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プロローグ:出来損ないの死と、狂信者による簒奪(さんだつ)

「魔力を持たぬ出来損ないめ。せめて最後に、我らの『撒き餌』として役に立て」


実の父の冷酷な声が、薄れゆく意識の中で何度も木霊していた。

辺境の荒野。泥と自身の血にまみれて倒れ伏す俺の周囲を、飢えた魔獣の群れが取り囲んでいる。

魔力至上主義の貴族の家に生まれながら、俺には魔力がほとんどなかった。だから必死に知識を詰め込み、領地経営や兵站の才で家を支えようとした。

だが、両親にとって魔力のない息子はただの汚点だった。「視察」という名目でこの危険な辺境に連れ出され、魔獣を惹きつけるための囮として馬車から突き落とされたのだ。

鋭い牙が、俺の足の肉を無惨に引き裂く。

激痛に声も出ない。死の足音が、確実な実体を持って迫ってくる。


(ふざけるな……。俺の知識を利用するだけ利用して、用済みならゴミのように捨てるのか!)


視界が真っ赤に染まっていく。

悔しい。憎い。俺を嘲笑った家族が、俺を虐げた腐敗した世界が。


(力が欲しい……。あいつらの全てを徹底的に蹂躙し、叩き潰せるだけの……圧倒的で、理不尽な力が!)


最後の一匹が俺の喉笛に喰らいつこうと飛びかかってきた瞬間――俺の意識は、深い漆黒の闇へと呑み込まれた。


◆ ◆ ◆


時を同じくして。

次元の壁を隔てた魔界の最深部、魔王城の玉座の間にて。


「あぁ……嘆かわしい。あまりにも嘆かわしい!」


四天王の一人、『斬撃王』の二つ名を持つシュピッツは、血の涙を流しながら床を掻き毟っていた。

彼の視線の先、豪奢な玉座には、膨大な魔力の光に包まれた『魔王』が座している。しかし、その瞳に覇気はない。


『……もう、争うのは嫌なのだ。私の力が強すぎるせいで、皆が傷つく。だから、私ごとこの力を封印する』


魔王。圧倒的な力、莫大な資産、世界を滅ぼすに足る軍事力を持ちながら、その男は致命的なまでに「優しすぎた」。

戦いを拒み、人間との不可侵条約を結ぼうとし、あろうことか自らの手で自身を永久封印する禁術を展開し始めたのだ。


「魔王とは絶対の恐怖!圧倒的な蹂躙の象徴!それを、自ら放棄するなどッ!」


シュピッツの狂信的な忠誠心は、生温い主君の態度によってすでに限界を突破していた。

彼は背負った巨大な死神の鎌を床に突き立て、禁術の陣へと強引に干渉する。


「貴方の中身たましいは、すでに魔王の器に非ず!ならば私がすげ替えよう。この至高の肉体と力に相応しい、冷徹なる復讐心と知性を併せ持つ『絶望』を!」


シュピッツが自身の命を削って展開した「魂の簒奪さんだつ陣」が、次元を超えて悲鳴を上げる。

彼が探し求めたのは、力への底なしの渇望と、世界への激しい憎悪を持つ魂。

やがて、玉座を包んでいた優しい光が、どす黒い漆黒の瘴気へと反転した。

前魔王の弱き魂は弾き出され、代わりに召喚された「別の何か」が、最強の肉体へと定着していく。


◆ ◆ ◆


「……っ!」


喉笛を噛み千切られる幻痛に、俺は勢いよく目を開けた。

だが、視界に飛び込んできたのは辺境の荒野でも、飢えた魔獣でもない。

禍々しくも荘厳な、見上げるほど高い天井。

そして、自身の体から溢れ出る、息が詰まるほどの『莫大な魔力』だった。魔力を持たなかった前世の俺からすれば、まるで海そのものを飲み込んだかのような万能感。


「お待ちしておりました……!ああ、なんという濃密な闇、なんという冷徹な覇気!」


声のした足元を見下ろす。

そこには、巨大な鎌を傍らに置き、歓喜の涙を流しながら床に額を擦り付ける男――シュピッツがいた。


「我が至高の主よ。どうか、貴方様のお名前を」


混乱は一瞬だった。

前世で培った冷静な思考が、現在の状況と、頭の中に流れ込んでくる『前魔王の記憶と知識』を即座に整理していく。

俺は死に、そして、全てを支配する最強の魔王の肉体を手に入れたのだ。

俺はゆっくりと立ち上がり、玉座から世界を見下ろすように、冷酷な笑みを浮かべた。


「マオ。……絶望魔王、マオだ。さあ、私をゴミのように捨てた世界に、相応の対価を支払わせに行こうか」


無能と呼ばれ捨てられた男は今、世界を滅ぼす最強の魔王として新生した。

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