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1話 突然娘と言われましても!

冬の朝、息が白く揺れた。

せなはマフラーに顔を埋めながら、隣で歩く小さな妹の手を握る。


「ひな、手冷たくない?」

「だいじょーぶ!」

元気いっぱいの声に、少しだけ肩の力が抜けた。


家を出て、ひなを幼稚園に送り、自分は高校へ向かう。

制服のポケットには、お父さんとお揃いの小さなお守りが付いてる古い鍵が入っている。

それだけが‘‘帰る場所‘‘の証だった。



×ー×



放課後、教室に沈む夕日がガラスを染めている。

「せなも一緒にカフェ寄ってこうよー!」

友達が笑顔で誘ってくれる。


「ごめん!ひなのお迎えがあるから」


「だよねー!せなは妹ちゃん第一だもんね!」

隣で中学からの友達が代わりに返してくれる。


「そっか~じゃあ、また今度いこー!妹ちゃんによろしくね~」

「じゃあまた月曜日ね~ひなちゃんによろしく~」


「うん!またね!」

小さく笑って、せなはカバンを抱え直し早歩きでお迎えに向かう。


(‘‘妹ちゃん第一だもんね‘‘か……そんないい姉じゃないんだよな…。)


夕方。ひなを迎えて、手をつなぎながら帰り道。


スーパーで割引のシールが付いたひき肉を見つけて、2人で笑う。

「今日はハンバーグだね!」

「やったぁー!」


その小さなやりとりが、せなにとって一日のご褒美だった。


だけど、その笑顔は家の前で止まる。


家の前には、腕を組んだ大家さんが立っていた。


「白金さん、もうこの部屋は使えないよ」

時が止まったかのように、周りの音が消えた。


「…え……?どういうことですか」


「お母さんから連絡があって、契約を今日で切るって」


「そんな!……せめて家が見つかるまで借りれませんか…」


「あのね…家賃滞納されてて、もう少しはこっちも困っちゃうんだよ…」


「……そうですよね。本当に申し訳ありません」



信じられない現実だがいつかは、こんな日が来るんじゃないかと思っていた。


ひなの手を引きながらスマホを開いて、母の番号を押す。


ーーツー、ツー、ツー。


つながらない。


代わりに受信フォルダに一件のメールが届いていた。


知らない男の肩に頭を寄せて笑う母の写真。

背景は、どこか綺麗な海。

‘‘元気でねー‘‘の一言が添えられていた。


「おねーちゃん、かえらないの?」

「……帰る家、なくなっちゃった」

ひなに気づかれないように、へらっと笑って見せる。



×―×



夜の公園。街灯の下、ベンチに並んで座る。


「ひな、寒くない?」

「うん。……でも、おなかすいた」

「そうだよね。……ごめんね」


自分のマフラーをひなに巻いてあげた。

小さな手が冷たい。

‘‘守らなきゃ‘‘って思うのに、どうすればいいのか分からなかった。


そのときだった。

「おい、こんな時間に子どもが何してんだぁ」

酒臭い声が近づいてきた。


ひながびくっと震える。


「すいません。すぐどきます…」

荷物を持ち逃げようとした瞬間、腕をつかまれた。


「ガキのくせに!俺の事ダメ人間とか思ってるんだろ!!」


振りほどこうとしたけど、力が違う。

抵抗されたことに腹を立てたのか、こぶしを振り上げてきた。


殴られる――そう思った瞬間。


拳が止まった。

がっしりとした大きな手が、その腕を掴んでいた。


暗がりから現れたのは、白銀の髪にサングラス。片目には大きな傷。

スーツ姿がよく似合う男の人。

怖いほど無表情で、低く言い放つ。


「その手を離せ。……今すぐだ」


「な、なんだよお前!!」


「こいつの保護者だ。離さないなら切り落とすぞ」


男は怯えて尻尾を巻いて逃げていった。

何が起こったのか分からず、せなはただ頭を下げた。


「ありがとうございます、助けていただいて……」


そそくさとその場を離れようとした時。

「どこに行く」


せなは足を止めた。

(え…今、私に話しかけたよね?え…これそのまま歩いたらヤバいかな…)


「白金せな、だろ」


(なんで私の名前…。えぇ…まさかお母さん、ヤバいところからお金借りたとか…)

頭の中でいろいろな考えが浮かぶ。


「うちに来い」


「え……何言ってるんですか…。助けてもらったことは感謝しますが……」


男は何も言わず、懐を探る。


(この人…私の話聞いてる?

 ……てかっ!懐って…ドラマとかだと抵抗したから●すとか言って拳銃出てくるんじゃ!)


怖くて息が詰まった瞬間、彼の手から見覚えのある小さな‘‘お守り‘‘が現れた。


「これ……!お父さんの!」


「白鳥雄一だ。……お前の親父の友人だ」


その瞳は、サングラス越しでもわかるくらい鋭いが…どこか寂しそうにも見えた。


「今からお前は、俺の娘だ」


「……は、はぁ?!何言って――」


「詳しい話はあとだ。チビ、寒いだろう」


「ちょ…!」


「行くぞ」


手を引かれ、そのまま車に乗せられる。

抵抗しようにも、ひながすでに走って車に乗り込んでいた。


エンジンの音が、鼓動を遠ざけていく。



×―×



着いた場所は意外にも、普通の和風の家だった。


(想像していたでっかいお屋敷じゃなくて…なんか良かったぁ…)


玄関を開けると、温かい光とポカポカな匂いがする。

昔読んだ絵本の世界みたいだった。


(畳のお部屋がいっぱい……旅館に来た気分……)


案内された部屋には、長方形の机がありカレーやサラダが4人分並んでいた。

まだ出来立てなのか、真っ白な湯気が立っている。


ひなは嬉しそうに席に着く。


「おっ!来たな!!話に聞いてたより随分小さいんだなー」

元気な赤髪の若い男の子が顔を出す。


「モモ…それは多分違う子じゃないか…?お嬢は高校生だと聞いている」


モモと呼ばれる男の子の後ろから、筋肉質な男の人がお水を持って現れる。


「えぇ!!じゃあ悪い魔法使いに小さくされちゃったのか!」


「あぁ…なるほど…」


目の前で始まるコントのような会話に思わず訂正する。

「あ、あの。その子は、私の妹のひなです…せなは私です…」


「へ~おチビはめっちゃ小さいな~枝豆みたいだ!俺はモモ!この筋肉は真白だ!」

大きく口を開けて笑うモモ。


「誰が筋肉だ…。あ、じゃあカレーもう一つ必要ですね。子供用が食べやすい食器あったかな…」

ブツブツ言いながら、キッチンに戻っていく真白さん。



準備をしてくれて全員席に着いた。


「いっただきまーす!」

「いたらきまーす!!」

モモさんとひなは我先にと食べ始める。


「こら、ゆっくり食べなさい。お嬢も、お口に合うかわかりませんがどうぞ」

真白さんはママみたいだった。


「い、いただきます……」

(お嬢って……なんか違和感…)


ぎこちなくスプーンを動かすせなを、みんながさりげなく気にかけてくれる。


モモがふっとせなを見つめる白鳥さんの顔を見て笑う。

「お頭!?なんでそんな怖い顔してんですか」


「その呼び方はやめろ」

突然の低い声にびくっと体が震えてしまった。が意外にも他のみんなは気にしていないようだった。


それどころかモモとひなが

「え!じゃあなんて呼べばいいんすか!?………パパ?」

「ぱぱ!!」


「は?」

シーーン。


その瞬間、せなは思わず吹き出してしまった。

笑ってはいけないと思いながらも、頬が緩む。


みんなも笑ってはいけないと思いながらも、せなに続いて笑い出した。


その空気が、妙にあたたかかった。

(パパって顔ではないんじゃないかなー)



×―×



用意された部屋でひなを寝かせながらお話をする。

「モモちゃんがあした、あそんでくれるって!!たのしみだなーぱぱも遊ぶかなー?」


「ひな…白鳥さんだよ。それに明日は、新しいおうち探しに行かないと。」


「…でも、モモちゃんあそぶってやくそくしたもん」


涙目になるひなに、それ以上何も言えなかった。

約束……か…。


(……‘‘お頭‘‘か。さっきは、顔的にお頭が違和感なかったけど……。

 そんなの怖い人たちの世界での呼び方じゃないの…?私がひなを守らないと…)




ひなが寝て廊下に出ると白鳥さんがいた。

湯気の立つ湯呑を手にしている。


「妹は、父親違いか?」


唐突な質問に、せなは息を呑む。


「…はい。どの人との子かわからないんですけど」


「…俺が頼まれたのは、せなだけだ」


「……え?」


「だが、お前がチビといたいなら妹も一緒に暮らせばいい」


「……それ、私が一緒に居たくないって言ったらどうするんですか……」


「…?施設があるだろ」


その言葉が、胸に刺さった。

何よりも施設という選択肢が当然のように出る白鳥さんに怒りがわいた。


「ひなは、私の妹ですひなだけ捨てるなんて……。……私は両親みたいになりたくないです。

 そもそも、家が見つかったら出ていきますから」


せなは、一瞬白鳥の目が揺れたことに気づかなかった


「そうか。……わかった」


短く言い残して去っていく背中が、少し暗く見えた。


「あの…お父さんに頼まれたって…どういうことですか…」


「………。今日はもう遅い。早く寝ろ。妖が出ても俺は助けてやらんぞ」


「…は?」


本当によくわからない人だ



×―×



勉強する手を止めて、ひなの寝顔を見る。


――‘‘すぐ迎えに来る‘‘って言ったのに。

迎えに来たのは、まったく違う人だった。


(頼んだって…やっぱ捨てたってことなのかな…。)


そんな考えがグルグルするのに、ひなの寝息とあたたかいおうちにほんの少しだけ、泣きたくなった。






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