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君に告白できるなら僕は悪魔に魂を売り渡してもいい

作者: 43番

 終わった…。


 僕、佐方和志さかたかずしはこの上なく暗く虚ろな表情で街中をトボトボとさまよっていた。手にはグシャグシャになった手紙を握り締めて、ブツブツと何かを呟く様は完全に正気を失った人間のようだった。周りの人間が避けているのが分かるが、僕は気に留めることなく、当てもなく歩を進めていく。


 気づけば僕は車の往来が激しい大通りに来ていた。僕はしばらくの間呆然と車たちを眺めていたが、ふと何かに吸い寄せられるように車が行き交う車道へと歩き出した。危険極まりない行為だが、僕の歩みは止まらない。何もかもがどうでもいいのだ。


 横から車の急ブレーキ音が聞こえる。はねられそうになった瞬間、突然後方から僕を呼ぶ声が聞こえた。



「おい、君。やり直したくないか?」



 僕は一瞬動きを止めて後ろを振り返る。直後に僕の真ん前を車が横切った。声の主を探そうとしたが、人影らしきものはない。ただ一匹の黒猫以外は。



「私が見えてるんだろ?何も言わなくていい。君は後悔している。だから此処に来た。その手紙が何よりの証拠だ」



 にわかには信じられないが、声の主はその黒猫のようだった。しかも僕の心の内を読んでいる。これは白昼夢なのか?



「君の望みは一つだろう?佐方和志君」

「……何者だ?何故僕のこと知っている?それに何故喋れるんだ?」



 僕は黒猫に矢継ぎ早に質問をぶつけた。黒猫はせせら笑うと僕に近寄ってくる。よく見ると黒猫の目は不気味に赤く輝いていた。



「信じられないかもしれないが、私は悪魔だ。君の望みを叶えるためにやってきた」

「あ、あ、悪魔……!?」

「さあ、望みたまえ。今すぐ叶えてあげよう」

「ま、待ってくれ!」



 僕は慌てて悪魔を名乗る黒猫に待ったをかける。黒猫の悪魔なんて、ベタな…。いやそうではない。悪魔に望みを叶えてもらうということはまさか…



「悪魔に望みを叶えてもらうということは魂を売り渡すということか?」

「魂とまではいかないが、君の大事なものを一つもらうことになるだろうね。ま、約束というやつだが」

「僕の大事なもの…」



 僕は悩んだ。もし本当に自分の望みが叶うなら今すぐにでもお願いしたい。だが、相手は悪魔だ。一筋縄でいくはずがない。だが、例え大事なものを一つ失っても望みが叶うなら…。

 僕の中で只管押し問答が続く。どのくらい時間が経ったのかは分からないが、ようやく僕は意を決した。



「…分かった。頼む、僕の望みを叶えてくれ」

「いいともさ。君の持つその手紙を開いてくれたまえ」



 悪魔は僕の手の中にある手紙を指した。僕はグシャグシャになった手紙をゆっくりと開く。手紙には僕の名前と一言「さよなら」の文字が書かれていた。差出人は僕の幼馴染、壬生遥みぶはるか


 彼女は一昨日の夜、突然引っ越してしまい僕の前から姿を消した。気付いたら僕の家のポストにこの手紙だけが投函されていた。手紙を見た僕は意味が分からず、手当たり次第に彼女を探しまくった。

 だが彼女の痕跡は一切見つからなかった。誰にも何処に行くかも告げることなく、彼女は完全にいなくなってしまった。


 僕はずっと彼女に想いを寄せていた。幼馴染という関係から次第に好意に変わっていったものの、距離感が掴めず煮え切らないまま時間だけが過ぎていた。ようやく彼女に想いを告げようとしたとき、あの手紙だけが残ってしまった。



「彼女に…遥に会いたい。会って想いを伝えたい」

「よかろう。では彼女が姿を消す少し前に時を戻すとしよう。もしそれでも君の思うようにならなかったとしても大事なものはいただくよ。それでも構わないかね?」

「…………お願いする」



 僕の了承の言葉を聞いた悪魔がニヤリと笑う。そして悪魔の真っ赤に輝く両目が光を増すと僕の全身を包みこんできた。目が開けられないくらい眩しい。やがて光が収まってくると、突然目の前に見たことのある場所が現れた。



「此処は…遥のアパートじゃないか?」



 僕は急いで遥のアパートの部屋へ向かう。本当に時間が巻き戻ったのか?半信半疑で遥の部屋に着くと逸る気持ちを抑えてベルを鳴らした。



「はーい」



 部屋の中から聞き覚えのある声がした。間違いない、遥の声だ。悪魔の言う通り時間が戻ったのだ。僕はドキドキしながらドアが開くのを待った。少しして遥がゆっくりとドアを開ける。



「や、やあ」



 僕の顔を見た瞬間、遥の顔が強張った。ドアを閉めようとする彼女を僕は慌てて止めた。



「どうしたんだ?何があったんだ?」

「帰って!」

「違うんだ、君に伝えたいことがあるんだ」

「いいから帰って!」



 遥は必死に僕を帰そうとする。このままでは埒が明かないと僕は無理やり部屋のドアを開けて中に入った。部屋の中は引っ越し用の荷造りがされている。遥は急いで僕を止めようとした。



「お願い、帰って。もう関わりたくないの」

「…どうして、どうしてこんなことをしているの?今、引っ越しなんて…」

「………う、…うわわああん!!」



 突然遥がせきを切ったように泣き出した。僕はびっくりしながらも遥を宥める。遥が話せるようになるまで僕は彼女の背中を擦りながら落ち着かせた。ようやく泣き止むと遥はゆっくりと事の顛末を明かしてくれた。


 彼女が引っ越しをしようとしていた原因は彼女の実家が破産したからとのこと。借金取りが実家から自分のところに来ることを恐れて急いで逃げようとしていたこと。自分や周りの人間に伝えなかったのは迷惑を掛けたくなかったからだったとのこと。


 全てを告白すると遥は僕に抱きつき、再び泣き出した。なるほど彼女が姿を消した理由がようやく分かった。彼女を救うことが僕に出来るかは分からないが、今僕に出来ることは一つだった。



「遥…こんな時に言うことじゃないのは重々承知だが、君に伝えることがあるんだ」

「ぐすん…えっ、何??」

「遥、君が好きだ。ずっと君に言いたかった」

「………何で、何でこんな時に?」

「ごめん、でも此処しかタイミングがなかったんだ。空気読めよ、だよね」



 僕は自嘲しながら頭を搔く。すると遥が涙を拭って僕に頰にキスをした。僕は驚いて声を上げる。



「へっ!?」

「私こそごめんね。折角告白してくれたのにこんな状況で。本当はもっとロマンチックな感じで聞きたかったな」

「うん、そうだね…」

「私も、私も和志君のこと好きだよ」

「へっ!?」



 遥の言葉に僕は再び声を上げた。遥の方は目を真っ赤にしながらも照れているのか顔を隠そうとする。僕は遥の肩を叩くと、反対に口の方へキスする。



「良かった。答えが聞きたかった。例えどうなったとしても悔いはない」

「……?何のこと」

「願いは叶ったようだね」



 遥が言いかけたとき、聞き覚えのある声が僕の頭の中に響いた。あのときの悪魔か…。確かに彼女への告白は出来た。だが、よりによって彼女の夜逃げのタイミングとはな。



「では約束通り大事なものを一ついただくとしよう」

「大事なもの…一応聞くが何だ?」

「君の持つ彼女との思い出だ」

「えっ!?遥との思い出…?」

「そうだ、時が戻ると共に君の記憶から彼女の存在はなくなる」

「………そんな、折角告白成功したのに」

「約束は約束だ」

「待って…」



 僕が言いかけたとき、突然目の前が真っ暗になった。そして遥の姿もアパートの光景も何もかもが僕の前から消えてしまった。


 ………………………



「気が付きましたか」



 目が覚めると真っ白な天井が見える。何処かのベッドで寝かされているようだ。ゆっくりと視線を右の方へ向けると腕に点滴の管のようなものが見える。更にその横には点滴を替えようとしている看護士らしき女性がいた。



「……此処は何処?」

「此処は市立病院ですよ。貴方は交通事故に遭われて一昨日搬送されてきたんです。幸い命に別状はありませんでしたが、これまで意識を失っていたようですね」

「交通事故…」



 僕は必死に思い出そうとしていたが、何処にも記憶がない。何故交通事故に遭ったのか、何をしていたのかさえも分からない。ただ自分の名前と住所、職業や出身校などは覚えていた。だが、大事な何かが全く思い出せない。



「大変でしたね、ゆっくり休んでください」



 看護士が点滴を替えて出ようとしたとき、看護士の名札が見えた。「壬生遥」と書かれた文字を見たとき、僕は「ちょっと」と看護士を呼び止めた。



「僕のことご存知ですか?」

「はい、佐方和志さんですよね」

「…はい、()()()()()()。よろしくお願いします」



 僕は点滴の付いていない左手を壬生看護士に差し出した。

ご一読ありがとうございました。

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