プロローグ
おい…そんなところで何してる。
うーん?まあ日記みたいなものかな~出会った日のこと忘れたくないじゃん?
……そうかよ。おい俺にも見せろ。
えぇ~なんか恥ずかしいな…
早くしろ
もーわかったてば
怒鳴り声が、壁の向こうから聞こえた。
食器が割れる音、母の叫び。
まだ幼かった私は耳をふさいで、部屋の隅で体を小さく丸めた。
「だいじょうぶ……だいじょうぶ…」
誰に言うでもなく、何度もつぶやいた。
胸の奥が痛くて、喉が詰まって、息が苦しい。
でも、扉の向こうの‘‘音‘‘は止まらない。
何かが壊れていく音。
親の離婚が決まるまでは、時間がかからなかった。
玄関で靴を履くお父さんを黙って見つめることしかできない。
「せな」
泣きはらした私の顔はさぞかしひどかっただろう。
お父さんは目線を合わせてくれて、大きな手で頭を撫でてくれる。
「……すまない。
でも、すぐ迎えに来る。約束だ」
私の手を取って、そっと握ってくれる。
涙がこぼれ落ちそうになる。
泣いたら、もっと遠くに行っちゃいそうで必死に我慢した。
私は、ぎゅっとお父さんの袖を握った。
―――今じゃダメなの?一緒に連れて行ってほしい。―――
そんな気持ちを抑えて笑って見せる。
「……うん!まってるよ。だから…絶対だよ」
お父さんは短く頷くと、振り返らずに歩き出した。
玄関の戸が閉まる音が、やけに大きく響いた。
‘‘‘すぐ迎えに来る‘‘って言ったのに……
どれだけ待っても、その背中は二度と帰ってこなかった。
―――拝啓お父さん。私はこの春、中学生になりました。
そして……お姉ちゃんになりました。―――




