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 もう少しだけ、ハッピーマートについて話そうと思う。ハッピーマートは清川に唯一の店舗を構えるスーパーだ、というのはもう話した。そして、これももう話したことだけど、ハッピーマートのオーナーは今宮さん。店は先代から受け継いだものらしいけど、ハッピーマートの頭に『M』を付けたのは今宮さんらしい。

 Mハッピーマートの『M』は、『(みんな)』の頭文字だそうだ。

『皆、ハッピーにならないと駄目だろぉ』

 儲けている俺や、従業員、お客様、皆がハッピーにならないと、ということらしい。その主張は素晴らしいものだと頷けるのだけど、なぜ日本語で当ててしまったのかは謎なところだ。『Everybody』、『Everyone』から取れば『E(イー)ハッピーマート』で、『M』よりは語呂が良さそうなのに。

 さて、ハッピーマートは清川に唯一の店舗を構える今宮さんのスーパーだ。それが何だと言うのか。

「そうだ。今週末飲み会があるから、適当な魚で刺身作っておいてくれ」

「ええ、またですか?」

「ああ。あと、萩田(はぎた)さんがハンバーグ用の挽肉を今日五時に取りに来るから、十キロ用意しておいてくれって二階堂(にかいどう)に伝えてくれ」

「今日、五時、十キロですか?」

 思わず復唱してしまう。正気の沙汰じゃない。今日はそれでなくてもお客様が多いのに。いや、まず仕入れは大丈夫か?

「おう。三〇〇グラムずつぐらいで小分けしてくれだと」

「……分かりました」

 もう一度言おう。ハッピーマートは、今宮さんがオーナーを務める、清川に唯一の店舗を構えるスーパーだ。

 なんというワンマンプレー! ハッピーマートは今宮さんの私物と化している。オーナーだからといって、このワンマンプレーがまかり通って良いのだろうか。ああ、二階堂さん泣くぞ。

 今宮さんは独断で様々なことを決めてしまう。勿論、俺たちはただの従業員だから全てを相談してもらえるなんて思っていないけど、とにかく独走が酷い。義理人情に厚いスーパーを目指しているのは素晴らしいことだし、それがハッピーマートの強みでもあるけど、ともかく他のスーパーよりぶっ飛んでいるのは確かだろう。


 これは少し前の話。

 夕方、裏での仕事を終えて売り場に出ると、小学校高学年くらいの男の子が菓子を乗せた台車を引いているのが見えた。

「君、駄目だよ」

 担当ではないけど、危険だし注意する。あれ、この子、ハッピーマートのエプロンつけてる、と目を見張った。

 たまたま近くを通った今宮さんが寄ってきて、少年の肩に手を置いた。

「こいつはいいんだ。今日から俺が雇ったから」

「え?」

「今日から日曜まで、午後四時から五時まで入ってもらう」

「はぁ、あ、いえ」

 どっちなんだ、と自分自身でツッコみたくなる返事を零した。でも、漏らした声の説明はできる。「はぁ」は、『そうなんですか』と、ひとまず理解したという意味で零した音、「あ、いえ」は、『いやいや、待ってください』と止める音だ。小学生を雇うだって? 労働基準法とか、そういったものに引っ掛かるじゃないか。

 俺が動揺している間にも、今宮さんは「チョコビスケットは二番目の棚だぞ」と少年に指示を出す。

「どういうことなんですか?」

 俺が声を潜めると、今宮さんの顔が自然と俺に寄った。

「好きな女の子が引っ越しするから、プレゼントを買う金が欲しいんだと」

 それで、時給五百円で一日一時間、何らかの『お手伝い』をしてもらうことになったらしい。五百円だから、今日を含めて日曜日まで四日間。合計二千円、だ。

「小学生のプレゼントならそんなもんだろ」

 『安くても、自分の稼いだ金で手に入れたものをプレゼントするのがカッコいいんだぞ』と、少年を説いたらしいのだが――。

「まぁ、そういうことだから。よろしくな」

「はぁ」

 『よろしくな』って言われても。

「あの、次は何をしますか?」

 視線を落とせば、子犬の様な目をした少年が見上げていた。その一瞬で、今宮さんはどこかに行ってしまった。

「……なら、まず台車を戻してこようか」

「はい」

 俺がお世話役になってしまった。


 また別の日の話。

 出勤すると、数人の大工と思しき方々がスーパーの一角に何かを作っていた。その傍には今宮さんが。嫌な予感しかしなかった。

「おはようございます」

 探りを入れるため近寄り挨拶をすると、今宮さんは「おう」と俺に顔を向けた。

「何作ってるんですか?」

「漬物屋台」

「へ?」

 漬物なら、ハッピーマートでも仕入れている。まあまあ程々には出る商品みたいだけど、特設コーナーを作らなくてはならないほどの主力ではない。

「何でいきなり」

「あの、駅の北側に商店街があるだろ」

 今宮さんがその方向を軽く指差す。

「はい」

「そこにある漬物屋が火事で焼けちまったんだよ。商品は半分以上無事だったんだがな、営業は暫くできそうにないってんで、ここを貸すことにしたんだ」

 そう言って、今宮さんは特設会場を作っている場所に向かって、『前へ倣え』をするように両手を伸ばした。

「そうですか」

 『それは良いことをしましたね』と、心の底から言いたかったけど、本来その場所は生花(せいか)コーナーだ。

「花はどうするんですか?」

「それは、そうだなぁ。出入口の横っちょ置いとけ」

「……はぁ」

 俺は生花の担当じゃないから直接的な被害はないけど、なんだかな。

「会計は『君波屋(きみなみや)』さんが別個でやるから」

「分かりました。……」

 北の商店街なら空き店舗もあるだろうに。なぜこういったものを招き入れてしまうかな。

 今宮さんから離れた後、俺は盛大な溜め息をついた。





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