一つ解決した?
「あちらが薬草園です」
仙氷と別れた私たちは、二人で並んで薬草園まで歩いてきた。
ここは最近ようやく葉が青々と茂り始めたばかりの薬草園で、咳止めになる薬草を三種類育てている。
病を直接直す薬にはならないけれど、咳が出ると体力を徐々に奪われる。前回のときはかなり重宝したので、早急に植えてもらったのだ。
「心彩ではほとんど病気にかかる者はいないと聞いたが、なぜこれほどたくさん薬草が必要なのだ?」
「それは……、万一に備えてです」
不思議そうに畑を眺める聖様。その疑問は当然だった。
「何もなければ近隣の国で売ればよいのですから、無駄になることはありません」
「まぁ、そうだな」
私は、手に持っている籠の中を見ながら聖様に話しかける。
「この精霊樹の実も、皮が薬になるのです。果肉は酒や菓子にしますが、皮は乾燥させてすり潰すんです」
「姫がそのようなことまでするのか?」
「はい。精霊姫の役目は、朝の祈りで国を守ることです。それ以外は基本的に何をしてもいいので」
聖様は、精霊樹の実をじっと見ていた。そして、ふいにその手を籠に伸ばす。
「今、召し上がりますか?」
「違う」
籠ごと奪った聖様は、どうやら私の代わりに持ってくれるようだった。
「これはどこへ?」
「あちらの小屋に……」
彼は、少し先に見えている小屋に向かって歩き始める。
私はその後ろをついて歩いて行った。
「重い」
「あ、ごめんなさい」
「いや、そういうことではなく……。もっと早く持ってやればよかった。すまなかった」
「いえいえ、いつもこれくらい運んでますから、あの、お気になさらず」
まさか謝られるとは。
驚きで目を丸くする。
「あの男は……」
「はい?」
「仙氷といったあの男はそのままでいいのか?」
ちらりとこちらを見ながら、聖様が言う。
私は苦笑いで答えた。
「ええ、きっと自分から凱に報告して何かバツを受けるはずです。もとより、悪意のある者ではないのです。ちょっとまっすぐすぎるというか、私を心配しすぎてあぁなってしまったので」
「そうか」
「昔からそうなんです。小さい頃は私が飴を口にするだけで『喉に詰めるのでは』ってずっと離れなかったり、ちょっと崖から落ちたくらいで急いで凱を呼んできたり」
「飴と崖を同等に語るな」
しまった。聖様は、私が崖から落ちたら死ぬと思ってるんだ。
精霊姫は自然が守ってくれるから、崖から落ちてもケガ一つしない。これも早めに伝えておいた方がよさそうだ。
「あの、私は崖から落ちても大丈夫なのですよ?」
「そんな人間がいるか!!」
います。ここに。
いっそ飛び降りてみせた方がわかってもらえる?
でも、それこそ聖様の常識では信じられないだろう。あぁ、妖術とか化け物とか言われたら……。
一体何から説明して、何から見せていけばいいのだろう。
もしかして、私は外の世界から婿をもらうということを軽く考えすぎていたのかもしれない。悩みは増える一方で、解決する兆しがまるでない。
う~ん、と考え込んでいると、小屋の扉の前で立ち止まった聖様はこちらを振り返って諭すように言った。
「たとえ姫の言っていることがすべて本当だとしても、外の人間には話さない方がいい。どう利用されるかわからないからだ」
「利用?」
崖から落ちても死なないことが、何か利用できるの?
想像できていない私に、聖様は改めて念を押す。
「いいな?絶対に外の人間は信用するな」
「は、はい」
真剣に忠告され、私は反射的に返事をした。
しかしここで、あることに気づく。
聖様はこんな風に人間不信なんだから、これから彼と一緒にいればそうそう騙されることなんてないのでは?と。
「聖様」
「なんだ?」
「私、気づきました。聖様がずっといてくだされば、私がおかしな人に騙されることはありません。これってものすごく頼もしいのでは?」
「は?」
気が合わない、先が心配ってちょっと思っていたけれど、外の世界と付き合っていくにあたって頼もしい味方になってくれるのでは。
そう考えると急にうれしくなった。
「ちょっと先行き不安だったんですが、安心できました!」
にこにこと笑う私と反対に、聖様はとても苦い顔になった。
小屋の扉を開けると、ため息交じりに入っていく。
「はぁ……」
「どうしました?」
「自分にまだ良心が残っていたことに絶望してる」
「良心?聖様は優しいですよ?」
私のことを心配してくれているのだ。
どう考えても優しいと思うけれど?
じっと見つめると、彼は私の顔を見てまたすぐに息をついた。
「これでは置いていけない……」
一体何のことなのか?
よくわからないけれど、私は彼の手から籠を取って調理台の上に運んだ。
「精霊樹の実は、ここに置いておくんです。夜のうちに、職人が仕分けして皮を剥いてくれるので」