ヴァニラな雪女 6
しばらく人間界での仕事が続くので、ほの花さんの家を拠点にさせてほしいと頼んだ僕。
快くオッケーをもらったものの。
「ほの花さん、どうしたんですか……?」
ほの花さんが僕に与えた客間の襖を少し開けた状態で、僕の方をじっと見つめてる。僕はもう寝る支度をしていたので、部屋は真っ暗。ほの花さんがいる廊下は電気が点いているので光をバックに少しだけ覗いているほの花さんが怖い……。
まず客間に布団を敷いていたら、部屋にみゅ、みゅ、とミニほの花さんズが行進しながら入って来た。
ミニほの花さんズはほの花さんとお揃いのピンク色のギンガムチェックのパジャマ。小さい枕と掛け布団をそれぞれ持って来て僕の枕元に並び、みゅみゅっみゅーみゅーと言っている。
「一緒に寝たいの?」
そう聞くとみゅ! と手を挙げたので、いいよというと僕の枕を囲むように並び布団に入る。
次に入って来たのが猫又。
ニャーと鳴くので、一緒に寝るのかい? と聞くと布団に乗ってきた。
じゃあ、寝ようかと電気を消して布団に入ってからの、ほの花さんである。
「たのしそうですね」
少し覗きながら棒読みで言う。
「みんなでたのしそうですね」
ほの花さんが開けている襖からスースー冷たい風が入ってくる。
もしかして、一人で寂しいのか?
だが……誘うべきかどうか迷う。年頃の娘さんだぞ? 一歩間違えたらセクハラになる。
相変わらずジーッと僕の方を見ているほの花さん……意を決した僕は、
「あ……ほ、ほの花さんもどうですか?」
躊躇いがちに聞いてみると、
パーン! と勢いよく襖を開けて、
「いいんですか⁉︎ 布団持ってきます!」
バタバタと自分の部屋に行き、布団を一式持ってくると、いそいそと僕の隣にひいている。
いいのか? 本当にいいのか?
一応お兄さんからも了承は得てあるんだ。
「いやー、山奥の家とはいえ、一軒家での一人暮らしは心配だったんですよ。何から何まですみません。助かります」
この兄弟に僕は何だと思われているんだ。
実は先日、ほの花さん本人に僕の気持ちを伝えた。
一緒に生活する上で、きちんと言っておかないといけないと思って。
「僕はほの花さんが好きです」
僕は真面目に伝えたのに、みかんを食べながらふふふと笑い、
「私も好きです。あっ、でも美味しいものが一番ですけど」
……さすがは食べ物に恋した雪女。鈍さの格が違う。
でもいいんだ、徐々に伝われば。
「なんだか修学旅行みたいですね」
ワクワクして眠れないかもー! と言っていたのに、おやすみと言ってから3分以内に寝た。
僕も寝ようと思ったけど、枕元のミニほの花さんズの寝相が悪くて眠れない。
みんな布団を剥がし、お腹を出して寝ているので、風邪をひかないか心配で定期的に起きてお腹をしまい布団を掛けてやる。
ほの花さんもそう……寒いのに、ミニほの花さんズ同様お腹を出して寝ている。
色気も何もない寝相の悪さで、こちらもお腹をしまって布団を掛けてあげる。
きちんと寝ているのは猫又くらいだ。
明日は腹巻きを買ってこようと心に決めて、また眠りについた。
「おはようございまーす!」
まだ眠い……こんなことは滅多にないのに……でも起きないと……。
目を少し開けたらニコニコ顔のほの花さんが僕を覗き込んでいた。
ハテナが頭に沢山浮かんだが……そうだった。ほの花さんの家にお世話になっているんだった。
「今宮さん、意外と寝坊助さんですね」
ミニほの花さんズと共に僕の顔を覗き込んでいる。僕が寝不足なのは君たちのせいなのに。
「もう朝ご飯できてますから、一緒に食べましょう」
ふふっと優しく笑うほの花さんの笑顔を見たら一気に目が覚めた。
朝の光に照らされて笑うほの花さん。天使だ……間借りして良かった……!
「今宮さん、今日もお泊まりするんですよね?」
帰りは早い? と頭をコテンと倒して聞いてくる。やばい、可愛い……好き。
「なるべく早く帰ります」
布団から出て畳みながら言うと、了解です! と敬礼してきた。
「お昼はキッチンカーに来ますか?」
もちろんと答えると、嬉しい! とニコッと微笑む。わかっている、僕は客寄せパンダだ。
「じゃあ、お待ちしてますね」
早く朝ご飯食べましょうと僕を急かす。どうやらミニほの花さんズが食卓の用意をしているらしく、台所の方が賑やかだ。
ほの花さんが部屋を出て行ったので着替えて身支度をしていると、今度はミニほの花さんズがやって来てまだかまだかと急かす。甘えん坊のミニほの花さんが抱っこしてとせかんでくるのが可愛い。
朝起こしてもらって、誰かにご飯を用意してもらうなんて……久しぶりだな。
甘えん坊さんを抱っこして、おでこにキスすると、みゅ〜ん! と顔を真っ赤にして照れた。
「あーっ! またミニほの花ちゃんをたぶらかしてる!」
みんな遅いと思って来てみたら!
みゅ〜と甘えてくるミニほの花さんとは対象的にもう! とプンプン怒っているほの花さん。
朝からとても賑やかで、僕はとっても幸せだったが……。
ランチの時間にほの花さんのキッチンカーに行くと、髪の長い女性がほの花さんと談笑していた。
客寄せパンダになるために早目に来たからまだお客さんも少ない。
今日のランチは確か……とお弁当の内容を考えながら近づくと、今宮さーん! といつも通りにほの花さんが僕に気づき笑顔で手を振ってくる。
談笑中の女性も自然にこちらを振り返った。驚きのあまり僕は息をのむ。
「永茉……」
永茉が僕を見て目を丸くすると、懐かしい笑顔で微笑んだ。
「久しぶりだね」
永茉とは約10年ぶりの再会だった。