第20章 - 兄弟の断絶
黒狼流総本部――朝。
金属音が響き渡り、道場は血と煙に包まれた。
覆面の忍びが突如襲来し、手裏剣が風を裂き、刃が雨のように舞い散る。壁は血飛沫で染まり、悲鳴が反響した。
黒狼流の弟子たちは即座に応戦した。剣戟の音と肉が倒れる衝撃音が重なり、場は混沌へと変わった。
その中央で、神崎蓮司が虎のように躍り出る。天扇を広げ、一回転して三人の忍びを一閃に斬り伏せた。顔立ちはまだ若いが、気迫は猛々しく燃えている。
「小虫どもが…黒狼流を侮るか!」
その時、血煙の奥から一つの影が悠然と歩み出た。
曹天俊――灰黒の忍装束に身を包み、武器を持たぬまま立つ。その存在だけで、圧倒的な威を放ち、場の空気を凍らせた。
二つの視線――若き猛火と、老練な魔炎――がぶつかり合う。血族を巡る宿命の戦いが始まろうとしていた。
蓮司は目を細め、歯を食いしばって叫ぶ。
「やはり…あんただったか、雅彦! ハッ、あの安宿で安酒でも売っていればいいものを…ここはお前の来る場所じゃない!」
天俊は口元を歪め、低く嗤った。
「三弟よ…今日から黒狼流は俺が治める。西蔵の曹家客店には、掃除役としてお前の席を用意してやろう。」
蓮司は咆哮し、木欄干を蹴り砕いて猛禽のように舞い降りた。天扇の刃が煌めき、死の弧を描いた。
だが天俊は一歩も動かず、肘と掌だけで全てを受け流した。火も風も寄せつけぬ岩のような構え。
「三弟よ…それが武術か? 黒狼流の恥さらしだ。」
そう吐き捨てると、彼は両の手で扇の柄を掴み、黒炎気を噴き出した。灼熱が掌から奔流のように走り、蓮司の皮膚を焼いた。
「ぐっ…!」
蓮司は悲鳴をあげ、右手を焦がされながらも左手で再び天扇を握り返す。
「シュッ!」
稲妻の如き斬撃が走り、天俊の肩口を裂いた。血が滴り、赤黒い床を汚した。
しかし、その瞬間に天扇は天俊の手に奪われていた。
彼は血を一瞥し、口元に不敵な笑みを浮かべる。
「よくやったな、三弟。この血は…お前への餞だ。」
ちょうどその時、一人の弟子が恐慌状態で走り出し、叫んだ。
「知らせろ! 二公子に! 大公子が…反逆した!」
だが天俊は振り返りもせず、奪った天扇に炎を纏わせて放った。
「ズバッ!」
炎の刃は逃げようとした弟子の身体を真っ二つに裂き、血飛沫が門口を赤く染めた。
天俊は再び天扇を呼び戻し、柱に向かって投げ放つ。
「ガンッ!」
分厚い木柱に半ばまで突き刺さり、道場全体が震えた。
彼の目が赤く光り、冷笑が走る。
「三弟! 天扇の使い方ってのは…こうだ!」
新疆・烏魯木斉。
その頃、趙可欣と陳明軍は世間から姿を消し、郊外の古い倉庫に籠っていた。
昼も夜も「玄氷訣」と「石柱神功」を合わせ、氷と土の龍気を磨き続けた。
明軍は額の汗を拭い、可欣に問う。
「どうしてあの時、すぐに石を確かめなかった?」
可欣は静かに答える。
「宏樹を信じていた。悟が火炎石を包んだ瞬間に、既に入れ替えられていたのだろう。」
彼女は視線を落とし、さらに続ける。
「それに、あの火炎石は我らにとって必ずしも宝ではない。氷と土を捨てて炎を学ぶなど、本末転倒だ。」
明軍は頷き、唇に淡い笑みを浮かべた。
「そうだ。我らは炎ではなく、氷と土で道を開く。石よりも己を鍛えるのだ。」
その夜、電話が鳴った。受話器越しに神崎宏樹の声が乱れて響く。
「明軍殿! 黒狼流が乱れた! 雅彦、兄が二つの霊石を奪い、我らを襲ってきた! 次は必ず中原だ!」
激しい金属音の後、通信は途絶えた。
明軍は拳を握り、可欣も目に決意を宿した。
「もう後戻りはない。この戦いは…生死を懸けるしかない。」
三日後――黒狼流の門前。
神崎宏樹が到着すると、綾女が駆け寄った。
「兄上! 兄上が蓮司を捕えました…早く助け出さねば!」
その直後、奥から低く響く声。
「二弟…四妹…」
道場の奥、曹天俊が玉座に座していた。傍らには宋芳麗と悟。
吊るされた鎖には神崎蓮司と神崎夫人の姿。炎の穴が彼らの下で燃え盛っていた。
「母上! あの日、私と母を追放したのはあなた! その恩、忘れるものか!」
天俊は剣の鞘で母の顎を持ち上げ、冷笑した。
宏樹が叫ぶ。
「雅彦! お前は何を望む!」
天俊は人差し指を口に当て、囁いた。
「静かに。良い話を聞かせてやろう。」
「七葉神剣が折れたのは偶然か? いや…悟が阿蘇で破壊したのだ。
さらに昆崙の龍脈を乱し、陳明軍を誘き寄せたのも私だ。
毒で弱った奴を叩くためにな。」
彼の瞳は血のように赤く燃えた。
「だが…まだ終わっていない。ここで決める。交渉か、戦いか。」
宏樹は吠えた。
「裏切り者め! 神崎家の恥だ!」
天俊は冷たく返した。
「父の遺志に背き、火炎石を外へ渡したのはお前だろう!」
二人の間に深い亀裂が走る。
炎と怒号が渦巻き、道場全体が戦の前兆で震えた。