3
クレーマー、というのだろう。清川の治安が良いおかげで、ハッピーマートの客層は悪くないが、それでも時折あのような輩はやってくる。それに対応するのは主に店長ではなく、オーナーの今宮さんだ。理由は、話が早く終わるから。
今宮さんは二代目のオーナーだ。一代目は今宮さんとは何の血縁もない、赤の他人だったらしい。どのような経緯で今宮さんが所有することになったのかは知らないけど、今宮さんが二代目なのは古株の先輩から教えてもらった。
さっきのような性質の悪い客も、今宮さんを見れば大抵怯んでしまう。でも、今宮さんの対応力は強面だけで成り立っているのではない。
ある日の電話で――。
『あのね! 先日そちらで羊羹の特選ギフトを買ったんだけど、中に蟻が入っていたのよ! 気持ち悪いから返金してちょうだい!』
『先日とは、いつぐらいになります?』
『先週よ。先週買ったの!』
『ならウチの商品じゃありませんね。そのギフト、今月出ていませんから』
終了。――なんてことがあった。そう、今宮さんは商品に関する記憶力も凄いのだ。さすがにきゅうりが一日何本出たとかまでは記憶していないけど、ギフトや高価な酒などは数も少ないため、在庫を全て把握している。その売り場担当でもないのに、だ。
ただ、今宮さんは全て凄んで済ませているわけじゃない。俺たちがどんなに一生懸命やっていても、『事故』というものは起こる。そういったクレーム対応の場合、今宮さんはとても丁寧だ。相変わらずの低音ボイス、チンピラ姿のままで誠心誠意の謝罪を行う。不思議なものだけど、そういった事故は普通の人に起こることが多くて、大抵謝罪をすればお客様は許してくれるのだ。
俺はバックヤードに戻り、仕入れ処理を行った。どこもそうだと思うけど、ハッピーマートでは売り場の各担当がそれぞれ仕入れを行う。
「いよぉ、お疲れ」
「お疲れさまです」
今宮さんがバックヤードに現れた。デスクに置いてあったメモをさっと手に取る。
「なんだ? マグロ一キロから一・五キロって」
「青森さんからの注文です」
「ああ、青森さんね」
今宮さんが煙草を取り出したので、俺はすぐに「禁煙です」と声を放つ。すると今宮さんはうざったそうに溜め息をつき、パイプ椅子に腰掛けた。
「俺の店だってのに、何でそう可愛くないこと言っちゃうかねぇ」
吸ってもいない煙草の紫煙を見送るかのように、天井に向かってもう一度、溜め息をつく。
「決まりですから」
俺はそれだけ投げて今宮さんから視線を外した。
「今宮さん」
「ん?」
「この、子持ち昆布外したいんですけど」
「駄目だ」
「でも、売れ行きあまり良くないし」
「なら宣伝しろ」
「何で外さないんですか?」
「それは小野田さんの好物だからだ」
小野田さん、というのは店の常連さんだ。確かに小野田さんは子持ち昆布を買ってくださるけど、それは一週間から十日に一度くらい。でもいつ買ってくださるか分からないから、切れることなく仕入れるようにしている。
ただ、ロスはある。小野田さん以外に買ってくださるお客様がそういないからだ。
「絶対外すなよ。少しでいいから仕入れろ」
「……了解です」
相変わらずだな。俺は仕入れリストを眺めながら溜め息をついた。