第11章 - 崑崙の裏切り
コ ンロンの奥へと続く細い道は、裂かれた竜の背骨のように曲がりくねっていた。真昼の光は断崖に細い筋を描くだけで、谷底は冷たく湿っており、吐く息さえ白煙となった。
陳明軍と李凱栄が先頭に立ち、二人の護衛兵が後に続いた。彼らは地震感知器と熱層測定器を岩壁沿いに設置する。モニターは激しく点滅し、波形は不穏に震えていた。
「見えるか?」と李凱栄が声を低める。
「この龍脈は周期から外れている。まるで異質な気が割り込んでいるようだ。」
陳明軍は膝をつき、冷たい岩に掌を当てた。直後、逆流する熱気が掌を焼き、裂け目の縁は赤く炎を帯びた。低い轟きが太鼓のように山腹を揺らし、石屑がぱらぱらと落ち、硫黄の臭気が漂う。
「これは自然の揺らぎではない…」と陳明軍が呟く。「何かが、閉じ込められたものが出ようとしている。」
静寂の中、山の奥底からは獣の呼吸のような唸りが響く。
その時、「ズブッ!」と音を立てて矢が一本、休憩小屋近くの朽ちた木に突き刺さった。幹が震え、木屑が飛び散る。
護衛兵たちは即座に銃を抜き、岩壁へ銃口を向ける。李凱栄が鋭く言う。
「待ち伏せだ!矢の罠に気をつけろ!」
陳明軍の目は見開かれていた。かつてなら、一陣の風にも殺気を感じ取れた。だが今は龍気が擦り減り、感覚は鈍っている。矢が突き刺さるまで気づけなかったのだ。
背筋を冷気が走る。彼は腰のカランビットを握りしめ、李凱栄に囁く。
「兄上…私はもう武人の聴覚を失った。これは私を狙い澄ました罠だ。」
岩壁の上に、獣皮を纏った男の影が見えた。重弓を構え、雪風のように冷たい声が谷に響く。
「陳明軍!我が主はお前に斃された。今日こそ我、阿魯台がその命を奪い、血の供物とする!」
声と共に、数人の契丹兵が岩壁から雪崩のように降りてきた。短刀が冷光を放ち、瞬く間に襲いかかる。
陳明軍はカランビットを抜きざまに左へ払う。刃は敵の腕に突き刺さり、さらに二閃、血飛沫が砂利に散った。だが包囲はすぐに迫る。龍気は乱れ、刃は急速に重くなった。
追い詰められた彼は咄嗟に鉄弩を抜き、引き金を絞った。
「ドンッ!」矢は一人の胸を貫き、もう一人も喉を射抜かれ崩れ落ちる。
敵陣に動揺が走り、その隙に陳明軍は巨岩の陰へ退いた。
脳裏に浮かんだのは趙可欣の言葉だった。
「もし囲まれたら、弩を膝に置き、引き金を引きなさい。それだけで生き延びられる。」
彼は胸中で呟く。
「妻よ…やはりそなたの foresight(先見)が命を繋ぐ。」
その頃、李凱栄も銃で援護射撃をするが、足元は雪混じりの礫で不安定だ。必死に後退し、陳明軍を岩陰へ導いた。
だがその瞬間、巨体が岩壁から飛び降りた。阿魯台だ。雷鳴のような踏み込みで李凱栄を殴り飛ばし、彼は血を吐いて地に倒れ意識を失った。
阿魯台は堂々と立ち、赤い眼光を放ちながら低く笑う。
「狙うはただ一人、陳明軍だ。他は殺さん。」
戦いは激化する。陳明軍は必死にカランビットを振るうが、動きは鈍く、遂に手首を掴まれ、逆に刃で胸を裂かれた。
鮮血を噴きながら彼は岩壁から蹴り落とされ、深い谷底へと消えた。
阿魯台は血塗れの刃を投げ捨て、冷笑する。
「冥府へ持っていけ。せめて玩具にはなるだろう。」
谷底に叩きつけられた陳明軍は、瀕死のまま泥と岩にまみれて横たわった。
──一方、李凱栄は呻きながら意識を取り戻す。周囲は乱れ、護衛兵の姿は消えていた。足跡と燃えかすが残り、彼は直感した。
「裏切りだ…!あの二人が明軍兄を売ったのだ!」
憤怒を抑え、血を噛みながら跡を追う李凱栄。やがて森の窪地で、二人の兵が阿魯台の部下に頭を垂れているのを目撃した。
「約定どおりにしました。今度は黄金と逃走の道を!」
「安心せよ。さらに李凱栄や趙可欣の情報も献じてやろう…」
その瞬間、銃声が二度響いた。
「ドンッ!ドンッ!」
二人の裏切り者は即座に頭を撃ち抜かれ、地に崩れ落ちた。
岩陰から見つめる李凱栄の目は冷え切っていた。彼は悟った――裏切りの末路は、必ず“口封じ”であると。