第18章 - 炎魔軍の誕生
「駄目だ…止めろ! 剣魂を制御しろ!」――陳明軍の叫びは、炎と風にかき消された。
しかし、すべては遅すぎた。
溶岩の火気はすでに神崎宏樹を呑み込み、彼を生きる炎の柱へと変貌させた。
「ドォン!!!」――雷鳴のような爆発音。
過剰な火気が爆ぜ、洞窟全体を吹き飛ばした。 岩床は裂け、炎と嵐が渦巻き、皆が吹き飛ばされる。
悟、珠、そして綾芽は岩壁に叩きつけられ、綾芽は奈落の溶岩へ落ちかけたが、悟が間一髪で手を伸ばし引き戻した。
辛うじて立っていたのは、趙可欣と陳明軍のみ。 二人は気を張り、汗に濡れながら必死に防御していた。
炎煙の中に、異形と化した神崎宏樹が現れた。 衣は焼け落ち、赤熱する筋肉は鉄のように脈打ち、背からは二本の鬼角が伸びた。 爪は炎を帯び、瞳は真紅の炭火と化す。
地獄の底から響くような声――
「今日…貴様らは妖怪剣魂を呼び覚ました。 七絶邪王剣の生贄となれ! ハハハハハッ!」
手にした七葉神剣は咆哮し、炎に包まれて異形の七絶邪王剣へと変貌する。 刃は空間を裂き、洞窟を真紅に照らした。
宏樹は鬼のごとき姿で剣を構え、殺戮の魔王のように歩み寄る。
背後で綾芽は絶望の叫びを上げた。
「お兄様――!」
趙可欣は震える声で叫ぶ。
「明軍…私たちの読みが甘すぎた!」
目前の宏樹は完全に魔と化していた。 赤熱の体、燃える角、地獄のような笑い声――
「ハハハ…炎魔軍は甦った! 七絶邪王剣に魂を捧げよ!」
二人の侍護が剣を抜き放ち立ち向かうが、一閃。
紅蓮の刃が肩を両断し、次の瞬間もう一人の胸を貫いた。
「主よ…!」――珠が叫び、剣を構えて必死に防いだ。 だが斬撃は稲妻のように重く速く、押し返され続ける。
「お願いです、正気に…!」
「ズバッ!」
紅蓮の剣が珠の胸を貫いた。 彼女の瞳が見開き、血に濡れた唇から震える声が漏れる。
「どうか…目を覚まして…」
そう言い残し、彼女の体は血溜まりに崩れ落ちた。
三人の血が岩床に広がり、七絶邪王剣は呻くように鳴動し、刃に飛び散った血を吸い上げた。 邪紋は赤く輝き、刃全体が生きた血管のように脈打つ。
「血は満ちた…この瞬間より、炎魔軍は蘇る!」
宏樹の体は膨張し、鬼角は燃え盛り、剣は血と炎を貪る。
対峙する趙可欣と陳明軍は、一瞬凍りついたが、すぐに構え直す。 ここからが真の戦いだった。
岩陰から悟が蒼白な顔で後退し、綾芽を抱えて隠れる。
洞窟の中央では、炎魔軍と化した宏樹が燃える邪剣を構え、血滴るまま笑い声を響かせていた。
趙可欣は短刀を抜き、青い光を放つ。
陳明軍は手にした九霊元刀を呼び覚まし、土気を纏わせる。
「小姐、隠れて!」――悟は綾芽を引き寄せた。
宏樹は剣を振るうたび、炎の斬撃が洞窟を焼き裂いた。
「ドォン!」――火剣が趙可欣の頭上を叩き落とす。 だが陳明軍が身を挺し、九霊元刀で受け止めた。 金属音が轟き、明軍は逆に蹴りを叩き込んだ。
趙可欣は飛刀を連ねて放つが、刃は炎熱で瞬時に溶け落ちた。
次の瞬間、彼女は吹き飛ばされ、宙に舞う。
「可欣!」――明軍が抱きとめ、共に着地する。
炎の魔王と化した宏樹は嘲笑い、重い足音で迫る。
趙可欣は明軍の手を強く握り、声を張る。
「戦い方を変える! 私が氷で纏う!」
彼女の体から冷気が渦巻き、二人の鎧を氷で覆った。
氷鋼の鎧を纏った二人が同時に踏み出す。 一方は巨斧のような九霊元刀、もう一方は氷の飛刀。 二重の圧力で宏樹を挟み撃つ。
「今だ!」――明軍が掌を合わせ、土気を爆発させる。 岩塊が宏樹を縛りつけた。
その隙に、趙可欣が氷刃を叩き込み、青光が腹部を貫く。
「ウアアアア!」――宏樹は咆哮し、炎と氷が衝突した。
瞬間、全身は氷結に閉ざされ、巨体は氷像となる。
砕け散った氷の中から、人の姿を取り戻した神崎宏樹が膝をついた。
彼の視線は重傷の珠に向けられ、彼女は最後の力で囁いた。
「主よ…急いで…阿蘇を封じて…」
宏樹は黙って彼女の瞼を閉じ、立ち上がる。
そして、七絶邪王剣を裂け目へ突き立てた。
轟音と共に炎は収まり、阿蘇の龍脈は鎮まっていった。
・・・
熊本の黒狼流本陣に戻った後、宏樹は重々しく頭を下げた。
「阿蘇の鎮剣は終わった。 二人の力なくして、この大事は成し得なかった。 この恩、黒狼流を代表して深く感謝する。」
陳明軍は静かに応じた。
「大事は皆の力で成すもの。 阿蘇が安らぐなら、それで十分だ。」
趙可欣は冷たい眼差しで言い切った。
「我らは栄誉のためではなく、倒れた者のために戦う。」
宏樹は沈黙し、闇の中で心中に刻む。
「全ての成功は血の代償だ。 珠よ…お前の死が今宵の証だ。」