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【閲覧注意】アマテラスという女神はいなかった

 日本の真の歴史をまたまとめていこう。


日本の皇統血統ファンタジーを盲信している良い子ちゃんは脳みそ吹き飛ぶおそれがあるので閲覧注意だぞ。


まず、アマテラスという女神はいなかった。アマテラス大御神がいたとしたら、じゃあ瀬織津姫は誰なんだい、という話になる。


アマテルという男神がいて、嫁が瀬織津姫というのが正解だ。しかし、ここからちょっと複雑だぞ。


アマテル、というのは日高見の称号みたいなものだった。だから、アマテルワカヒトが瀬織津姫の夫だ、と言ったほうがいい。しかも、大御神ではなかった。


ワカヒトは、アマテルではあったが大御神ではなかった。わかるかな。難しいかな。まあもうちょっとあとでわかるよ。


それで、東北の日高見の勢力、まあニニギのこどだけど、九州経由でまず播磨へやってきた。そこで、息子のホアカリがうっとおしかったから殺そうとして、バレて反乱されたんだよね。


その話は播磨国風土記にある。当時はニニギは九州のオオナムチの役職についていた。ここでまたちょっと難しいね。オオナムチというのは役職だったんだね。


それで、ホアカリに反乱されてニニギはそこで死んだか、九州へ逃げ帰った。そのあとホアカリは、大阪難波経由で奈良に入って地域を平定した。


その功績によって、オオモノヌシになり、大神神社から大御神の称号をもらった。おっと、その前に、ホアカリは日高見国からアマテルの称号ももらっていた。


だから、ホアカリ、別名饒速日ニギハヤヒは、アマテル大御神なんだね。これでわかったかな。大御神になったのは、アマテルワカヒトじゃなくて、アマテルホアカリなんだ。


それで、ニニギが死んだか逃げ帰ったあと、播磨に奥さんのコノハナサクヤヒメが残った。そこで大事件が起きる。


大事件というか、日本始まって以来の大患難がやってくるわけだ。そう、新羅の天日槍の襲来だよ。これも播磨国風土記にあるから読んでみてね。


軍勢の規模は、だいたい1から3万ほど、当時の人口からしたらかなりの数だったね。時代は、西暦300年ごろ。


日本は、60万人から100万人程度だったので、今でいうと人口1億2千万に対して、敵軍300万人が上陸する感じだね。


おいどうすんねん、誰が対応するねん、と日本中がなったわけだ。そこで、登場するのが、ニニギのみこと。いや、ちがう、ホアカリアマテル大御神。いや、ちがう。


スサノオの子孫の出雲勢だ。出雲勢は、海路から播磨のたつの、室津湾から上陸した。その時は、スサノオの子のイタケルと、イタケルの子のアヂスキ。


最終的にイタケルの子のアヂスキが主力だった。祖父のヤタガラス、カモタケツヌミとともに上陸したんだよ。コノハナサクヤヒメの実家、フジ王朝も支援したよ。


加古川あたりに賀茂氏の拠点があって、たつのや姫路あたりで戦ったんだ。最初新羅勢はとても強くて、武器も鉄器で、出雲勢は苦戦したんだ。


このあたりの戦記の詳細は播磨国風土記にくわしくあるよ。戦闘の規模なんかもわかるよ。で、賢い読者は気づいただろうけど、とても土着の神々の争いではない、日本中が海路で支援しながら十年以上戦っていたんだよ。


で、出雲勢が支援を受けて盛り返して、新羅勢と今の宍粟市で戦う段階に入ったんだ。宍粟市の入り口で激戦になって、そこを突破して波賀町に来たときに、千種町ですでにたたら場が作られていたことをアヂスキたちが知ったんだよ。


あ、播磨国風土記ではアヂスキは伊和大神だからね。先にたたら場まで作られていたから、「はからずも先を越された」ということで、ハカ、波賀町になったらしいよ。


それで、アヂスキ出雲勢はなぜ勝てたか。新羅勢も、実は秦氏ですごい技術をもっていたんだ。でも、アヂスキも出雲勢で、かつヤタガラス賀茂氏もすごい技術があった。


アヂスキは技術のハイブリッドだったんだよ。それで、当時の世界の最新技術だった投石機を作って戦ったんだ。


天日槍も投石機の技術があったんだけど、アヂスキはカウンターウェイト2個使う世界最大級だったから、だからヒボコを但馬まで追いやったんだよ。だから別雷という雷神なんだよ。


その時に使われたのが、出雲得意の建築技術と、賀茂氏の製鉄技術、そして中臣氏の藤つるの技術だよ。


中臣氏は、この戦いによってフジつる職人として認められて、藤原氏になったんだよ。フジつるを取り過ぎて、播磨と但馬の境にフジ無し山があるんだよ。


そこでは中臣氏の先祖神のアメノコヤネが祭られていて、実際にアメノコヤネがアヂスキの右腕として藤つる技術でもってそのとき活躍してたんだよ。


藤つるはね、日本の固有種で、引張強度が世界一強い植物。だから、日本の広葉樹の固い木材と合わせて、世界最大のものが作れてしまったんだね。


だけど、そういった技術は最高の軍事機密だったから、仁徳天皇陵とかに隠されて誰にも見れなくなっているんだね。


それで、そのあとヒボコたちはどうなったか。アヂスキとヒボコは和解したんだよ。アヂスキは、激しい一面もあったけれど、小さいころは泣いてばかりで共感性が高かった。


秦氏たちが国を滅ぼされてしかたなく朝鮮半島から渡ってきて、生き残りをかけていたことを知ったんだよ。


だから、和解して変装して但馬に入って、一緒に但馬を干拓した。当時但馬は泥の海だったけど、干拓で住めるようになった。但馬の一宮は出石神社で、ヒボコが祭られているね。


それで、言ってなかったけど、出雲勢は出雲大社のような木造建築だけでなく、干拓が凄かったんだよ。あの周辺は実は半島になってて全部海だったのを埋め立てたんだ。グーグルマップでも見ながらちょっと想像してみてくれ。


で、その数十年におよぶ戦いで、和解して土地開発するという結末だったので、日本中がアヂスキを称えて、カンヤマトイワレヒコと言われるようになった。


イワレヒコは、言われる、有名という意味と、うまくいってイワう、祝うという意味があった。だから播磨国一宮は伊和神社、イワ神社なんだね。


ちなみに、カンはカム、賀茂。ヤマトはヤマヒト。アヂスキはアヂスキタカヒコネで、体が弱かったから高い場所で育てられた。それでアヂスキは山の人になった。


ヤマツカミ、というのもアヂスキの別名だよ。ややこしいけど、オオヤマツミはフジ王朝の権力者のことだから別人だよ。でもアヂスキの嫁のイワナガ姫の父だから義理のお父さんだよ。


それで、但馬の干拓に成功したあと、アヂスキとヒボコは投石機をゴロゴロしながら近畿に向かったよ。そこで、ホアカリと戦って、ホアカリが降伏して国譲りされた。


アヂスキがオオモノヌシになって、迦毛大御神になったんだよ。記紀に二人登場する大御神のうちのひとりってことだよ。


今回はこんなもんでいいか。


勘がいい人は気づいたと思うけど、アヂスキはカンヤマトイワレヒコ、つまりのちに神武とされたってこと。いっぽうのヒボコは崇神。アヂスキはオオナムチ=大国主でヒボコは建御雷、つまり二回目の国譲りがそのあとあった。


そもそも何で建国なんてしないといけなかったか、とかまた今度にするか。


うーん、思ったより長くなって書ききれなかった。うさぎ小屋も掃除しないといけないし、続きはまた今度書くわ。

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