3.滝行感想文
「私、滝行に行きたいんですよね」
近所に新しいカフェできたんですよね、とでも言うような軽やかな声で私に話しかけたのは職場の同僚の子だった。
一生で一度、聞くか聞かないか。後々考えるとなかなかパワーのある発言だったと思う。
しかしその時の私は「滝行かあ、へえ、良いんじゃないの」と逆に冷静な思考だった。
「良かったら一緒にいかがですか?」
近所の新しいカフェに一緒に行きませんか? とでも言うように、彼女は続けて言った。
一生に一度、誘われるか誘われないか。いや、きっと誘われないだろう。
滝行に誘われる。後々考えるとなかなかパワーのあるお誘いだったと思う。
「無理にじゃなくていいんですけれど」
そう彼女は気を遣ってくれた。よくできた子だ。
私は数秒考え、彼女に答えた。
「あー、行く行く」
かくして、私は滝行に行くことになったのである。
滝行。その名の通り、滝に打たれる修行のことだ。
以前バラエティ番組で滝行をしたタレントさんが滝行後「お粥さん食べたいなあ」と発言していたというイメージが強かった私は、滝行後の体調面に不安を抱き、軽く返事をしてしまったことを後々後悔した。
しかし、滝行をすることによって心に変化が出るのではないか、という期待もあり、不安ながらも楽しみであった。
不安と期待。情緒不安定ジェットコースター筋肉シマエナガがここに爆誕した。
滝行しに行くにあたり、私と彼女は滝行ができる場所を探した。
非常に驚いたことだが、車で行ける範囲に滝行体験ができるお寺さんがあったのだ。私たちはそのお寺さんの滝行体験をすることに決めた。
滝行の日が近づくにつれ、私の心は不安と期待が徐々に大きくなり、MAX情緒不安定ジェットコースター筋肉シマエナガになっていた。
情緒多乱れでぐるんぐるん回転しながら私は愛車のゴリアテ(名前)に彼女を乗せ、お世話になるお寺さんへ向かった。
お寺さんは山の奥にあった。緑が豊かで、しっとりと涼しく、心地よい静けさに包まれた場所に、そのお寺さんはあった。
滝行担当の住職さんに案内され、私たちは早速滝のある山奥へと向かった。
山に入る前、これから山に入りますよ、と(多分仏様に)言うために法螺貝を吹くことになっているという。そうして、住職さんは人の頭くらいの大きさの法螺貝を吹き鳴らした。緑に囲まれた、静かな山に響く法螺貝の音。とても綺麗な音色に聞こえた。
法螺貝を吹き終えると、いよいよ私たちは山へと入っていった。
滝がある場所までは十五分ほど歩く、と言われた。平らな道ではない。大小様々な石がごろごろと転がる険しい山道だ。足元を気をつけないと確実に転ぶ。滑らないように注意し、ロッククライミングのように次はどこに足を置いたらいいのか考えながら険しい上り坂を歩く。
体力がゴミレベルの私には辛すぎる道のりだった。滝行よりこっちのほうが実は辛いんじゃないか。そう思うほどだった。
苦行の歩きロッククライミングが終わり、滝のある場所にたどり着くと、私たちは近くに建てられた小屋で白い行衣に着替えた。
さあ、いよいよ滝行だ。
滝の高さは六、七メートルくらいだろうか。滝の上には仏様の像が並んでいる。滝の下、直径五メートルほどの滝壺に流れる水はとても澄んでいる。
聞くところによると、水温は四度くらいらしい。学校のプールに入れなくなるレベルの水温めちゃ以下。私は不安になった。風邪をひくんじゃないか、と。でもここまで来たらやるしかない。覚悟を決めた。
滝行はただ滝に打たれるのではなく、きちんと御作法のようなものがある。仏様にご挨拶したり、水の打たれ方であったり。住職さんに一通り説明されたが、筋肉シマエナガは鳥頭な上脳筋でもあるため、全く覚えられない。住職さんもわかっているので、滝行中は次に何をすればいいのか一つ一つ教えてくれる。優しい。ありがたい。
水に入り、仏様にご挨拶し、体に水をかけ、呼吸を整え、滝に打たれ。
気づけば、あっという間だった。
水は冷たかったが、出た後は不思議と体がぽかぽかとしていた。
滝行が終わった後、住職さんに感想を聞かれた。
「なんとなく、ほっとした気持ちになりました」
滑り落ちた正直な言葉だった。
何が、どうして、うまく言葉にはできない。感覚でしかない。しかし確かに私はほっとしたのだ。なんとなく、またこれから色々頑張れそう。そう思った。
滝行が終わり、着替えて私たちは再び歩きロッククライミング(下り)をして下山した。
滝行、最初は色々と不安だったが、実際にやってみて本当に良かったと思った。誘われなければ、きっと私は滝行をやろうなんて考えもしなかっただろう。同僚の子には感謝している。
また機会があればぜひ滝行をしてみたい。そう思っている。
あなたも滝、いかがですか。
最後に。
滝行後に食べた温かいお蕎麦はめちゃくちゃ美味しかった。