婿様がやってきます
心彩は、宮廷を中心に六角形の城壁に囲まれた街を築いている。身分などあってないようなもので、姫と民の関係性もとても近い。
今日は「姫様の婿殿がやってくる!」と耳にした子どもたちが、その姿を一目見ようと宮廷付近で集まって遊んでいた。
さすがに聖様を見世物のようにするわけにはいかない、ということで、武官らが子どもたちに菓子を与えてそのまま帰らせたのだが、彼らも娘のように想っている私の婿が来るということでどこかそわそわしている。
「いよいよ、聖様がいらっしゃる……!」
今日のために、宮女たちが選んでくれた衣装を纏い、髪は念入りに梳かして簪や飾りも多めに付けた。
「派手すぎない?」
「いいえ、とてもお美しゅうございます」
嬉しそうな宮女たち。
色恋に疎い私が、初めて会う婿殿と良好な関係を築けるように、第一印象をよくしようという作戦なのだろう。
今日、ついに聖様と会える。
縁談がまとまってから数か月、実感がないまま今日になってしまったけれど、本当に来るらしいというのは偵察隊からの知らせで聞いている。
途中までは船に乗り、軍勢と共に移動していた聖様は、だんだんとその一行の数を減らし、隣国にやってきたという。
隣国はうちと変わらないくらい平和なので、護衛の数が減っても大丈夫という判断なのだろうか?
思っていたよりも付き添いの数が少なそうなので、こちらとしては歓迎の宴の規模が小さくなって驚いている。そしてホッとしている。
さすがに皇子様の護衛をすぐに追い返すわけにはいかないが、他国人がこの心彩国へやってくることはほとんどなく、しかも滞在となるとどう対応していいかまるで見当がつかない。
あれやこれや準備をして、およそ百人が泊まれるだけの支度はしたものの、持参金の半分を事前に受け取っていなければそれもできなかっただろう。
衣服や寝具、食器などは加護持ちの人間に頼めばすぐに作れるけれど、料理だけは材料を外から買い付ける必要があり、慶事はやはり出費がかかると実感する。
でも私だって、お金の心配をしていただけではない。
「気に入ってくれるかしら?」
婚儀で使用する髪紐は、私が精霊たちから糸をもらって自分で編んだ。
本来なら互いにそれを編んで交換するものだけれど、聖様は外からやってくる人だから用意がない。
残念な気はするが、仕方がないと諦めた。
私の分は、宮女たちが皆で編んでくれたらしい。
婚儀の日に、それを見るのが楽しみだ。
「ちゃんと夫婦になれるかな」
箱の中に入れた手作りの髪紐を眺め、私はまだ見ぬ夫の姿をイメージしてみる。
「あぁ、処刑直前の顔しか知らない……」
虚無な目。あの人も、笑うことはあるんだろうか?
いや、それはそうよね。
今は反逆罪で捕縛されていないし、きっとこちらが誠心誠意接すれば笑い返してくれるはず。
「姫様、そろそろ出発しますよ」
「ひっ!」
驚いて肩を揺らせば、凱が苦笑いで私を見ている。
いつの間に……。
「心配なさらずとも、見た目はよき御仁らしいですよ。偵察隊から聞きました」
「別にそういう心配はしていないわ」
人は見た目ではない。
「そもそも、お金目当てなのよ。外見は問題じゃないし」
「ちょっとくらい気にしてくれません?お年頃なのですから」
そんなことを言われても。
私は困り顔になる。
「政略結婚なら、親子ほど年が離れた相手に嫁ぐこともあるって聞くわ。私の場合、年齢が同じだっただけでもありがたいと思ってる」
「ああああ、うちの姫様がいびつに世間を知ってしまっている……!」
「なぜ嘆くのよ」
理想が高いと幸せになれないって、一琳が言っていた。
それに、理想がどうこうあったとしても、私はもう彼に決めてしまったのだ。彼だって、決まった以上は私で納得してもらうしかない。
「お金をもたらしてくれる彼のことは、幸せにしてみせる」
「事実ですが、言葉にするとさみしいものがありますね」
「あなたが言い出したのよ?だから責任を持って、私たちがちゃんと夫婦になれるように手伝ってね」
「それはまた難易度が高いですね」
凱は孫もいるのに、恋愛に疎い。
幼馴染と何となく結婚したそうで、恋愛らしい恋愛なんてしたことがなければ「生きていくのに恋愛って必要ですか?」と逆に尋ねて、宮女たちにじとりとした目で見られていた。
「さぁ、行きましょう!」
私たちは宮廷を出て、聖様の出迎えに向かった。




