第一話 新たな世界
俺はここで死ぬのだろう。動かない体がそう確信させる。
周囲に冷気が漂いだした。耳鳴りがひどい……。
最後にものを食べたのはいつだろうか。意識と世界は剥離し初め、視界もひどく悪い。
まだ俺は何も知らない。知ることが出来なかったという方が正しいだろう。それ故に何も出来なかった。こうして貧民街の一角で、身元も知れない有象無象の死体として誰の記憶にも残らないのだろう。あぁ、もしもう一度チャンスがあったら、この世界を旅してみたかったなぁ……。それで、俺は……
…
──────!!
その時、機能を失ったはずのジェフトの耳にフクロウの鳴き声が響く。
「うっ…なんだ?鳥?……いや、そもそもなんで俺は意識が……」
眩しい光に包まれ、気がつくと神殿のような場所に立っていた。一目みるだけでそこは現世ではないことを悟った。
『新しい世界で知恵をつけるのです』
光とともに現れた長い髪をした美しい女神は語りかけた。
『あなたはその世界で…
「バルル!!」突如として嘶きがあたりに響き、どこからか現れた馬が現実世界へと意識を引き戻し、唾を吹きかけた!
「???俺は今まで何を…?」
少年は辺りを見回したが、そこは見たこともない場所であった。
少年の目には広い草原が見えた。前方に見渡す限り青い草が生い茂り、気持ちの良い風が彼の体をなぞる。
(ここは一体…?いや、よく分からないが死の危機を抜け出したんだ、生き延びなければ。)
そう思った矢先、少ししわがれた男の声が彼を呼んだ。
「そこの君!こんな所で、どうかしたのかい?」
声の出どころへと目を走らせると、少し離れたところに材木の積まれた荷馬車が見えた。
御者台には男が一人座っており、こちらを心配そうに見つめていた。
清潔な身なりと温和な目は、人の好さを思わせる。
彼はシワのある穏やかな表情で質問を続けた。
「どこから来たんだい?ここら辺は何もないよ」
「え?えっと……」
その答えは自分の中には無いようだった。必死に思い出すように沈黙していると
「…言いたくないなら、無理に答えなくてもいいがね。こんなご時世さ、秘密の一つや二つあるだろう。」
そう答えてくれた彼に申し訳なく感じていると彼は続けて
「行く当てがないのなら、少しうちに寄っていったらどうだい。」
と提案してくれ、俺は彼の厚意に感謝し、近くの町まで乗せて行ってもらうことにした。
─道中─
「そういえば君、名前はなんだい?」
「俺は……」
自分は何者なのだろうか。親も出身地も記憶には無かったが、不思議と名前だけは浮かんできた。
「ジェフト……ジェフトです!」
「そうか……良い名前だ。私のことはモデスと呼んでくれ」
そう言うと、モデスは二カリと微笑んだ。
果てしなく広がる青空を見上げ、この世界に来る前の、昔居た故郷のことを思い浮かべた。もう帰ることは出来ないのだろうか。そして、ここに来る前の謎の女性からの言葉も気になっていた。
彼女は今の俺の現状と何か関係があるのではないか。“知恵“とは何を示しているのだろうか。
ジェフトはそんな事を考えていた。