第16章 - 火と氷の盟約
翌朝、月見屋の裏にある鍛冶場には炎が燃え盛っていた。 新疆の老鍛冶師が黒い眼鏡をかけ、鉄鉗を手に、近代的な溶接器具を並べていた。 金床の上には折れた七枝の剣と、赤く灼けた火焰石が並べられ、燃え上がる熱気は部屋全体を焼き尽くすかのようであった。
神崎宏樹は正面に立ち、両手で剣の柄を握り、全ての龍気を注いで火気を刃へと導いた。 陳明軍と趙可欣は背後に立ち、交互に助力を与えていた。
程なくして火気は激しく爆発した。 刃は真紅に染まり、炎は天井に届くほど噴き上がった。 宏樹は喉を裂くように咆哮し、全身は激しく震えた。 汗は滝のように流れ、衣は濡れ、額には血管が浮き上がった。
「支えて…私を支えてくれ!」 ― 炎が骨肉の内側から燃え広がるかのように、彼は絶叫した。
明軍は歯を食いしばり、宏樹の背を抱え込み、土気で経脈を安定させた。 可欣は氷気を注いだが、熱はあまりに強烈で、まるで鍛冶場全体が地獄の炉と化すかのようだった。
危機を悟った明軍は大声で叫んだ。
「外へ!早く!」
店の裏には深い鯉の池があり、熱気で水面から蒸気が立ち昇っていた。 使用人たちは宏樹と灼熱する剣をそのまま池へと押し込んだ。
ドンッ! と大きな水柱が立ち、鯉は驚いて深みに逃げた。 池の周囲の水は煮え立ち、泡が白く噴き出し、熱と冷気が渦巻き、濃い霧となって庭を覆った。
池の中で神崎宏樹は断末魔のように叫び、白煙を通して響くその声は、肉体と経脈が同時に焼かれるかのように聞こえた。 陳明軍は飛び込み、彼の肩を抑え、土の龍気で暴走する火気を必死に抑えた。
水はやがて赤く輝き、次第に黒灰色へと変わった。 泡は激しく噴き、炎と氷が絡み合う。 その刹那、人と折れた剣はまるで天地の大炉で再び鍛えられているかのようであった。
やがて池は静まり、霧も薄れていった。 水面に現れたのは、完全に鍛え直された七枝の剣。 刃は深紅に光り、闇に潜む炎のように妖しく輝いた。 神崎宏樹は全身を震わせながら水面に浮かび、指先から細い火気を放つことができた。
彼は岸に膝をつき、剣を抱きしめ、声を震わせた。
「お二人のおかげで…再びこの剣に命が宿った。だが、どうか最後まで力を貸してほしい。 阿蘇へ共に行き、我が一族の龍脈を鎮めてほしい。 必ず厚く報いる。」
陳明軍は黙ってその炎を見つめ、やがて静かに頷いた。
「報酬のためではない。 これは我らの天命だ。 龍脈を鎮め、民を守ることは、 新疆であろうと阿蘇であろうと、我らの責務だ。」
趙可欣も決然と続けた。
「そう。 龍脈に関わることなら、背を向けるわけにはいかない。」
宏樹は深く頭を垂れ、再び剣の柄を握り締めた。 赤黒い神剣の炎は、彼の瞳に映り込み、感謝と決意を燃え上がらせた。
池の霧が静まり返る中、三人は同じ覚悟を胸に刻んだ。 しかし誰もが理解していた。 ― この火気はまだ芽吹いたばかり。 真の力を振るうには、少なくとも三日の鍛錬が必要であることを。
そこで三人は、月見屋に留まり、昼夜を共にして剣の火気を鍛え上げることを決めた。
夜には、宏樹のもてなしで食卓が整った。 朝は白飯と焼き魚、昼は熱々のラーメン、夜は酒と牛肉の煮込み。 部屋はいつも杉の香りと炊事の煙で満ちていた。 特に陳明軍の席には、必ず冷えたペプシの缶が添えられていた。
夜の鍛錬を終えると、宏樹は地元の芸人を呼び、三味線の音と舞を池畔で催した。 提灯の明かりが揺れ、水音と調べが響き、刹那の安らぎを与えた。
その頃、綾芽と趙可欣は部屋で向かい合い、剣を脇に置きつつ語り合っていた。 初めは戦いの技を交わしていたが、やがて話題は化粧品へと移った。
綾芽は可欣の肌を見つめ、小声で尋ねた。
「どうしてそんなに肌が乾かないの? 氷火の修練で焼けるはずなのに。」
可欣は笑い、頬に触れた。
「西域の薬草クリームよ。 べたつかず、深く潤うの。 あなたは?」
綾芽は瞬きをして答えた。
「私は椿油。 肌にも髪にもいいの。 気に入ったら、一瓶あげる。」
そう言って綾芽は櫛を取り出し、可欣の背後に回って静かに髪を梳いた。 黒髪は灯火に照らされ、一本一本が光を帯びて解けていった。
可欣は少し照れながらも、微笑んでその手に任せた。 戦場に身を置く二人の女武者も、この瞬間だけは普通の少女に戻ったかのようであった。
翌日、鍛錬はさらに厳しさを増した。 火焰石は銅の盆に置かれ、鼓動のように赤く脈動していた。 宏樹は印を結び、炎を体内に導いた。 火の糸が経脈を走り、肌を真っ赤に染めた。
その背後に陳明軍と趙可欣が座り、土と氷の龍気を送り続けた。 さらに後方には、悟と珠 ― 黒剣建設の忠実な護衛二人が控えていた。
悟は汗を拭き、火の勢いを調整し続けた。 珠は剣の柄に手を置き、もし火気が暴走すれば即座に制御する覚悟であった。
可欣は剣を見つめ、低く呟いた。
「やはり危険ね。 一瞬でも乱れれば、火気は逆流し、命を奪う。」
明軍は黙って頷き、空になったペプシ缶を机に置いた。 その瞳は宏樹から一瞬も逸らさなかった。
鍛錬の日々は続いた。 それはまさに、彼らの運命を試す刻であった。