第九話 依頼
ジェフトは休日、魔法協会を訪れていた。
「ここが魔法協会……。思ったよりは小さいな」
それもそのはず、魔法学校は山の中。直接依頼をしに来る者は少なく、本部といっても各集落にある支店からの依頼内容をまとめ、発信する場所であった。
ドアを開けると目の前に受付があり、受付嬢はジェフトに気づくなり話しかけてきた。
「こんにちは!ご依頼ですか?」
「いや、依頼を受けたいんですけど……」
「かしこまりました。今あるのはこちらになります」
メモのように簡単に書かれた紙にはいくつもの依頼内容が書かれていた。
(草むしりに瓦礫の撤去、家の掃除に迷子のペット探し……。まあ地味ではあるがアンドレさんの言う通りどんどんこなしてくか)
まずは除草から受けていくことにした。場所は少し遠いがトレーニング代わりと考え、早速出発する。
オミトーレから北にいった、広い庭のある大きな家に着いた。ベルを鳴らすと依頼人のいかにも金持ち、という装いをした中年の女性がでてきた。
「貴方がジェフト君ね。依頼内容は聞いてるわね。うちのメイドが体調崩しちゃったみたいで……」
「なるほど。早速ですが、場所は庭でよろしいでしょうか」
「ええ。それと畑もお願い出来るかしら?」
「はい!かしこまりました!」
まずは庭に案内されたが──
(ひ、広〜!!)
全力で走っても端から端までたどり着くには時間を要しそうであった。さて、足元を見てみるとびっしりと草が。
「最近使ってなくてね。でも今度婦人会で使うことになって。じゃあ頼んだわよ。時間は1時間、過ぎたらその分の報酬はないからね」
(……1時間か。間に合うかな)
少し時間が短い気がしたが承諾し、作業に取り掛かる。しかし、直ぐに限界が来る。腰と首が凝り、痺れてきた。思っていたよりキツい。それに加えて時間も迫る。
(もう30分経ったのか。残る範囲は4分の3ほど……、どうすっかなこれ)
その時ジェフトはひらめく。
婦人は屋内で茶を飲みながら待っていた。
(もうそろそろ1時間ね。様子を見に行きましょうか)
席を立ち、庭の方に行くと……
「なんじゃありゃあ!!」
それは流石の貴婦人も取り乱す光景。
ジェフトは両手を草に向けてに炎を出し、庭を練り回っていた。
「何してんのあんた!?」
「何って、除草ですが」
「燃やしちゃってるでしょ!大体火事になったらどうするの!?」
「安心してください。俺火の扱いには自信あるんで」
ジェフトは誇らしげに語る。しかし残念ながら、尚早に追い返されることになる。
「まだ作業の途中ですよ!ところで報酬は……?」
「ある訳ないでしょ!!」
2ヶ月後、受付嬢を通じて再び婦人に呼び出される。
(まさか弁償じゃないよな……)
そう怯えながらジェフトは顔を合わせる。しかし、彼女から出た言葉は意外なものであった。
「貴方が燃やしたところだけ草の生えが遅かったのよ。ちゃんと効果を考えてやってたのね。それが分からずにあの時は私ったら……本当にごめんなさい」
もちろんジェフトは除草のことは何も知らない。たまたまである。
「それで報酬なんだけど、これでどう?」
渡されたのはしっかりとした重みのある巾着で、中を見てみるとが中々の金額分の貨幣が。
「な!!こ、これは!?」
「迷惑かけたからね。それで提案なんだけど、これからも定期的に除草に来てくれないかしら?」
「もちろんです!」
「それと、魔法学校の生徒さんなんだって?右腕怪我してるみたいだし、あんまり無理しないようにね。親御さんに迷惑かけるわよ」
「……はい。ありがとうございました!」
思わぬ形で利益を得たジェフトであった。
時は戻り婦人に追い返された後、ジェフトは新しい依頼を受けようとしていた。ジェフトが草むしりで失態をした、ということを聞いていた受付嬢は頑なに繊細な作業の依頼を受けさせようとしなかった。
「ほらジェフトさん、これなんてどうでしょう。有り余ったパワーを活かすチャンスですよ!」
その内容は町の外れにある村に出たという魔物の討伐依頼であった。魔物とはいえ、かなり初級のものでジェフトのような新入生でも魔法が使えさえすれば倒せるレベルらしい。
「ではこれでお願いします」
そう言おうとした時、ドアが開いた。
「ジェフト君〜。討伐依頼にこの俺を置いていくなんて、ナンセンスじゃないか〜」
このうざったい喋り方は、間違いない。リュックだ。
「リュック、どうしたんだ」
「お姉さん、その依頼オレも同行していいですか?」
「えぇ、もちろん構いませんよ」
「よし、決まりだな。行くぞジェフト」
展開が早すぎる。彼は一体いつから居たのだろうか。
ジェフト達は早速村に向かうことになった。
「リュック、ここから村に行くのに結構な距離あるけどどうするんだ?途中で泊まるか?」
「おいおい、まさか歩いていくつもりか?俺達には海という手段があるぞ!」
「あ、そっか。でも俺は船なんてもってないぞ」
「無いなら作ればいい!いかだ作りは昔やったことあって得意なんだよね」
そう言いリュックは近くの木を切り始めた。どうやって切っているのだろうか。集まった木をジェフトに渡す。
「これを縄で縛っといてくれ」
開始から1時間ほど経った頃
「よし、これで完成かな?」
「まて、最後にこれを」
リュックは帆を真ん中に刺した。
「あとはこいつを海に出してこのオールで漕ぐだけで直ぐに着くぞ!」
いよいよ出発だ。
『行くぞ!出発進行!!』
「ヨーソロー!」
リュックは謎の掛け声をした。
「なあジェフト、たしか旅をすることが夢って言ってたよな。あれ、詳しく聞かせてくれねえか」
ジェフトは山の向こうに世界があると信じていることと、夢について語った。
「なるほどな。その本、完成したらオレにも見せてくれよ!」
「……おかしくないのか?外の世界があるなんて」
「まあ、 信じられないけど、お前が嘘ついてるようにはみえないし、面白そうだしな。それに夢なんてそんなもんだろ。そういう奴が世紀の大発見をするって決まってんだよ!」
そういい背中を叩いた。
「ジェフト、お前ならきっと大丈夫だ。皆にそれを証明してみせろ」
ふと、ジェフトは思い立った。学校に潜入しなくともこのまま海に出れば外の世界に行けるのでは無いかと。前に広がるのは水平線だけで警備の船は休憩でもしているのか見えなかった。しかしその好奇心は止められた。一度行ったらもう戻れない気がする、恐れというべき感性か。情報も無しに行くのは賢明では無いだろう。
運がよく、海は波風一つないほど穏やかで無事に航海できた。海路のお陰で体力万端で村の近くまで来れたのだ。
すると途中で大兎が立ちはだかった。おそらく魔物だ。受付嬢の言ってた通り、通常より少し大きいぐらいであった。
「ジェフト、ここは俺にまかせろ」
リュックの手にエネルギーが集まる。
「これが俺の特殊能力。はさみだ。少しグロいぞ」
兎は直ぐに両断された。目を凝らすと確かにはさみのような形をしている。
兎の生の気配が消え、これで依頼は終わりだと思われた。しかし、それと入れ替わるように気持ちの悪い、本能が怯える気配がした。
「……!!!」
「……急ごうか」
なにが起きているのだろうか。まさか、村の方からか。そう考えながら早歩きになり、自然と走り始めた。
村が見えてきた。何も起こっていないといいが、そう願うように向かった。しかし、そこで見たものは血で染まった小屋達だった。血の色はまだ新しい。何も意味が分からないが、まだ助けられる人が居るかもしれないと考え怪我人を探す。そしてジェフト達はその村の異常性に気づく。人が居ない。こんなに凄惨な現場なのにも関わらず人が一人も居ない。もう救助されたのか?そんな希望はこの場所にはもう残されていないことは分かっていた。そしてようやく大切なことに気がつく。
次のターゲットは俺達だ。
カラン、カラン、
骨がぶつかり合う音が聞こえてくる。
『死』が近づいてくる。