第14章 - 折れた剣片
深淵の闇はすべてを呑み込もうとするかのように濃く淀んでいた。趙可欣は苔むした湿った岩肌に指をかけ、滑り落ちぬよう必死に縁を辿った。どこかで水の滴る音が道標となり――そして彼女の目が止まった。
草叢の中、陳明軍が動かぬまま横たわっていた。白衣は裂け、胸は血に染まり、顔は蝋のように蒼白。それでも手首に触れれば、かすかに脈が震えていた。
「明軍…! なんてこと…!」――趙可欣の声は嗚咽に変わった。
彼女は膝をつき、震える手で彼の全身を探った。恐怖に浸る暇はない。可欣は心を無理に落ち着かせ、止血の経絡を押さえ、急ぎ包帯で縛り上げた。その一手一手が心を抉る。明軍の呼吸はあまりにも薄く、いつ途絶えてもおかしくなかった。
応急処置を終えると、可欣は彼を抱き締め、熱い涙を冷え切った顔に落とした。
「お願い…目を覚まして…一度だけでもいい。私を残して逝かないで…」
嗚咽の中、彼女の胸の温もりが昏睡する男を包み込む。まるで深淵の寒気に抗うかすかな焔のように。
三人は岩壁の浅い洞に避難し、湧き水が風を遮った。陳明軍は壁に凭れ、息は細く、瞼がわずかに開いた。
「…可欣…泣くな…俺は…まだここに…」――声は掠れ、再び意識は沈んだ。
安堵する暇もなく、重い影が迫った。阿魯台が現れ、その双眼は血のごとく赤く燃えていた。配下は退いていたが、彼ひとりで死を招くに十分だった。
「ついに見つけたぞ…!」――雷鳴のごとき声が谷間に轟いた。
李凱榮は咬み締め、陳明軍を抱えて後退した。だが趙可欣は洞口に立ちはだかり、九銀鈴刀を握りしめ、氷のような眼差しを向けた。
孤身、彼女は阿魯台と対峙した。闇夜に、死闘が幕を開けた。
阿魯台が咆哮し、両手を広げ、鉤爪のような指が鋼光を放つ。虎のごとく襲いかかる。
可欣は短く叫び、龍気を爆ぜさせ、刃先から冷気が吹き荒れる。九銀鈴刀は銀光を描き、阿魯台を強引に退かせた。
刃が岩を擦り、火花が散る。返す一撃は肩を裂き、血が飛沫となる。
だが阿魯台は怯まぬ。鉤爪が腹を狙い、可欣は受け止めたが、衝撃は腰を突き抜け、苦痛を走らせた。
刃は重く、技はまだ馴染まず、動きは半拍遅れる。それでも龍気に満ちた斬撃は雷鳴の如く、巨躯を血で刻んだ。
峡谷に銀刃と鉤爪が交錯し、石壁を削る轟音が死闘の前奏となった。
……(中略:戦闘描写)……
最後に、可欣は後方へ跳びながら腰の双刃を抜いた。
ドスッ! ドスッ!
一本は胸を貫き、一本は喉を穿つ。
阿魯台の眼は見開かれ、咆哮は嗚咽に変わり、その巨体は崩れ落ちた。
可欣は一歩退き、双刃を構えたまま冷ややかに見下ろした。
「お前の運は尽きた。明軍は…そんなに容易く喰える相手ではない。」
遠くの契丹の焚き火が死に顔を照らし、女武者の冷徹な決意を際立たせた。
遺体が倒れると同時に、彼女の目は阿魯台の腰から落ちた古びた布袋に留まった。
中から現れたのは折れた剣片。長さは片腕ほど、刃は欠けても鋭さを失わず。折れ口は二股に分かれ、かつて七葉神劍の接合部と同じ紋様を見せていた。
黒ずんだ鋼は地獄の炎で鍛えられたかのように冷気を放ち、刻まれた紋様は火光に妖しく光った。
李凱榮は陳明軍を支えつつ、息を呑んだ。
「これは…契丹が守り続けてきた遺物か…?」
可欣は答えなかった。だが阿魯台が最期に呟いた言葉を思い出す。
「我が主も…これのために…敗れた…」
剣片を握り締めた瞬間、鉄から闇の気が滲み出す。可欣は悟った――これは単なる戦利品ではない、と。