ヴァニラな雪女 7
「永茉、なんで……」
突然現れた幼馴染に動揺する。確かアメリカを拠点として活動していたはずなのに……。
「久しぶりに会ってなんでとは失礼ね。家族に会いに帰って来たのよ。私だって帰郷くらいするわ」
僕の幼馴染の東浦永茉はアマビエ一族の者だ。
アマビエは病気や疫病などの治癒能力を持つ妖怪。
永茉にはその能力が備わらず妹の未奈がその能力を全て受け継いでいるそうだが、永茉には精神を癒す力が備わっているようで精神科医として働いている。
「永茉さん……今宮さんとはお知り合いなんですか?」
口を閉ざして僕達の再会を見守っていたほの花さんが口を開いた。
「そう、幼馴染でね。とても仲が良かったの」
確かに仲は良かった。
僕とヤスと永茉でいつも冒険と称して色んな場所へ遊びに行っては、誰かしら怪我をして永茉の母である加歩先生に治してもらっていたっけ。
僕やヤスが怪我をする度に、私にも治癒能力があれば……といつも悔しがって泣いていた永茉を思い出す。
「懐かしいな……」
永茉と笑い合うと、僕と永茉の間を割くようにキッチンカーからほの花さんがにゅっと身を乗り出してきた。
「わ、私と今宮さんは今馴染みなんですよ!」
今馴染みとは⁉︎ 僕と永茉がギョッとしていると
「今宮さん、うちにお泊まりしてるんです! 同じ釜のご飯を食べる仲なんです!」
僕を隠すように永茉に身振り手振りで説明している。急に何を言い出すんだ……。
「彼がほの花ちゃんの家に?」
ポカンとしている永茉の問いにうんうんと頷いているほの花さん。
「もの凄く神経質で他人と暮らせない彼が? 信頼している人の手料理しか食べられない彼が同じ釜のご飯?」
永茉が凄く驚いている。当たり前だ……その通りなんだから。
「そうなんです! 今宮さんと私は今馴染みで同じ釜仲間なんです!」
何を言っているのかわかっているのかないのか、言葉がめちゃくちゃで……ついに永茉が吹き出した。
「ほの花ちゃん、顔真っ赤! 可愛い!」
えっ、ちょっと! 僕も見たい! ほの花さんの顔は未だに永茉のほうを向いたままでその可愛いと言われている顔を拝むことができない。くそっ。
「彼と今馴染みのほの花ちゃん、彼と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」
そう言って永茉が微笑むと、
「お任せあれです」
と言ってキッチンカーへ引っ込み、お弁当用意しますと言って窓を閉じた。
「由弦くんも相変わらず罪な男ねぇ……」
はぁ……と息を吐く永茉。
「何でだよ?」
ムッとした僕に
「ほの花ちゃん、雪女でしょ? ほの花ちゃんちに泊まっているなんて大丈夫なの? ほの花ちゃんが由弦くんのこと好きになったら……」
心配そうにコソコソ聞いてくる。
「大丈夫なの? って何がだよ……そもそもなんでそんなに心配するんだよ」
今度は永茉がムッとする。
「由弦くんは知らないだろうけど、私はほの花ちゃんがキッチンカーでお弁当を売り出した時からのお友達なの。もちろん未奈もそう。ほの花ちゃんのこと弄んだら許さないんだから」
そんなことか……溜息を吐くと、永茉から視線を外しキッチンカーを見る。
「本気にさせたいから一緒にいるんだ。聞いただろ? 今は彼女の中では僕は同じ釜のご飯を食べる仲。それだけだよ」
自分で言っていて悔しいが、本当にそれ以上でもそれ以下でもない。きっと僕は今情けない顔をしているのだろう。そんな僕を見て、
「女なんて、選びたい放題なのにね」
ニヤニヤ笑う永茉。
すると、ガラッとキッチンカーの窓が開いた。
「女なんて選び放題⁉︎」
何でそこだけ切りとって聞いてるんだ⁉︎ ほの花さんが僕をジト目で見ている。
永茉の言い方が悪いせいで僕の信用が落ちたらどうするんだよ⁉︎
「ほの花ちゃん違うわよ、ほら彼ってこの見た目でしょ? ほっといても女の子が寄ってくるってこと」
ほの花さんが確かに……と納得している。そうだよな、僕の見た目を最大限に利用しているのはほの花さんだからな。
「永茉さん、お弁当二つです。未奈ちゃんによろしく」
そう言って弁当を渡すと、永茉はじゃあまたねと言って、
「由弦くんとほの花ちゃんとってもお似合いよ。頑張って」
去り際にボソッと耳元で囁いて去って行った。
そんなこと言われなくてもわかっている。
さあ、お弁当を食べようと後ろを振り向くと、相変わらずのジト目で僕を見ている。
「今宮さんがあんなに綺麗なアマビエさんとお知り合いなんて……」
口を尖らせながら、キッチンカーへ招いてくれる。
「永茉も言ってたでしょ? ただの幼馴染です」
差し出されたお弁当を食べながら弁解すると、
「永茉さんと今宮さん……美男美女でお似合いです」
お弁当をセットしながらボソボソと文句を言う。いやいや、だからそうではなく……。
「永茉には婚約者がいるの知らないんですか?」
アメリカに居るあいつ。仕事柄知っているが、あまり関わりたくない。
「知ってますよ……」
ムムッと口をへの字口にして黙り込んだ。少し赤らんだ顔が愛おしい。
あれ? もしかしてヤキモチ妬いてくれているのかな? だとしたら嬉しいけど……。
「ほの花さん、僕らは同じ釜の飯を食べる仲じゃないですか」
ほの花さんの言葉を借りてそう言うとおずおずと僕の方を向いて、そうですよね……となぜか顔を赤くする。
「私たち、同じ釜の飯を食べる仲ですもんね」
えへへと照れ笑いをしていらっしゃいませーと接客を始めた。
さすがは自他ともに認める食いしん坊の雪女、愛情表現も食べ物を絡めてくるのか……。
僕の可愛い雪女はいつ僕のことが好きだと気づいてくれるのか、待つのは苦じゃないけど……歯痒くて仕方がない。




