聖様の真実
私は驚きで目を瞠る。
嘘を言っているようには思えなかった。
「兄や皇后に殺されないよう、ずっと加護なしのふりをしてきた」
加護がなくて冷遇されてきたと聞いていたのに、本当は加護がある……?
「なぜ、そのようなふりを?」
精霊族とは違い、泰仁では加護持ちは大事にされる。どんな加護があるかで、命の重さが変わってくるとも聞く。
皇族ならば、帝位を狙えるかもしれない。
「母は、俺を次期皇帝にしたいとも権力が欲しいとも思っていなかった」
商家の娘という低い身分でありながら、皇帝からの寵愛を受けてしまった。聖様の母君にとっては望まぬことだったそうだ。
「皇后やほかの妃からは嫌がらせを受け、命を狙われることもあった。母は実の父である永を嫌っていたし、後ろ盾になってもらえるような存在じゃなかった」
「だから、殺されないために子には加護がないと偽ったのですか?」
「そうだ。俺が生まれた頃、泰仁では突然に加護が消えてしまう者が何人も出たらしい。原因は不明だが、嫉妬や怨恨による呪いではないかと言われている」
生まれながらに持っている加護がなくなる?
そんなことがあるなんて知らなかった。
「母はそれに乗じて、俺の加護も奪われたことにした。だが、皇子の加護が奪われるなど、本来はあってはならないことだ。責任を負わされたくない側付きの者たちは、最初から加護がなかったということにした。母は加護なし皇子を産んだ妃として蔑まれ、後宮でひっそりと俺を育てた」
「それでも、命には代えられないと……?」
聖様は、無言で肯定する。
何もかも、子を守るため。痛々しいほどに母君の想いが感じられた。
「俺は、婿入りを機にこんな人生から逃げられるんじゃないかと期待したんだ。誰も俺を知らない、遠い地へ逃げてしまえば新しく生き直せるのではないかと」
心彩にいる期限は、天陽の妹が嫁ぐまで。あと三カ月もすれば、そのときはやってくる。
いかに聖様が自由を欲しかったか、想像するだけで涙が滲んだ。
聖様はそっと腕を離し、涙ぐむ私を見て告げる。
「こうなったのは、俺に逃げるなという天啓なのだろう。何より、俺は自分で後始末をつけたいし、この国を守りたい」
「聖様……」
この国を守りたい。聖様からそんな言葉を聞けるなんて思っていなかった。
嬉しくて堪らなかった。
私は聖様の右手を両手で握り、笑顔で伝える。
「ありがとうございます。心彩を想ってくださるお気持ちがとても嬉しいです」
聖様もかすかに微笑み、私の涙を指で拭ってくれた。
一族を率いる姫なのに、こんな弱い姿を見せてしまって恥ずかしい。それに、この距離感もまだ慣れない。
どうしよう、急に胸がざわざわし始めて落ち着かない。
聖様の顔をまっすぐに見れなくなった。
「すみません、ごめんなさい、申し訳ないです」
「なぜ謝る?」
聖様は不思議そうにしていた。
でも、私だってなぜこんなに動揺しているのかわからない。
俯いていると、遠くからパタパタと誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。
聖様と揃ってそちらを見れば、廊下の向こうから花琳が駆けてくるのが見えた。
「花琳?」
いつも落ち着いている彼女がこんな風に走るなんて、嫌な予感がした。そしてそれは当たってしまう。
「姫様!軍勢が二手に分かれてこちらに……!」
偵察に出ていた強から、兵たちが動いたと連絡があったのはついさきほどのことだと言う。
「二手に分かれて心彩へ……? 草原と西側の崖から来るつもりかしら」
「はい、凱もそのように」
「皆は?」
「すでに出立しました。姫様の祈りを邪魔してはいけないと、私一人がお迎えに……」
「俺もすぐにここを出る。守るなら崖より草原の方がむずかしいだろうから、そこへ」
聖様は、あえて困難な方を選んだ。
そちらには凱がいる。花琳は聖様の加護のことは知らないものの、加勢してくれることに安堵の表情を見せた。
「ありがとうございます。凱をどうかよろしくお願いいたします」
「宰相がいれば俺の力などいらぬだろうが……」
「いえ、あぁ見えて無理は利きませんので。それに、カエルは戦いの役に立ちませんから心配なのです」
「カエル?」
花琳は聖様を見上げ、眉根を寄せて言った。
「雨が降る前にカエルが知らせに来る加護です」
「は?」
聖様が唖然としている。
打ち合ったときにあれほど強かったのに?と、信じられないのは想像できる。
「凱は、加護の力ではなく己の知識と武力で今の地位に就いた人ですから……。一人でも多くの味方がいてくれると安心です」
いつも笑顔で何でもこなして見せるけれど、私も凱が心配だった。
120歳は、戦いにおいては現役とはいいがたい。精霊族の中でも並外れた強さだけれど、昔より体力は落ちてきているのだ。
厩舎場に馬を用意してある、と花琳は告げると私たちを先導して廊下を急いだ。
三人で精霊殿を出て、建物の裏手にある厩舎場へと向かう。そこには天陽が待っていて、聖様の姿を見つけると安堵した表情に変わった。
「姫様にお話になられたのですね」
「あぁ」
聖様と共にここまでやってきた彼は、複雑な心境だっただろうな。
私を見て申し訳なさそうにする天陽に、私は「平気よ」と一言だけ告げた。
「さぁ、行きましょう!」
「姫様も向かわれるのですか!?」
ここで慌てたのは花琳だった。
私はここで彼女と一緒に待つのだと思っていたらしい。
「心彩の姫として、すべてを見届けなければいけないの」
私だけ、のんびり待っているわけにはいかない。
自分が選んだ道から目を背けることはできない。
曇り空の下、花琳を残し、私たちは馬に乗って宮廷を出た。