表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

白雪姫と7人の人間家電

作者: 液体窒素
掲載日:2026/04/20


 女王はかつて、隣国でも類を見ないほど有能な科学者であり、魔術師でもありました。しかし、あまりにも完璧主義だった彼女は、自分より美しい存在、あるいは自分より効率的な存在を許せなかったのです。魔法の鏡に「白雪姫の方が、OSの処理速度もビジュアルの解像度も上です」と告げられたあの日から、彼女のプライドは修復不可能なほどに破損していました。

 対する**白雪姫**もまた、ただの可憐な王女ではありませんでした。彼女は幼少期から城のあらゆる労働環境に「非効率」を見出し、口うるさく改善を要求する、生まれついての**「効率厨」**だったのです。あまりの厳しさに城の侍女たちが次々と退職届を出し、最終的に彼女は「人間は感情があるからメンテナンスコストが高い。小人ドワーフのような頑強なリソースの方がマシね」と言い残して、自ら森の奥へと拠点を移したのでした。

 女王が今回用意した**「毒リンゴ」**は、古風な毒薬ではありません。ナノマシンを配合した液体に浸され、分子レベルで再構築された、最新鋭の暗殺兵器です。ひとたび口にすれば、ナノマシンが脳内のニューロンにアクセスし、システムを強制終了シャットダウンさせます。解除キーは「運命の相手との接触キス」という、統計学的にほぼ発生し得ない確率のイベントに設定されていました。

 老婆の姿に身をやつし、この物理・魔術の両面で最強の毒リンゴを手にした女王は、森の奥深くにある「小人たちの小屋」にたどり着きました。しかし、目の前の光景は、彼女が想像していた「おとぎ話の温かい家庭」とは程遠いものでした。





 窓から中を覗き込んだ老婆(女王)は、絶句しました。

 そこには、かつての誇り高き鉱山の戦士たちの姿はありませんでした。

 「炊飯器」と呼ばれた小人は、頭に釜を乗せられ、ひたすらスクワットをしてその摩擦熱で米を炊いています。「冷蔵庫」は極寒の冬空の下で冷やした石を抱えて震え、「掃除機」は床に這いつくばってストローで埃を吸い込んでいました。

 そして部屋の中央。ソファに深く腰掛け、最新のファッション誌を眺めながら、白雪姫が言い放ちました。

「ねえ、『エアコン』。ちょっと設定温度高いわよ。あと2度下げて」

 「エアコン」と呼ばれた小人は、必死にうちわで彼女を扇ぎながら、「かしこまりました、お嬢様……。電力カロリーが足りず、これ以上の出力は……」と、今にも消え入りそうな声で答えました。

 老婆は、背筋に冷たいものが走るのを感じました。

(この娘……私が手を下すまでもなく、相当なタマじゃない? まるで歩くブラック企業よ)

 しかし、毒殺の計画を止めるわけにはいきません。女王は『セールスお断り』のテープを無視し、窓をコンコンと叩きました。





「おや、美しいお嬢さん。美味しそうなリンゴはいかがかね?」

 白雪姫は、雑誌から目を離さずに答えました。

「お婆さん、うちはセキュリティが厳しいの。それに、出どころのわからない生モノは受け取らない主義なのよ。農薬とか、産地偽装とかうるさい世の中でしょう?」

 老婆はニヤリと笑いました。準備は万端です。

「心配いらないよ。これは、遺伝子組み換えを12回繰り返し、さらに魔術的な抗酸化作用を付与した『スーパー・アップル・プロ』さ。一口食べれば、肌のターンオーバーが劇的に改善し、細胞レベルで永遠の美しさが手に入る。お嬢さん、あなたならこの価値がわかるだろう?」

 「永遠の美しさ」というワードに、白雪姫の指が止まりました。彼女は窓を開け、老婆の手にある、異様にツヤツヤした——どこかネオンのように発光している——リンゴを受け取りました。

「ふーん。まあ、小人たちの労働効率を上げるためのサプリ代わりにするのもいいけど……まずは私が毒味してあげてもいいわね。サンプルの検証は基本だし」

 白雪姫は、なんの疑いもなくそのリンゴをかじりました。

 瞬間、配合されたナノマシンが彼女の延髄に直撃。意識はブラックアウトし、バタンと床に倒れ伏しました。

「ひっひっひ! 成功だ! これでもう、私を脅かす美しさとスペックは存在しない!」

 老婆は歓喜の声を上げ、森の奥へと消えていきました。





 「ご主人様が死んだ!」

 小人たちは歓喜……いえ、悲嘆に暮れました。しかし、彼らは白雪姫によって「家電」としてのプログラムを徹底的に叩き込まれていたため、死体を放置することができませんでした。

「壊れた『主電源』は、修理しなくてはならない」

「しかし、我々のパーツでは足りない」

「ガラスの棺に入れよう。そうすれば、通りがかった『エンジニア』がジャンク品として回収してくれるかもしれない」

 彼らは白雪姫を、真空パックに近い透明なケースに入れ、森の道端に展示しました。

 すると、そこへ偶然、白い馬にまたがった一人の男が通りかかりました。隣国の王子でした。彼は極度の「アンティーク家電マニア」であり、同時に「動かない美少女をコレクションする」という、少しばかり拗らせた趣味の持ち主でした。

「おや、これは見事な……。この造形、この冷徹な表情。実に素晴らしい。最新のOSを積んでいそうだが、今は起動していないのか。ぜひ私のコレクションに加えたい」

 王子は、白雪姫を「人間」としてではなく、「超高級なスマートデバイス」として気に入り、部下に運ばせることにしました。しかし、運搬を担当した家来たちが、木の根っこにつまずいて棺を激しく揺らしました。

 **ゴフッ!**

 白雪姫の喉から、ナノマシンが凝固していた毒リンゴの欠片が飛び出しました。システムの再起動です。

「……ちょっと! 運搬が雑よ! 物流品質を疑うわ、佐川に頼みなさいよ!」

 白雪姫が勢いよく起き上がりました。

 王子は、恐怖を通り越して目を輝かせました。

「動くのか! 音声認識機能付き、さらに自己修復機能まであるオートマタ(自動人形)だったのか! 素晴らしい、ぜひ私の城に来て、我が国の内政を管理してほしい。君のような圧倒的効率主義者こそ、私が求めていた最高の人材だ!」





 数日後。女王は城の魔法の鏡に問いかけました。

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」

 すると鏡は、震える声で答えました。

『それは、隣国の王子の妃……という名の「システム管理者」となった白雪姫です。ちなみに彼女、現在は「デジタル庁長官」を兼任しており、あなたの国の国家予算を3秒でハッキングし、すでに全資産の差し押さえ手続きを完了しました』

「な、なんですって!?」

 そこへ、隣国の兵士たちが乗り込んできました。先頭に立っていたのは、見違えるほど立派な軍服ハイテクアーマーを着た、かつての「炊飯器」や「電子レンジ」たちでした。

「女王様、あなたを『不当労働行為』および『殺人未遂』、さらに『未登録ナノマシンの使用』の容疑で逮捕します。抵抗は非効率ですよ」

 女王は隣国の地下牢へと連行されました。そこには、最新鋭のシステムによって完全自動化された、恐ろしい刑罰が待っていました。

 白雪姫は、豪華な玉座から高解像度モニター越しに女王を見下ろし、優雅に紅茶を飲みながら告げました。

「お婆さん。あ、失礼、女王陛下。あなたの新しい名前は『全自動シュレッダー』よ。これから毎日、我が国の不要な公文書を、その手で一枚ずつ正確にシュレッドしてもらうわ。もちろん、初恋の人のキスなんていう不確実なバグ(救済措置)は、コードから完全に削除しておいたから安心して。ああ、あと2度、室温下げてちょうだい」

 こうして、白雪姫はテクノロジーと恐怖で大陸のインフラを統一し、女王は一生、紙を切り刻む音を奏で続けました。


 めでたし めでたし


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ