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そんな今宮さんが、この度新しい人を連れてきた。俺は『ああ、またどっかで拾ってきたな』と内心呟いた。多分、他の従業員もそうだっただろう。
ただ、今回今宮さんが連れてきた人は随分小綺麗だった。ただ身だしなみが整っているだけではなく、精神的に余裕があるように窺えたのだ。いつも今宮さんが拾ってくる人は大抵、身綺麗でなかったり、精神的にどこか荒んでいるような、暗い様相があったりするのに。
そんな人たちは、失礼な表し方が許されるなら、どこか『落ちた』人の匂いがした。大切な人を失くして気落ちしている、会社が倒産して路頭に迷う。悪事に手を染めていた。仔細はどうであれ、『落ちた』空気を纏っていたのだ。でも今回紹介された山本さんからは、そんな匂いがしなかった。
「明日から二ヶ月間、山本さんには弁当を担当してもらう」
大宮さんの声を聞き、思わず俺は目を見開いた。期間限定とはいえ、今まで大宮さんが連れてきた人にスーパーの裏方を任せることなどなかったのに。理由は聞いたことがないけど、恐らく裏方を担当しているスタッフへの配慮からだ。レジに入れるのも稀で、大抵、掃除であったり、ガードマンであったり、それこそたこ焼き屋であったり、単独の業務を任せることが多のだが。
「ちょっと待ってください」
惣菜を担当している尾崎さんが声を上げた。既に声色に反発の色が灯っている。
「なら俺と市原さんはどうなるんですか?」
惣菜コーナーは尾崎さんと市原さんが担当しており、あとはパートのおばちゃんが二人サポートに入っている。尾崎さんは市原さんの名前しか挙げなかったけど、サポートのおばちゃん二人にも目をやっていたから、俺はその二人のことも心配しているのだとすぐ勘付いた。
惣菜コーナーでは、惣菜だけでなく弁当も担当している。山本さんが弁当を担当するのであれば、だれか一人が別の場所に移動になるのでは? 尾崎さんの気がかりはそんなところだろう。
「四人にはこれまでと変わりなく働いてもらう」
「どういうことですか?」
「山本さんには別個に、一日十個の弁当を担当してもらう」
辺りが少しざわついた。俺も声まで出しはしなかったものの、動揺を抑えきれなかった。
一日十個の弁当を作るとは、どういうことなのだろうか。俺の担当コーナーじゃないから分からないけど、売り場を歩いていて弁当が足りていないと思ったことはない。なぜ今宮さんは、山本さんに弁当を作らせるのだろう。
「そういうことで、明日から入ってもらうから。んで、惣菜担当の四人は残ってくれ」
俺が聞けた話はここまでだ。俺は少し後ろ髪引かれる思いで、生鮮コーナーへと向かった。
捌いた魚をパックに詰め、荷台に乗せる。
俺はまだ、山本さんのことが気になっていた。年齢は六十代といったところだろう。恐らく料理の経験がある人だ。でないと、いくらあの今宮さんでも裏を任せるようなことはしない。……と、思いたい。そうであってくれ。
惣菜担当の人たちは今、どんな話を聞かされているんだろう。
その内容を、俺は昼休憩で知った。
「ったく、たまったもんじゃないよ」
尾崎さんは御冠だった。今まで今宮さんの独走には随分振り回されてきたけど、今回ばかりは尾崎さんも堪忍袋の緒が切れたようだ。
「いきなりあんなじいさん連れてきて、俺の城に入れようだなんて」
俺は何度か頷いた。尾崎さんの怒りは十二分に理解できる。
尾崎さんはスーパーの従業員だけど、立ち位置は料理人に近い。恐らく、尾崎さん自身も自分を料理人だと認識しているだろう。
これまでハッピーマートの強みをいくつか挙げてきたけど、新たに一つ挙げるとするならば、惣菜や弁当が美味しいという点が挙げられると思う。
これもまた昔の話。俺が入る前のことなので、古株からの伝聞に過ぎないのだけど。ここから暫くの間、俺はその人になって話してみたいと思う。