「金で動かせるのは“物”だけじゃない」
街は小さくざわついていた。
貧民に金を貸し、たった三日で返済させた“黒服の金貸し”──その存在が、噂になり始めていた。
「金貸しのところに行ってみるか? 新しい防具、あいつから前金で出してもらえるって……」
「嘘だろ、あんな最弱スキルに金なんか借りたら、街出れねえんじゃないのか?」
「でもあのリューってガキ、実際に返したらしいじゃん。しかも利息付きで」
「……怪しい。何か裏があるに決まってる」
そんな声が広がるなか、一人の男が静かに宮崎嵩之のもとへ現れた。
冒険者ギルド、第三事務課・渉外担当主任──セルグ。
「お前が……例の金貸しか?」
「宮崎嵩之。職業、金貸し。利息は日歩制。契約は書面で。保証と担保、取り立ては手段に応じて選ぶ」
「形式ばったヤツだな……まあいい。ひとつ、試させてもらいたい」
セルグは腰のポーチから分厚い名簿を取り出し、手帳を開く。
「ギルド傘下の傭兵どもに、延滞返済が出てる。特にこいつ──グロース。
元Aランク冒険者。今はただの飲んだくれだがな。貸し倒れ寸前だ」
嵩之は名簿に目を通しながら、淡々と答えた。
「延滞理由、信用情報、資産状況……どれも未記録か。粗雑な管理だな」
「……じゃあ、取り立ててみせろ。剣も魔法もなしでな」
後ろで誰かが笑った。
「おいおい、無理だろ。あのグロースに“契約書を守れ”とか言ったら、逆に殴られて終わりだって」
「だから最弱スキルなんだよ。戦えねぇってのはこういう時に詰む」
嵩之は静かに言った。
「契約は“紙”ではなく、“責任”で縛るものだ」
翌日。
彼は、グロースの宿に足を運んだ。
ドアを開けた瞬間、濁った目がこちらを睨んできた。
「……誰だ、てめぇ」
「あなたに金を貸した者の代理人だ。契約の履行、または資産差し押さえを執行する」
「なんの話だァ? 俺は払う金なんてねぇ。文句あるなら──ぶっ飛ばすぞ」
「そうですか」
嵩之は一枚の書類を差し出した。
そこには、グロースの署名と拇印のある借用書。
「この契約には“担保”として、あなたが滞納している部屋の宿泊費立替分も含まれています。
宿の主人と先ほど契約を結びました。あなたが返済しない場合──この部屋の滞在は不法使用とみなされ、追い出されます」
「は……?」
「また、あなたが現在通っている酒場にも、未払い分がありますね。
あちらも“帳簿整理”の名目で債権を譲渡していただきました」
「て、てめぇ……っ、俺の生活圏を……!」
「債務者が最も嫌うのは、“逃げ場がなくなること”だ。
返済を受ければ、すべて解決します。あとはあなたの選択です」
その顔に、嘲りも怒りもなかった。
ただ“事実”だけを、静かに突きつける男の顔だった。
数時間後。
ギルド事務所へ、グロースが泥のような顔で現れた。
「……っ、払うよ。払えばいいんだろ……!」
カウンターの木箱に、銅貨と銀貨が叩き込まれる。
その額、確かに債務全額+利息分。
周囲がざわめいた。
「マジかよ……あのグロースが……あいつに……!」
「契約書って、そんなに……!? こえぇ……!」
セルグは目を細めて嵩之を見た。
「なるほど。お前のやり方、よく分かった。
“金で動かせるのは物だけじゃない”ってわけだな……」
「人間の行動も、選択も、希望も──金の流れに左右される。
だからこそ、俺は“流れ”を支配する」
「……まるで、戦場で指揮を執る将のようだ。
お前をギルド傘下の“交渉担当”として認めよう。特別立場だ。だが責任も大きいぞ?」
「歓迎する」
その日、ギルド内には新しい“呼び名”が生まれた。
──黒革の番人
冒険者でもなく、貴族でもなく。
ただ契約と金で支配する“無血の征服者”。
この街に、金で動く新たな秩序が芽吹いた。