加護の代償
新たな協力者は、占術士の一琳だ。
今は私の部屋に二人きり。私は机の上に置いた地図を見ながら、彼女が指示した場所に筆で丸を描いていく。
「姫様、薬草園はこのあたり、療養所はこちらの土地に作りましょう」
「わかったわ」
この国の占術士は、光の加護を持つ者が土地の吉凶を占ったり、ふさわしい時期や場所を占ったりするのが仕事である。
「風の精霊が多い土地なら、薬草がよく育ちます。光の精霊が多い土地なら、人々の心が穏やかになりますから療養所にぴったりですわ」
ふぅと一息ついた一琳は、さすがに疲れた様子だった。
加護を使うと、肉体的にも精神的にも疲れが伴う。
私は申し訳なくなり、謝罪を口にした。
「ごめんなさいね。急に呼びつけて色々と頼んで」
彼女には、「隣国から病が入って来るかもしれない」とだけ伝えてある。そのための施設を新たに作るのだと話すと、彼女は快く占ってくれた。
「姫様のためですもの、引き受けたからには残りの仕事も早々にいたしますわ」
「ありがとう。無理しないでね?寿命が縮まない程度でね?」
加護の力を使いすぎると、寿命が縮む。特に強い加護を持っている者は、自然とのバランスをとるためか、あまり乱発できないように代償が大きくなっているらしい。
「病のことで皆の命がかかっているとはいえ、特定の個人に負担を押し付けて犠牲にするつもりはないの」
「姫様こそ、あまりご無理はなさらないように。精霊姫は国の守護をお一人で引き受けていらっしゃるのですから」
一琳が心配するのは、精霊姫が生まれながらにして背負う役目を知っているからだ。
精霊神様の加護を受ける精霊姫は、自然や悪意から国を守護し、その祈りが不幸を遠ざける。
祈ることで大地を豊かにし、風や雨などに作用し、皆が幸せに暮らせるようになっている。
その対価は、自身の寿命。
200年ほど生きる精霊族でありながら、歴代の精霊姫は皆100年に満たない期間で人生を終えていた。
おそらく、私もそうなるだろう。
精霊族でありながら、他国の普通の人間と同じくらい早く死んでしまう。
「面倒なことは凱に任せて、姫様は人生を謳歌してくださいね?」
「ふふっ、それもいいわね。あと何年かしたら、そうしてみようかしら?」
私は笑顔でそう答える。
今、凱に全部を任せたら泰仁が焼き払われちゃうかもしれないから、放任できないわ。
さすがにそれはマズイ。
笑顔で物騒なことを提案する凱を思い出し、私は遠い目をした。
そろそろ休憩にしませんか、と宮女の一人が声をかけたことで、私たちは部屋を移動する。
するとそこに、泰仁の調査から戻ってきた官吏と凱が通りかかった。
「姫様、これから休憩ですか?」
「ええ、祈りの時間の前に、少しお茶を飲もうと思って」
「では、その後でよろしいのでお時間を頂戴します。ご報告がございますので」
「わかった。強も一緒に? 休んだ方がよいのではないかしら?」
泰仁帰りの官吏・強を案じて、私はそう提案する。
でも彼は、笑みを浮かべて言った。
「お気遣いありがとうございます。宰相様からも休むようお言葉をいただいておりまして、そのようにいたします」
「うん、ゆっくり休んで。消化にいいものを食べてね」
私がそう言うと、一琳が「姫様ったら」と言って笑いを漏らす。
心配から出た言葉なのに、なぜ笑われるの?
きょとんとして見つめれば、彼女はふふっとまた笑って言った。
「つい先日生まれたばかりの姫様が、大人のようなことをおっしゃるからおかしくてつい」
「もう」
一琳も見た目は若々しいけれど、70歳を超えている。
私のことは、孫娘ががんばっているみたいな感覚で見ているのだろう。
「私だって立派な大人ですけれど?」
「「そうですね」」
凱と一琳が、口を揃える。
絶対にそう思っていない。
私は不満げに目をすがめながら、笑みを浮かべる皆を睨んでいた。