ゲーム
「ここはジュンコちゃん王国〜!」
広場の中央に立つピンクの着ぐるみが、弾むような声を響かせた。
その声は表面だけなら甘ったるい。
だが、耳を澄ませば底の方に濁ったノイズが混じり、耳にへばりついて離れない。
「ねえ、君たち。遊びに来たんでしょ? だったら、ジュンコちゃんとゲームしよ〜!」
無邪気に聞こえるはずなのに、胸の奥にじわじわと「逃げられない」感覚を植えつけてくる。
僕と太郎は、思わず顔を見合わせた。
広場の奥には小さなステージがあった。
古びた遊園地の舞台を思わせるそこには、場違いに立派なテーブルと椅子が並び、その中央に大きなサイコロが置かれている。
ジュンコちゃんは両手を広げ、にやりと笑った。
「勝ったら、なんでも願いを叶えてあげる〜!」
「……負けたら?」僕は恐る恐る尋ねた。
「ふふっ。負けたら君も、ジュンコちゃんになれるのよ〜」
「……やばい」太郎が小声でつぶやく。
◆ サイコロ・1回目
僕らはステージに上がらされ、テーブルに座らされた。
サイコロを握ると、表面は冷たく湿っている。まるで汗が染みこんでいるかのようだった。
「ルールは簡単! 3回勝負よ〜」
そう言ったジュンコちゃんは、思い出したように首を傾げる。
「……あ、やっぱ7回にしよ〜! その方が盛り上がるもんね〜」
最初からルールは滅茶苦茶だった。
1回目。僕が転がしたサイコロは「6」、ジュンコちゃんの出目は「2」。
「やった、勝った!」と思った瞬間――。
「あ、それね〜。小さい数字の方が勝ちだったの〜」
そう言いながら、ジュンコちゃんはポシェットの口をぱかっと開けた。
中には、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた焼きそば。
彼女は箸を突っ込み、ずるずると音を立ててすすった。
「ん〜、やっぱり焼きそばはゲームのおともだよね〜♪」
茶色い麺のソースの香りが広場に広がり、僕の胃はきゅっと縮んだ。
◆ 2回目
ジュンコちゃんが先にサイコロを振る。ころころと軽い音を立てて転がり、出た目は「1」。
彼女は大げさに拍手して自分を称えた。
「わぁ〜、ジュンコちゃんつよ〜い!」
ポシェットから麺をつかみ上げ、ずるずるとすすり上げる。マヨネーズをどばどばかけて、口の端から少しはみ出しながら笑った。
僕も気を取り直してサイコロを投げた。転がった目は「3」。
「これなら勝てる!」と思った瞬間、彼女はにこりと首を傾けた。
「あれ〜? 2回目は“1に最も近い数字”が勝ちだったんだよ〜」
「はぁ!? そんなの聞いてない!」
「え〜、さっき言ったよ? ほら、ジュンコちゃん、言った気がする〜」
再びずるりと麺をすすり、喉を鳴らす音だけが広場に響いた。
太郎が小さくうめいた。
「……もう勝ち目ねぇな、これ」
◆ 3回目
僕が先にサイコロを握りしめる。汗で手が滑りそうになりながら、思いきり振った。
転がった目は「5」。
悪くない数字。いや、これなら……!
ジュンコちゃんも軽くサイコロを転がし、「4」を出した。
「勝った!」と思った瞬間――。
「あ〜あ、残念。3回目は“奇数が出たら負け”ルールだったのよ〜」
「ふざけるな!」
僕の怒声をよそに、彼女は再びポシェットに箸を突っ込んだ。
今度は焼きそばをコカコーラに浸してからすすり、炭酸の泡を吹き飛ばす。
「ん〜、コーラ焼きそば最高〜♪ だから奇数は負けってことで〜」
ソースと炭酸の匂いが混じり合い、甘ったるい香りが一層強く広場を満たした。
観客の着ぐるみたちは、ぎこちない拍手を繰り返す。
乾いた、心のこもらない音。まるで体を操られているかのように。
「願いが叶うって言っただろ!」
僕は堪らず叫んだ。
けれどジュンコちゃんは、またポシェットに箸を突っ込み、焼きそばをずるりとすすった。
マヨネーズを追加し、口の端を汚しながら笑う。
「ん〜、マヨ焼きそば最高〜! ……え、なに? 風の音で聞こえな〜い♪」
完全な無視だった。
さっきまで約束していたことなど、最初から存在しなかったかのように。
太郎は唇を噛みしめて震えていた。
「なぁ……これ、本当にヤバいぞ」
彼の顔は青ざめ、額には玉のような汗がにじむ。
僕も同じ気持ちだったが、言葉は出てこなかった。
「さてさて〜! ゲームはおしまい!」
唐突にジュンコちゃんは立ち上がり、背後の扉を指差した。
「次は食堂に行きましょ〜! ジュンコちゃん特製ディナーが待ってるよ〜!」
そう言うと、ポシェットを軽く叩いた。
中の焼きそばがもそりと揺れ、まだ湯気を立てている。
「ディナーはもっとすごいよ〜! 焼きそばなんて序の口だからね〜」
その瞬間、空気が一気に甘ったるく濃くなった。
砂糖を焦がしたような匂いに混じり、焼肉の香ばしさと炭酸の刺激臭が漂う。
太郎は口元を押さえた。
「……なんだ、この匂い……」
暗い通路の奥からは、くぐもった笑い声がかすかに響いていた。
それはまるで――これから皿に盛られる“何か”の声のように。