りのことを理解していたのだろう。だから、あのような長い手紙で伝令としてやってきた子の世話を見てくれと頼んできたのだ。

 リョウが共に暮らしていたという術師のいた森から、一番近い村は、母親の居るスフミだった。同じ術師同士、あの二人の間に何らかの交流があったとしてもおかしくはない。


 カマールは閉じていた目を開くと眼前に座る二人の男たちを見た。

 この国の軍部に属する鍛え上げられた肉体と強靭な精神力を持つ男たち。二人は其々異なる風貌と空気を持つが、同じ男であるカマールの目から見ても、揃いも揃って立派な男たちだった。

 そして、視線を横に流す。

 そこには、その二人が、一様に気に掛ける存在が居た。黒髪に黒い瞳というその色彩もさることながら、実に不思議な雰囲気を持つ子だった。

 先程、この二人の男達から、リョウが身を置く状況を簡単に説明されて、その庇護を申し出された。

 短い間であったが、リョウと共に過ごした日々は、心休まるものだった。

 この場は、この男達に任せた方が良いだろう。寂しさは残るが、今後のことを考えれば仕方がない。

「リョウのこと、よろしくお願いいたします」

 カマールは二人の男を見据えると、静かに頭を下げた。

「ああ。任せておけ」

 銀色の髪をした男の瞳が強い光を湛えていた。それを見たカマールは、この男にならば、安心してその子の身を任せられるだろうと感じたのだった。




「短い間でしたが、お世話になりました」

 この国の風習に則って、両頬に軽い口付けを送り、抱擁を交わす。

「そんなしみったれた顔すんなって。まだ、この街にはいるんだろう?」

 腕を解いて、顔を上げたリョウにカマールは、態とおどけた様な声を出した。

「はい。でも、そろそろ帰りたいと思います。大分長いこと家を空けてしまいましたし、きっと皆、ワタシの帰りを待っているでしょうから」

「何だ、お前の帰りを待ってる奴がいるのか?」

「はい。森の獣たちですが」

「そうか」

 その言葉にカマールは穏やかに笑って見せた。

「母さんによろしくな」

「はい。リューバに何かお伝えすることはありますか?」

 それを聞いて、カマールはあからさまに嫌そうに眉を寄せた。唸るような声を出して、ガシガシと髪を掻くと、

「あ~。後で伝令を寄こすと伝えてくれ」

 弱り切ったようにちらりとこちらを流し見た。

「はい」

 それを見たリョウは小さく喉を鳴らした。

 どの世界でも息子は母親に永遠に頭が上がらないのかもしれない。何処に居ても変わらない、そんな小さな世界の縮図に思わず笑みが零れたのだった。


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