後編
ヒューリは名目としては病を得て王位に耐えられないため、王太子からは外されることとなった。現実としては王家の監視の下、幽閉されている。
第二王子が新たに王太子として立てられ、王宮内はその余波で色々と騒がしくなっている。
ヒューリと結託したリーナなる令嬢は両親から修道院行きを命じられ、その途上で馬車が事故に巻き込まれて不慮の死を遂げた。
なお、その両親も程なくして夫婦で心中しており、娘の行状に心を痛めた末の行動だろうと国王は慮り、丁寧に弔った後に領地は王族の預かりとなった。
実際にはそうではないが、藪をつついて蛇を出すような貴族はいない。対外的にはそういうこととなった。
ジークの友人であるヴェルスとムーイはさすがに第二王子の側近候補とはいかず、しかしながらヒュドルブ家の口添えもあって内政と魔術研究でそれぞれの才覚を発揮しているとのことだった。出世は遅れるだろうが、それでも埋もれることはないだろう。
結局のところ、公式な場を騒がせた罰を受けたのは、表向きはやはりジークのみだった。
ランドルク家からの除名、貴族名簿からの除籍。平民落ちという処罰を提案したジークに父兄は色々と手を尽くそうとしたが、それを断ったのはジーク自身だった。
公明正大として知られる騎士団長が、身内に対してそんなことをすれば示しがつかない。
そう告げたジークを父母と二人の兄は涙ながらに見つめ、そして結局はジークの提案を呑んだ。そのせいか、政局の変化にもかかわらず騎士団は揺るぎなく精強を誇っているらしい。
「……それで、なぜ俺がそれをこの場所で聞いているのでしょうか」
「それはね、私があなたを指名して依頼をしたからよ。ジークさん」
ジークはそれらの話をヒュドルブ家の庭園で、なぜだかエルツォーネと向き合いながら聞かされていた。二人の前には上質のお茶が供されている。
平民になったからか、彼女からジークに対する呼び方も変わっていた。
「だって、お二人のことも気になるでしょう?」
「は。あ、まあ。ただ、あいつらならどこでもうまくやるとは思いますが」
どこか曖昧な返事をしつつ、それでも彼女の情報になるほどと頷く。自分と違い、あの二人が失敗しているところはあまり想像がつかない。
「それはあなたも同じでしょう? これで四度、ヒュドルブ家からの依頼を完遂してくれました」
「それは……まあ」
ジークが冒険者になり、少しばかり依頼をこなして見習いから本格的な冒険者へと昇格してすぐに、ヒュドルブ家――というよりエルツォーネがジークを指定して依頼を出してきた。
冒険者にとり、貴族からの指名依頼は名を売るいい機会だ。それが駆け出しもいいところのジークというところにやっかみはあったが、しかしジークはその駆け出しでありながら、ヒュドルブ家からの難しい依頼を全て完全にこなして見せた。
そのあたり、ジークは自分が思うよりも冒険者としての素質、つまりは集団戦よりも個人戦の方が性に合っていたというのに、初めて気づいた。
そして依頼をこなすたびに、こうしてエルツォーネと差し向かいでお茶を飲んでいた。彼女曰く「もう婚約者もいないので殿方ともお茶は飲めます」ということだが、普通は貴族は平民の冒険者とはそんなことをしない。
「力のある冒険者を囲うのは貴族として必要なこと――というのは建前で、これは私なりの罪滅ぼしでもあります」
「罪滅ぼし、ですか?」
「ええ。あなたがたが殿下の側近候補であったとはいえ、そのあなたがたに黙って行った愚行の責任を、名目上はあなただけが負った。それには私にも責任があります」
「ヒュドルブ嬢に責任などと……あなたは純粋な被害者です」
「そうかしら? 私もあなたたちにもっと相談すべきではあったわ。これは男女の問題、私と殿下の問題だからと、頑なになっていた。それがあの結果。あたら有能な騎士を一人、この国は失ったわ」
そういってエルツォーネは静かに茶で喉を潤す。ジークも元は貴族であるから、その辺りのマナーは同じように学んでいる。
「しかし、それはヒュドルブ嬢も同じでは? あなたという才能を、国は最大限に使うことができなくなった」
「それでも、私は貴族として生きられているし、それなりに自由にやらせてもらっているわ。それは、大きな違いよ」
騒動の後ヒュドルブ家に戻ったエルツォーネは、ほとんど公式の場に姿を現していない。それは周りからの中傷を防ぐためだが、その間に彼女は自身の商社を立ち上げ、色々と商取引を始めていた。曰く、昔からやってみたかったことだという。
その取引に必要なものや事柄を、冒険者協会を通じてジークに指名依頼を回しているということだ。
「それに、私は私の商社に必要なものを依頼しています。ある意味お互い様ということでもあります」
「……そんなものですかね」
ジークはどこか不可解なものを残しつつも、一応は頷いて見せた。元々騎士団でも単純な思考をする方だったので、こういった女性の内心を推し量るのは苦手なのだ。
「それに……ふふ」
「どうかされましたか?」
「こんな風に、ジークさんと落ち着いて話すことなど学院ではなかったですから」
「それは、まあ」
ジークがいたランドルク家とエルツォーネのヒュドルブ家は政治的に対立していた。故に学院内でも必要事項を除き、あまり交流はしていなかった。それでも、相手のことを理解したり慮る程度にはやりとりがあった。主に、ヒューリのせいだが。
そうして、不意にエルツォーネは姿勢を正し、ジークを真っ正面からじっと見据えた。
「改めて、あのとき助けてくださってありがとうございます。ジークさんが出てこなければ、私はもっと酷い辱めを受けていたでしょう」
「……あれは俺なりに国のことを考えただけです」
「それでも、あなたが率先して私を助けてくださった。そしてその後、あなたたちは、あなたは私のことを真っ当に評価していてくださった。それが、私にとって何よりも嬉しかったのです。辛く虚しい日々ではありましたが、救われた気持ちになりました」
「ヒュドルブ嬢……」
「エルツォーネと、そう呼んでください。私もジークさんと呼んでいるのですから」
エルツォーネの言葉に、ジークがカップを持ったまま固まる。家族でもない女性を家名ではなく名前で呼ぶのは、つまりはそういうことだ。
「いや、しかし、それは……えーと」
「自由、と殿下はおっしゃってました。確かに私にも自由は少なかった。けれど、その中で一つ、私も行使したい自由を見つけられました。ある意味、このような立場になったおかげですね」
事件以来、エルツォーネは公の場には出ていない。そして新たな婚約を結ぶこともしていない。
「ヒュドルブ嬢――」
「エルツォーネ、です」
「あー……エルツォーネ嬢……?」
「はい、なんでしょう?」
嬉しそうに笑う、そんな彼女に毒気を抜かれたように、ジークはカップをゆっくりと置いた。
「とりあえず、友人からでいいですかね……?」
「! ふふ、そうですね。もう家のしがらみもありませんし、友人からで」
エルツォーネが手を合わせて喜ぶ姿に、思わずジークも笑ってしまう。
「それでね、ジークさん。また欲しい素材がありまして――」
「俺で獲れるものなら。友人のお願いは聞きませんとね」
ちなみに、騎士から冒険者へと転職したとしてそれなりに物珍しい履歴をもつジークが冒険者たちの飲み会で披露した『新人にいいところを見せようとして試し切りをするも、うまく切れなくて気合いで誤魔化す先輩騎士のものまね』はそれなりに受けた。
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