第12章 - 七日の慟哭
七日が過ぎた。崑崙からの知らせは一切途絶え、陳明軍の帰還を告げる兆しもなかった。
趙可欣は静まり返った部屋の中で身じろぎもせず、灯油ランプの淡い光に揺れる自らの影を見つめていた。爪が食い込むほどに両手を握り締め、七日間の待機は一息ごとを苦痛へと変え、ついには狂おしい焦燥に変わった。
「いや…そんなはずはない。明軍…あなたは今どこにいるの!?」
彼女は立ち上がり、部屋を見回す。椅子の上には、まだ陳明軍の白衣が無造作に置かれている。慌ただしく脱ぎ捨てたかのように皺だらけの裾。そのポケットに指を差し入れると、カチリと小さな音が鳴った。
取り出したのは小さなガラス瓶。中には象牙色の丸薬が並んでいた。外見はよくある脳補養や調圧剤にしか見えない。だが趙可欣の胸に冷たい直感が突き刺さる。
「見かけは普通の薬…でも絶対に何かある。どうして明軍がこんなものを持っていたの…?」
彼女はすぐに瓶を持ち、友人で薬師でもある唐浩謙のもとへ走った。唐は薬を割り、中身を火にかける。最初は白い煙、しかしすぐに黒く濁り、血のような赤い凝塊を残した。
唐浩謙は重く息を吐く。
「間違いない。これは『散龍丹』。緩慢に効く猛毒だ。長く服用すれば龍気がすり減り、戦いの場で一気に崩れる。」
その言葉に趙可欣は絶句し、体を支えるために机の端を掴んだ。胸は裂けるように痛み、目は涙で曇る。
「明軍…あなたはこんな毒を飲まされていたなんて…」
記憶が一気に蘇る。程家意が「心配するな」と薬を差し出した幾度もの光景。その陰に潜む黒い意志。
「まさか…程家意…お前が明軍に毒を仕込んだのか!?」
怒りと絶望に震える趙可欣は、唐浩謙の前で涙を流しながらも心に誓った。
「もし明軍に何かあれば、私は絶対に自分を許さない。必ず探し出して、連れ戻す。」
彼女は涙を拭き、唐に告げた。
「ここはあなたに任せます。もし私が帰らねば、信じられる者に伝えてください。私は崑崙へ行き、明軍を救います。」
唐浩謙は言葉を失い、ただ深く頷いた。
「…趙さん、どうかご無事で。」
趙可欣は身支度を整え、短刀や折り畳んだ九銀鈴刀を腰に帯びた。その瞳には揺るぎない炎が燃えている。
ちょうどその時、電話が鳴った。画面には李啓榮の名。
「可欣!明軍の消息は!?」
受話器の向こうで李啓榮の声が風にかき消されそうになりながら響いた。
「私の目の前で崑崙で待ち伏せを受けた。首領を名乗るアロタイに叩き伏せられ、気付けば明軍は姿を消していた。二人の護衛は内通者だったが…すでに口封じされている。全て計画された罠だった。」
李啓榮は続けた。
「五時間後にヘリを寄越す。準備しておけ、趙さん。」
趙可欣は拳を握りしめ、白くなるほど力を込めた。
「分かった。すぐに向かう。」
電話を切ると、彼女は一瞬だけ病院棟の窓を見やり、そこにいる程家意を思い浮かべた。しかし唇を噛み、視線を切り捨てる。
「明軍…待っていて。息がある限り、必ず連れ戻す。」
外ではヘリのプロペラ音が夜空を切り裂いていた。趙可欣は扉を開け、冷風の中へ躍り出た。その足取りに、もはや迷いは一片もなかった。