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そんな感じで、俺や他の従業員は時折、今宮さんの思いつきでとばっちりを食らうことがあるのだけど――。
「マグロはいつの話だ?」
「十三日です」
「なら俺が配達すっから、何時に持っていきゃいいか訊いておいてくれ」
「配達するんですか?」
サングラス越しに、今宮さんの目が丸く開く。
「ばーさんに、一・五キロのマグロを『はい、どーぞ』って渡すのか?」
「いえ、……お迎えがあるのかなって」
青森さんは時々、旦那さんと来られるから。
「じーさんは今、腰をやられてんだ。車が出せないほどじゃないとは聞いているが、無理しないで済む方法があるんなら、それに越したことねぇだろ」
「そうですね」
そうだったのか。青森さんの旦那さん、最近見ないと思ったら腰を痛めているのか。
「じゃ、俺は上にいるから、何かあったら内線で呼べよ」
『上』とは、オーナー室のことだ。このスーパーの中で唯一、喫煙ができる場所である。(従業員用の喫煙室は裏口を出た所にあって、屋内にはない。)
「分かりました」
俺は声だけで今宮さんを見送った。
それにしても、今宮さんの情報網は凄い。情報網だけでなく、人脈だって途轍もないものだ。
時折俺たちは今宮さんの独走に巻き込まれ、その皺寄せに頭を痛めることがあるけれど、後々風の便りでより深い事情を知れば、少しだけ別の光景を覗けることもある。
既出の小学生店員は、ある量販店で万引きをしようとしていたらしい。理由は今宮さんから聞いたものと同じ、好きな子にプレゼントを渡したかったから。それをたまたま買い物で訪れていた今宮さんが勘付いて取り押さえたとのことだ。量販店の店員も勘付いていて、ほぼ『した』に近い有様だったらしいけど、今宮さんはその量販店の店長と話をつけて、その子の親には内緒で引き取ったのだ。そんなことができるのは、今宮さんが以前からその量販店の店長と交流があったからこそである。それからその子の事情を知り、今宮さんはその子をハッピーマートで雇ったのだった。
以前、なぜその子を雇ったのか、訊いたことがあった。
『いい目をしていやがったからな』
どっかで誰かが言っていたような台詞が返ってきたけどそのとおりで、その子は期間中、積極的に一生懸命働いてくれた。ただ、その時は事情を何も知らなかったから素直に『いい子だ』って認められたけれど、もし先に事情を知っていたら、店のものを盗まれはしないかと少し斜めからその子を見ていたに違いない。きっと、そんな心の内は多かれ少なかれ態度にも現れただろう。それに、懸命なその子の姿を先に知っていたから、『本当は万引きなんかするような子じゃない』、『魔が差したんだ』と思えた。事情が明るみに出たタイミングもバッチリだったというわけだ。
君波屋さんの件は、今宮さんの目論見が当たった。
君波屋さんのある北の商店街は少々寂れていて、利用客は商店街で揃わないものを駅前の大手スーパーに頼るのが常だ。
ところで、君波屋さんが一時ハッピーマートで店を構えると知れば、利用客はどう出るだろうか。
答えはすぐに見えた。君波屋さんのお客様は漬物を買うついでに、大手スーパーではなくハッピーマートで買い物をしてくれたのだ。おかげで一時ハッピーマートの売上も伸びた。それに加え、ハッピーマートの利用客にも試しに君波屋さんの漬物を買う人が表れ、まさに『Win-Winの関係』で終わったのである。君波屋さんには随分感謝されたけど、ハッピーマートの従業員一同も凄く感謝したのだった。
勿論、今宮さんの思いつきは、『めでたしめでたし』で終わるものばかりではない。輸入食料品店をやっている友人って人から泣きつかれ、仕入れすぎた外国のジュースを半分引き取ってみたはいいものの凄く不味くて、ジュースの苦情で『お客様相談箱』がいっぱいになったことがある。
仕事がないって路頭に迷っていた人を連れてきて、駐車場でたこ焼きの屋台をやらせてみたものの、売上を全て持って逃げられた、なんてこともあった。たこ焼き自体は美味しかったから今宮さんの手腕と見立ては大したものだって感心していたのだけど、その時はその人の人間性までは見抜けなかったようだ。
今宮さんは一言、
『つれぇな』
と零して、一人で屋台を壊していた。