ヴァニラな雪女 4
ヤスという子供から人間界のお菓子をもらって食べ物に恋したほの花さん。
その話を聞いて僕はある仮説を立てた。
実はほの花さんが恋したのはお菓子ではなくその子供なのではないかと。
食べ物に恋をしたと思い込んでいるだけで……。
ただ、僕はその仮説を立てた時、途端に嫌な気持ちになった。
しかも名前がヤスで歳の離れた兄弟がいるなんて。
思い当たる人物が一人。僕の親友。凄くいい奴で……。
いやいや、妖怪ノ国には人間界よりも多くの妖怪が存在する。ピンポイントに僕の親友がほの花さんにお菓子をあげた子供とは限らない。
そうだ、人士さんに聞いてみよう。ほの花さんを迎えに来たと言っていたから会っているはずだ。
僕は人士さんに連絡をとり、その日の夜、妖怪ノ国のいつもの居酒屋で人士さんと落ち合うことにした。
会って早々なんですが……と話を切り出すと、
「あぁ、ヤスって名前だったな……懐かしいな」
そう言って、ほの花さんとお揃いのタレ目を細めた。
「ほの花がピーピー泣いてるんじゃないかと心配して走り回って探していたら、子供とお菓子食べていたんですよ」
まったく、こっちの気も知らないで……。うんうんと頷く。
「それで、その子供ってどんな子でした?」
えっ? うーん……? 人士さんが昔の記憶を辿る。
「ツヤツヤの黒髪で……」
黒髪?
「短髪」
短髪? やはり男の子か?
「つり目の」
えっ? 僕の親友と姿が重なる。
「女の子」
はっ? 女の子?
「ヤスコちゃん」
ヤスコちゃん……女の子だってわかった途端、ほっと一安心した。そうだよ、ヤスって名前だけで男だと勘違いしたり、しかも親友じゃないかと疑ったりして、僕は馬鹿か。
「今宮さん、どうしたんですか?」
お酒を呑みながら、不思議そうな顔をしている。当たり前だ、急にこんなことを聞いたりして。
「いや、実はほの花さんが恋をしたのはお菓子ではなくて、お菓子をくれた子供に恋をしたのではと……」
恥ずかしくて顔が赤くなる。人士さんが顔が赤い僕を心配して、酔いましたか? と水を頼んでくれる。
「しかし、なんでそんなこと気になったんですか? ほの花が何か?」
なんでって? もし、本当にほの花さんがお菓子をくれた子供に恋をしていたら……僕はどうしたんだ?
雪女は初恋の人と添い遂げたいと思う妖怪。
その子供を探し出して会わせたのか? それは……胸の痛みに気付かぬふりをして、人士さんに笑いかけた。
「そういえば、ほの花と新メニュー開発してくれたそうで。ありがとうございます。本当にお世話になります」
ペコっと頭を下げる人士さん。
「僕も楽しいし、勉強になるので」
と笑うと、今宮さんは何でもできるんですね〜と尊敬の眼差しで見られる。
「先日、ほの花と電話していたら、ミニほの花たちが今宮さんに来るように伝えてくれとみゅーみゅー言ってましたよ」
人士さんはミニほの花さんズの言葉がわかるのか……。人士さんは雪女の血を引いているので、ほの花さんと同じ能力が使える。ただ、ほの花さんよりも能力は低いのだという。
「そういえば、人士さんにも雪ん子が出せるんですか?」
そう尋ねると、ふふんと得意げな顔をして、パンと手を叩くと、ポン! と人士さんそっくりの小さな人士さんが現れた。本人と似て人の良さそうな笑顔でみゅーと僕に挨拶する。
「出せるけど、一体だけですね」
ミニ人士さんは情報収集に長けているらしく、金融系の仕事をする人士さんの良き相棒だそうだ。
握手を求めると、快く応じてくれる。
「こいつ、悪趣味な人とは握手しないんですよ」
人士さんのダジャレが出たところでドヤ顔してくるのが可愛い。今度、ミニほの花さんとの共演が見たいな。そう思いながら人士のダジャレに拍手した。
後日、いつものようにほの花さんのキッチンカーへ。
「今宮さーん!」
いつものキッチンカーから僕を呼ぶ声。
おーい! と僕を笑顔で呼ぶほの花さん。
すると、キッチンカーの横を指差し、顔の前で四角を作って、食べるポーズのあとにお願いと手を合わせた。
どうやら、売上が悪いから客寄せしてほしいという事らしい。
まったく、仕方ないな。
僕はOKと頭の上で丸を作り、食べたらスイーツ分けてとジェスチャーする。
食べ物に恋した雪女。
変わっているけど、その人懐っこさについつい気を許してしまう。
いつか、ほの花さんが人を好きになってしまうことがあるのだろうか……? またチクリと胸が痛む。
早く、早くー! と僕を呼ぶ声。
まぁ、今はそんなことより客寄せパンダにならなくては。
僕はキッチンカーへ足を進めた。