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今度こそ

「持参金ね?」


「はい。それがあれば、最初の段階での資金難は乗り越えられるでしょう」


なるほど、と私は納得する。


精霊族はお金儲けがうまくない。薬草や薬、織物の商売がもっと上向きになるまでは、下手に手を広げない方がいいのはわかる。


でもそれじゃ、遅い。お金も入ってこない。


「今はまず初期投資だもの、ね」


何事もその規模によって、今後の進度が変わってくる。今、この段階で大金があれば────。


「加護がなくても、精霊族は差別などしません。持参金目当てではありますが、ここならその第五皇子も健やかに暮らせるはずです。このまま泰仁(タレン)にいるよりも、どこかほかの国へ婿に行くよりも、ずっといい。しかも、一年後には冤罪で処刑されるとなればなおさら」


(カイ)がそう言い切るのは、加護のない皇子が自国でどんな扱いを受けているか想像がつくからだろう。

あらゆる悪意を向けられ、生きづらさを感じているのは容易に想像できる。


「理屈はわかったわ。でも、その皇子様は心彩(シンツァイ)に来てくれるかしら?外から見た心彩(うち)って、怪しげな集団じゃない?」


「おや、ご存じでしたか」


「さすがに二度も人生やり直していればね」


精霊の末裔。普通の人間に精霊が見えなくなって久しく、今では心彩(シンツァイ)のことを不審がる者もいる。


きっと、その皇子様にはここで飛び回っている精霊たちも見えない。


(カイ)が縁談を勧めるくらいだから、その彼自身にはそれほど悪評はないのでしょう?彼からすれば、加護がないってことで散々に辛酸を舐めてきたと思うの。それなのに、ついには謎の異国へ放逐されるの?可哀そうすぎない?」


物語だとすれば、救いがなさすぎる。

警戒して来てくれないのではないか?


(シャン)第五皇子についてはほとんど情報がありませんが、人目につかぬようひっそりと暮らしていらっしゃるとか。無駄な争いを避ける賢さはあると思いますよ。確かに見ようによっては放逐ですが、ここまでの道のりは遠いです。逃げようと思えばいくらでも逃げられるでしょうし、こちらとしては縁組が決まった時点で持参金の半分を手に入れられますから、最悪の場合ご本人がいらっしゃらなくても困りません」


「……なるほど?」


それでいいのか?と思ったものの、恋愛結婚ではないので相手に逃げられても傷つくことはない。それに、確かにうちならば逃げられても後を追わない。


こちらは、半分とはいえお金を手に入れることができ、彼は自由を手にできる。

(カイ)の言う通り、互いに損はないように思えた。


「欲を言えば、全額欲しいです。彼にはおとなしくこの国へ来ていただき、王配の座に座ってもらって、正式な婚礼の際にもらえる残りの持参金を全額もらう…これが理想ですね」


「そう、ね……」


迷っている暇はない。

何のために、やり直し当日に(カイ)にすべてを打ち明けたのか。それは、自分では思いつかない策を出してもらうためではなかったのか。


「まさか、結婚することになるとは思わなかったわ」


でも、やるしかない。


お金がいる。

精霊族を守るためには、まずこの問題を解消しなければ何も進まない。


幸い、私には好きな人や許嫁はいない。

お相手への希望は「気が合えばいいかな」くらいだし、私と共にこの国を愛してくれる人ならばうまくやっていけると思うのだ。


泰仁(タレン)に書簡を送りましょう。第五皇子様との結婚の詳細を知りたい、と」


「ありがとうございます。姫様」


何気なく池の方へ目を向けると、木蓮が見事に咲いていた。

紫色の花は、見る者の心を和ませてくれる。


「結婚……、結婚……ね」


「ちなみに、以前(・・)はどうなさったのです?王配を決める問題は」


(カイ)が、過去二度の人生について尋ねる。


女王になるには、王配を持たなければならない。

しきたりではそうなっているが、これまでの二度の人生ではとてもそれどころではなく、私は二十歳になったその日に未婚のまま即位した。


普通に考えれば、官吏か武官の数人が候補になるのだろうが、生きるか死ぬかを前にしたとき結婚している余裕はない。


私は力なく首を横に振り、(カイ)はそれだけですべてを察してくれた。


「姫様にこんな結婚を強いたとなれば、さぞ多くの者から恨まれましょうな」


(カイ)はそう言って笑う。

さすがに、孫娘のような存在にこの結婚を提案するのは気が引けたのかもしれない。


ただし、彼は己の役割を正しく理解していた。


「あなたは宰相として私に提案した。それだけよ」


私は、彼の心中を察して笑顔を向ける。


「それに私だって同類だわ。お金目当てで皇子様を迎え入れるのだから」


「同類ですか」


「ふふっ、どうする?このままじゃ、精霊族で性格が悪いのは私とあなただけになっちゃう」


「姫様はまだ大丈夫です。今後もこちら側に来てはなりませぬ」


そうは言っても、きれいごとでは国が救えない。

純真無垢な姫君のままでは生きられない。


「構わないわ。精霊姫として生まれた以上、この国を守るのは私なんだから」


庭を見れば、子どもたちが木蓮の花びらを拾い集め、走り回っている。

私は、この開けた宮廷や後宮が好きだった。


小さな精霊たちは池の上で蝶と戯れ、それに飽きたら私の長い髪に木蓮の花をつけてくれる。


「国のためとは言っても、結局は私がこの国を好きなの。好きなもののためならば、人はがんばれるって知ってるから」


出口の見えない努力はつらい。

でも、皆が健やかに、笑って生きられる道があるなら諦めたくない。


「生きて、幸せになりましょう。皆も、私も、皇子様も」


すべては始まったばかりだ。

これが吉と出るか凶と出るかは、誰にもわからない。


今度こそ、大丈夫。

私は、前向きに考えることにした。


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