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とりあえず……

宮廷の奥には、精霊神様に祈りを捧げる特別な場所がある。

民も宮廷に気軽に入ってこられるこの国で、唯一厳しく入退室を管理されるのがこの精霊殿だ。


淡い緑の壁に、銀細工で作られた蝶や鳥たちが飾られ、建物の中なのに薄青色の水が流れる滝がある。


そこに用意された机と椅子。私は、(カイ)と向かい合って座った。


周辺には、手のひらより小さな精霊たちが飛び回っている。

羽の生えた子どもという見た目の彼らは、精霊族にはおなじみの存在だ。


言葉は通じないものの、ごく自然に周囲に存在している。


「姫様、一体何があったのですか?」


(カイ)は、まっすぐにこちらを見てそう尋ねる。


どこから話せばいい?

迷ったけれど、結果から簡潔に伝えた。


「この国は、精霊族は──あと三年で滅びるの」


思い出しただけで胸が詰まる。

ぎゅっと拳を握り締め、すがるような思いで口を開いた。


「私はすでに二度、精霊族が滅びるのを体験したわ。一度目も、二度目も、ある病が原因で皆死んでしまった。私も、あなたも」


滅亡のシナリオはこうだ。

あと2年で、大国・泰仁(タレン)のある西側諸国から病が広がり、それはやがてこの国にもやってくる。


最初は皆、少しの倦怠感から症状が始まり、その後は起き上がれなくなり、眠るように息を引き取るのだ。


「病にかかっても痛みや苦しみはほとんどないわ。けれど、自分の身体がどんどん動かなくなっていくのを感じて、最後には石みたいに全身が動かなくなる。自分はこのまま死んでいくんだ、っていう虚無感で精神が病みそうになるの。そして、結局は……」


(カイ)は、ただ黙って聞いていた。

私の表情や声音から、決して冗談でも作り話でもないことは感じ取ってくれたらしい。


「一度目の人生を終えたとき、私は21歳だった。あなたが亡くなり、そのすぐ後に私も死んだの。でも死んだと思った瞬間、精霊神様が現れて……」


誰も救えなかった私は、自分の無力さを嘆き、後悔した。

普通の人間よりも病に強いはずの精霊族は、まさか自分たちが絶滅すると思わず、病と聞いてもいまいち危機感が持てなかったことも滅亡の一因だった。


もっと早く、自分が対処していれば。

異国の情報に敏感になっていれば。


どれほど後悔しても、すべては遅かった。


けれど、魂となった私の前に現れた精霊神様は、「助けてやれず済まない」と詫び、3年前に時を戻してやると告げてその姿を消した。


「精霊神様は、18歳の誕生日の朝に私の時間を戻してくれたの。つまり、今日ね」


これで伝わっているのだろうか?と、私は(カイ)の様子を窺いながら話を続ける。


「二度目の人生は、とにかく混乱して始まったわ。でも、一度目みたいに何もできずに一族を死なせるわけにはいかないと思って、必死で薬の研究をした」


異国から医師や研究者を集め、薬草や毒、菌の研究に注力した。


──姫様が病に怯えている。

その噂によって、武官の一部から「姫様は心が病んでしまわれたのか?」と心配されたが、実際に泰仁(タレン)で病が広がると、皆本気で対策に取り組んでくれた。


皆で一丸となり、国難に挑んだ。

あれほど一族の絆を感じたことはない。


ただし、熱意や努力は必ずしも報われるとは限らない。


「でも、二度目もダメだった」


私にとっては、ついさっきまで感じていた絶望。視線を落とし、なるべくその痛みを思い出さないようにして話した。


するとここで、それまで黙っていた(カイ)が宰相らしく「失敗の原因」を察してくれる。


「ふむ……、金がなかったのですね?」


「っ!! そうなの!」


異国と頻繁にやりとりするのも、異国から医者や薬を調達するのも、とにかく金がかかる。

この国はいわゆる鎖国状態であり、一部の国とだけ小さな取引をしている状態だ。

しかも、精霊族は善良な民が多く、へたに外に商売をしにいくと騙されて傷つけられるだけなのだ。


金儲けに向いていない種族。それが精霊族だった。


「節約しても努力しても、絶対的に資金不足だったのよ……!」


「うちの者たちは、とことん人がいいですからね。得したい、儲けたいという願望がまったくありません。しかも本来、病やケガに強いから薬の研究も進んでいない。ゼロどころかマイナスから始まったのでは、いくら未来を知っていても三年で謎の病を何とかしろというのも無理ですね」


二度目のやり直しも、精霊族の運命は変えられなかった。

一部の民を国外に逃がすことはできたが、あの後、彼らが外の世界で生きていけたのかはわからない。


「それで、再び精霊神さまが姫様を18歳の誕生日に戻したというわけですか」


「ええ、今朝起きて驚いたわ。死んだと思ったのに、私はまた寝台の上でこうして元気に生きていた」


自身の掌を見て、心如(シンルー)は思う。

薬草や生き物に触れ、皮が厚くなっていた手とは違う。この手は確かに、18歳の平穏な日々を過ごしていた自分の手だと思った。


「もう誰も死なせたくない……!きっとまた、病はやってくるわ。だからお願い、知恵を貸して。(カイ)


二度目の人生も、もっと早く(カイ)を頼ればよかった。


いきなり死に戻った混乱や、これからやってくる病への恐怖、何気なく笑っている人々が死に向かっているのだと思うと、恐ろしくて身動きが取れず、(カイ)を頼るまでに三カ月以上の月日をかけてしまった。


(カイ)は私の後悔を哀れみ、どれほどつらい思いをしたのかと眉根を寄せる。


「姫様。ようがんばられました。事情をすべて理解したわけではございませぬが、私も共に戦います」


(カイ)……!」


「姫様の誕生日がそのようにつらい日の始まりとなるとは、臣下として許せませぬ。必ずや滅亡を食い止め、今日を幸せな人生の始まりにいたしましょう」


にこりと笑う(カイ)を見て、心如(シンルー)は涙を滲ませる。


「ありがとう……!」


すぐに打ち明けてよかった。

今度こそ、滅亡を回避したい。


ところが、ホッと安堵したのも束の間、笑顔の(カイ)からとんでもない言葉が発せられた。


「とりあえず、発生源の泰仁(タレン)を滅ぼすという策でいかがです?」


「は?」


「病が発生する前に、あの辺り一帯を炎の加護を持つ者たちで焼き払ってしまうのがよいと思います。いくら菌でも、千度を超える炎で焼けば消滅するかと」


「え、あの、ちょっと」


「あぁ、ご安心を。精霊族は強いのですよ?普段はのんびりしておりますが、必要とあらば皆きちんと働きます。大丈夫、こちらには誰の犠牲もなく滅ぼすことができましょう」


(これは、思っていた展開と違う……!)


のほほんとした人の多い精霊族で「唯一性格の悪い男」と呼ばれる彼は、物騒すぎる提案をするのであった。


「ダメよ、却下!そんなのダメです!」


「そうですか?では別の案を考えるにいたしましょう」


こうして、私の三度目のやり直しが始まった。




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