第24章 - 虚無に沈む剣、希望に残る手
蓮司と綾女はその恐るべき光景を見つめ、顔は蒼白となった。
紅黒の触手が海岸を打ち砕き、近づく生命の魂を吸い尽くしていく。
陳 明君と趙 可欣は荒く息を吐き、声を絞り出す。
「武器は……もはや通じぬ! 全霊の真気をもってせねば、止められぬ!」
明君は咆哮し、大地を踏み砕いた。
土力が奔流し、砂と岩が集い、巨大な石柱となって三人――神崎 宏樹、蓮司、綾女――を持ち上げ、触手の輪から護る。
すぐさま可欣が両腕を振り、氷気を放った。
石と氷の結界が築かれ、触手は次々に突き破り、結界全体が震動する。
近寄った生物は魂を奪われ、灰となって舞い散った。
「封氷ッ!」――明君の咆哮。
可欣は天へ駆け上がり、巨獣の背に爪を立てた。
炎と煙の中、髪は乱舞し、瞳は烈光を放つ。
彼女は低く唸り、氷気を全て注ぎ込む。
「バキィィィ……!」
瞬く間に背と触手の一帯は氷結し、白き氷石と化す。
怪物は凍りつき、怒号と共に身を震わせた。
「撃てぇぇぇッ!」――可欣の叫び。
明君は石柱の下で両手を掲げ、龍気を爆発させる。
その身は輝き、両腕から無数の腕が顕現し、それぞれが数十トンの巨岩を放つ。
「ドォン! ドォン! ドォン!」
百の岩塊が雨のように降り注ぎ、怪物を叩き砕く。
氷気が絡みつき、触手を封じる。
絶叫が轟き、黒炎は裂け、煤が四散した。
怪物と化した陶 天俊は全身に裂け目を刻み、血脈は紅く灼け、地鳴りのように咆哮する。
「なるほど……お前たちこそ伝説の降世神――玄氷后と石柱帝か!
ならば……この戦い、たとえ死すとも、我が名誉と共に!
だが……その前に、貴様らを屠るッ!」
溶岩の沸き立つ音と混じり、戦場全体が爆ぜるかのごとく震動する。
可欣は全身を震わせ、冷気と汗が交じる。
声は枯れ、必死に叫んだ。
「明君……もう限界……氷は水を凍らせるだけ……だが水で黒炎を消せるとは限らない……ならば……沈めるしかない!」
二人は向かい合い、互いの経絡に掌を重ねた。
真気が交わり、白青の気が渦を巻き、やがて爆ぜて巨大な光輪と化す。
「ブォオオオオ――!」
次の瞬間、二人の姿は氷と岩の光塊へと変じ、東シナ海へ向かって疾駆した。
背後で、黒炎の魔は咆哮し、触手をすべて引き絞り、黒炎の球体と化した。
それは空を裂いて追撃し、赤黒き尾を残しつつ天を焦がす。
進む先では海が煮え立ち、魚介は瞬時に灰となり、白煙が天へ昇った。
大海は地獄の油釜と化し、泡と蒸気が吹き荒れる。
東シナ海の中央で、白青の氷石の光と、赤黒の炎球が対峙する。
夜空を二つに裂き、世界を終末の戦場へと変えた。
二人は叫ぶ。
「反撃だッ!」
氷の光は急転し、巨大な氷塊となって敵を叩き潰した。
「ドォオオオオン!!!」
轟音と共に魔は海底へ沈み、爆発は天地を揺るがした。
その肉体は砕け、皮膚も鎧も裂け、黒炎は塵と化す。
だが陶 天俊はなおも抗い、手を伸ばし、王座を掴もうとした。
しかし溶岩の奔流と海水に呑まれ、その身体は深淵へと沈んだ。
そこに――赤黒く脈動する七絶邪王剣が妖しく笑い、彼を虚無へ抱き込んだ。
大爆震が広がり、すべてが遠くへ弾き飛ばされる。
陳 明君と趙 可欣は護気を失い、海へと落下した。
その刹那、互いの手を探り合い、震える掌を強く握る。
瞳が交わる――そこには神人の威容はなく、ただ一組の人間の微笑み。
二人は冷たい海へと沈みゆく。
だが手は決して離れなかった。
夜明けの海で、小舟の漁師が彼らを発見し、叫んだ。
「人だ! 早く引き上げろ!」
網と縄が投げ込まれ、やがて二人は甲板に横たわった。
全身は濡れ、息は細いが――生きていた。
「助かった……まだ生きているぞ!」
漁師の声が希望を告げ、波音が静かに響いた。
数日後、日本で神崎家の葬儀が営まれた。
神崎 宏樹は棺に深く頭を垂れ、言葉はなかった。
式の後、宏樹は会社を蓮司に託し、綾女と共に黒狼流の道場を閉じた。
掲げられた木札が外され、ただ静かな空が残る。
宏樹は呟いた。
「これからは……正しく生きる。」
そこへ陳 明君が言った。
「心配するな。陶 天俊は剣と共に阿蘇の怨霊をすべて吸い尽くした。
火山は眠りについた。十万年は再び噴くことはあるまい。」
その後、二人は九州を後にし、新疆へと帰路についた。
船上で、互いの手を握り、ただの人として微笑む。
帰還後、政府の医師宋 芳麗(改名: 宋 方麗)からの診察の電話が鳴った。
「趙さん、今日午後は三か月目の検診ですよ。」
可欣は顔を赤らめ、明君を睨んで拳で軽く胸を叩いた。
「笑うな……あなたが望んだことでしょう?」
二人は笑い、涙を流しながらも安堵した。
だが同時に、丹田に光が宿り、眉間に淡い輝きが閃いた。
運命の道はまだ終わってはいなかった。
終わり
「日本の読者の皆さまにもう少しご説明させていただきます。
たとえば陳明軍(Trần Minh Quân)、曹天俊(Tào Thiên Tuấn)、神崎(Kanzaki)といった剣客たちをベトナムの舞台に立たせ、戦わせるとしたら――どんなに風景が美しくても、やはり非常にちぐはぐになってしまいます。なぜなら、文化的な背景や伝統が根本的に異なるからです。
しかし、現代武術や推理小説といったジャンルであれば、私の国ベトナムには十分に適した舞台が存在すると考えています。」
「このアークの最終章まで根気よく読んでくださった日本の読者の皆さまに、心より感謝申し上げます。今後はさらに真剣に執筆し、より丁寧で完成度の高い作品をお届けできるよう努めてまいります。」