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ヴァニラな雪女 2

「今宮さーん!」

 キッチンワゴンから僕を呼ぶ声。


 ほの花さんと初めて出会ってから、時々会いに行くようになった。

「今日のお弁当は何ですか?」

 人間界でお昼を食べる時には、ほの花さんのワゴンで食べるようにしている。

 楽しいし、妖怪ノ国のおかずも食べられるからだ。

「今日は豚の生姜焼きと、鯖の味噌煮の2種類です」

 鯖の味噌煮をお願いして、ワゴン内で食べたいと申し出ると

「お願い! 今日は外で食べて!」

 と両手を合わせてお願いされた。


 そう、こうやって時々中に入れてくれない時がある。なぜかというと。

「今日の売上まだ達成されてないの! お願いします! この通り!」

 そう、売上が悪い時は客寄せとして使われるのだ。

 凄く複雑な気分だが、仕方ない。

 後でご褒美にくれるスイーツを楽しみにしておこう。

 ワゴンの近くに設置されたテーブルでお弁当を食べていると、わらわらとOLさんたちが集まって来て、僕をチラチラ見ながらお弁当を買っていく。

 何人かに声をかけられたが食事中なんでとやんわり断った。


 お弁当を食べ終わり、サービスでもらったコーヒーを飲んでいると、

「今宮さん! ありがとうございました。無事に売上達成です」

 僕にVサインをしてニコニコ笑うほの花さん。


 どうぞ中に入ってくださいと、ようやくお許しが出た。中に入ると、ワゴンの販売用窓のカーテンを閉めてスイーツ販売の準備のために、ミニほの花さんズがスタンバイしていた。

 僕を見ると嬉しそうに飛びついてくる。

 そう、僕がほの花さんに会いにくる理由は、このミニほの花さんズにもある。いつも「みゅ、みゅ」と言いながら歓迎してくれる。腕を引っ張ったり、膝に乗ったりと甘えん坊だ。

 身振り手振りで、また何か作ってと言ってくる子もいる。


「こらこら、ミニほの花ちゃんたち。今宮さんが来てくれて嬉しいのはわかるけど、困らせたらダメよ?」

 はーいと手をあげて元の位置に整列し、それぞれ受けた指示通りに動き出した。

「もう! この子たちったら、すっかり今宮さんの虜なのよ。いつも、今宮さんまだかな~? って待っているんです」

 みゅーみゅー言いながら作業しているミニほの花さんズ。

 僕には兄弟がいないから、こんな子たちが妹だったらな~とニコニコしながら想像していると、コンコンとワゴンの出入り口を叩く音がした。

 ミニほの花さんズが僕の足元、販売用の窓から見えない位置に集まってくる。


「はーい!」

 とほの花さんが販売用窓を開けると、男が一人立っていた。

「あっ、鈴木さんごめんなさい。もう今日はお弁当が売り切れで……」

 そうほの花さんが詫びると、

「違うんだ。これ、ほの花さんにお土産」

 そう言って紙袋を渡した。

「わあ! いつもありがとうございます」

 そう言って、ちょっと待っててくださいねとコーヒーの準備をする。


 すると、ミニほの花さんが僕のズボンの裾をくいくいと引っ張って首をブンブンと横に振ったり、バツポーズをしている。

 ふむふむ、なるほど。もしかしたら……?


 鈴木さんを見ると僕と目が合った。

「僕がいくら頼んでも中に入れてくれないのに……ほの花ちゃん、イケメンは中に入れるの?」

 と鈴木さんが面白くなさそうに言う。


 ほの花さんが、違うんですよこの人は……とコーヒーを差し出しながら弁解しようとしたので、

「はじめまして。ほの花さんがいつもお世話になっています。ほの花さんとお付き合いをしている今宮です」

 と、さらりとほの花さんを制して挨拶する。

 ほの花さんも、鈴木さんも目がテン。

「えっ⁉︎ ほの花ちゃん……あー、コーヒーありがとう……じゃあ……」

 と去って行った。


 このくらいの牽制で諦めるようではダメだなと椅子に座り直すと、ほの花さんが真っ赤な顔で、

「なんてことを言うんですか!」

 と怒っている。

「僕は別にお付き合いしていると言っただけです。彼氏とは言っていません」

 僕が足元のミニほの花さんズを拾い上げると、僕に擦り寄ってみゅ〜と甘えてきた。


「ま、まぁ、助かりました。いつもあの人ワゴンの中に入れてって……ちょっと困っていたんです」

 ありがとうございますと恥ずかしそうに唇を尖らせながらお礼を言うほの花さん。

 あれ? ちょっとワゴン内が冷えてきたな?

 気のせいか……?

 ミニほの花さんズもぺこぺこと頭を下げている。


「じゃあ、気を取り直して作業を続けましょう! 今宮さん、お手伝いしていただけますか?」

 そうほの花さんがニコニコしながら聞いてくる。

 ほの花さんの背後に札束が見えるのが可笑しくてクスクス笑う。

「残念ながら今日はこれから仕事なんです」

 えー! 売上がぁとブーたれるほの花さんとミニほの花さんズ。


「でも、夕方には終わりますからお宅にお伺いしても?」

 と聞くと、

「わーい! 今宮さんのご飯だー!」

「みゅー!」

 と大喜び。

 僕はミニほの花さんを捕まえて、

「さっきみたいなお客さんがいたらまた教えてね」

 と約束して仕事に戻った。



 後日、妖怪ノ国で人士さんと食事をしている時にこの出来事を話したら、

「ほの花はよっぽど今宮さんがお気に入りだなぁ」

 としみじみ言った。

「僕を歓迎してくれるのはお客が入るからですよ? それとご飯」

 そう言いながら酒を呑む。なんか自分で言って虚しいけど。


「いや実は、ほの花自身は気づいていないんですけど、ほの花とミニほの花たちは感情が直結しているんですよ」

 人士さんは人差し指を顔の前に持ってきて

「このことは内緒ですよ?」

 と笑っている。


 えっ? そうなると……ミニほの花さんズの僕に対するあの甘えっぷりは……。

『今宮さーん!』

 と僕を呼ぶニコニコ笑顔のほの花さん……の後ろには札束の背景……。

 いやいや、ナイナイ。

 僕はグラスに入っていたお酒を一気に飲み干した。


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