私の大切な婿様
聖様が心彩へやってきて早十日。
彼が心を開いてくれる気配はまだない。
でも、時間が解決してくれることもあるというし、信頼してもらおうと焦るのはやめた。
晴れ渡る空を見上げれば、今日も一日いい天気になりそう。
朝の祈りを終えた私は、部屋で朝餉をとって薬草園へ向かおうとする。
「あれは?」
途中、中庭からカンカンと高い音が聞こえてきて、誰かが棍棒でも使って打ち合っているのかと思い、様子を見に寄り道した。
すると、そこには聖様と天陽を二人同時に相手する凱がいた。
凱が持っているのは刃をつぶした訓練用の槍で、対する二人は両刃の剣で戦っている。
子どもたちが遊んでいるのか、と思っていた私はその様子を見て息を呑む。
「お二人ともなかなか筋がいいですね!久しぶりに体を動かしたいと思っていたので、お付き合いいただきありがたいです」
「くっ……!」
「はぁ……はぁ……」
笑顔で槍を振るう凱。
聖様はそれを睨み、天陽は荒い呼吸を繰り返すだけだ。
花琳も心配そうに見つめる。
「天陽様は『武芸はあまり…』とおっしゃっていましたのに。おじい様ったら無茶をさせて」
「凱はどうしてこんなことを?」
天陽様はしばらくすると片膝をつき、剣を地面に突き立てて動けなくなってしまった。
聖様は何度も向かっていくけれど、凱に一撃を入れることは叶わない。
凱はにこにこと笑いながら、槍で攻撃を防ぎ続ける。
「あぁ、今のは惜しかったです」
「……くっ!」
「予想よりお強くて驚きました。しかし」
聖様の突きをひらりと躱した凱は、槍の柄で聖様の右ひざを軽く突いた。
聖様は体勢を崩し、そこにわき腹にも一撃をもらい横に吹き飛んだ。
「相手の懐に飛び込むということは、危険が伴います。私が槍を下げるまで待つべきでした」
さほど力を入れていなかったのは見てわかったけれど、私は心配で思わず駆け寄る。
「聖様!!」
「…………」
少し顔を歪め、悔しそうにする聖様。
大事な婿様になんてことをするのだ、と私は非難の目を凱に向ける。
「朝から何をしているのですか!?」
精霊族と他国の人は体の強さが違うのだ。
訓練するにしても、いきなり打ち合うのはやりすぎだと思う。
怒る私を見て、凱は悪びれもなく笑顔で答える。
「お二人とも快く相手してくださいました。加減はしております、怪我はないでしょう?」
「そういう問題じゃありません」
私だけでなく、花琳も冷たい目で凱を見ていた。
しかし、凱はそれには構わず、槍を片手に何やら思案するそぶりを見せる。
「お二人とも、動きが独特ですね……。宮廷の作法的な剣技ではないとお見受けしました。一体どちらで習われたのです?」
問いかけに、聖様はぽつりと呟くように答える。
「泰仁首都にいる武侠連中だ。皇子として剣術を習ったことはない」
「武侠?」
聞きなれない言葉に、私は首を傾げる。
「国の目が行き届かない、妓楼街や貧民街を仕切る男たちだ。うちの国にはそういう者たちがいる」
妓楼街とは何だろう。
疑問から疑問が生まれたものの、とにかく「公の組織ではない強い人たちに教わった」ということは伝わった。
凱は「なるほど」と納得していた。
「聖様も天陽もその方たちに……って天陽!?」
天陽は、気づいたらうつ伏せで倒れていた。花琳が手を貸すと、疲労困憊といった様子で起き上がる。
「すみません、お恥ずかしい姿を……」
「すぐに休んでください!本当に怪我はないのですか?花琳、手当てをお願い」
花琳はかしこまりました、と言い、天陽に肩を貸して後宮へと戻っていく。
凱は楽しげな顔で、「これから鍛え甲斐がありますなぁ」と言いながら宮廷へと戻っていった。
その後ろ姿はまったく疲労を感じさせず、本当に軽い運動をしたといった様子だった。
「加護を使わず、汗一つかかず終わらせた。宰相はバケモノか?」
聖様は本当に悔しそうで、今度こそは……と拳を握り締める。すぐに立ち上がらないところを見ると、見た目以上に疲労が溜まっているのかもしれない。
「凱は別格です。私の祖父や父も、凱には昔から一目置いていましたから」
それに、経験が違う。120歳の経験はなかなか追いつけない。
「宰相は姫の……」
「はい?」
「いや、何でもない」
聖様は、何か言いかけてやめた。
私は続きを尋ねるよりも、聖様に本当に怪我がないか気になって、まじまじと見つめて確認する。
「あぁっ、すり傷があるじゃないですか! 凱ったら『怪我はない』なんてよく言えたものですね」
じっくり見れば、腕や頬にすり傷があった。
痛そうで、見ている私の方が顔を歪ませる。
「私の婿様になんてことを……!」
怒る私を見て、聖様は少し驚いた目をした。
でもすぐに目を逸らし、淡々と話す。
「これくらい平気だ。打たれたわりに痛みもない」
「本当ですか?」
当てられた腹は大丈夫だろうか?
確認したかったけれど、視線をわき腹に下げたところで「見せないからな?」と先に言われてしまった。
小さな精霊たちも、心配したのか周囲に集まってきている。
それを見ると、精霊たちは聖様のことを受け入れているんだなと感じ、嬉しくなった。
しばらく黙っていた聖様は、地面に手をついて立ち上がる。私もそれを追いかけて立ち上がり、裾についた草や土を静かに払った。
「さぁ、一緒に戻って手当てしましょう」
「必要ないが?」
「いけません。御身を大切になさってください」
少し強めにそう言えば、聖様は仕方ないといった風に息をつく。どうやら私の気の済むようにさせてくれるらしい。
無言で歩き始めた聖様を追い、私は隣を歩いていった。




