加護なし皇子への疑念
廊下をふらふらと歩く長身の男。
たった今、心如と別れたばかりの仙氷だった。
大切に思うあまり、とはいえなんてことをしてしまったのか。
直情的すぎると周囲から何度も言われていたのに、その性格が治らず今日まで来てしまった。
(姫様の手を掴むなど……これは命を持って償うしか)
極端な考えに走る仙氷を、すれ違う女官らは不思議そうに見つめ、でも声はかけずにいた。
そこへ、花琳を連れた凱が通りかかる。
「仙氷?どうしたのです?」
赤子の頃から知る凱は、また何か反省しているのかと呆れた目を向けた。
花琳も同じく、事情を聞く前から呆れ顔をしている。けれど、仙氷の右手に視線を落とした彼女は驚きで目を瞠った。
「まぁ、どうしたのです?その手」
「手……?」
仙氷は己の右手に目をやる。
そして、顔を顰めた。
「腫れてる?なぜ……」
加護持ちの仙氷は丈夫で逞しい。
ぶつけた程度で手首が腫れることはない。
思い当たるのは、さきほど聖に手を掴まれたことだった。
(どういうことだ?)
手首を見つめながら、混乱する仙氷。
到底、普通の人間ができることとは思えなかった。
「外で何かあったのですか?」
彼がさきほど心彩に戻ってきたばかり、ということを把握していた凱は、まさか異国で戦うはめになったのかと首を傾げる。
仙氷は戸惑いつつ、さきほど起こったことを正直に話した。
説明というよりは懺悔に近いそれを、凱と花琳は黙って聞いている。
「──私が姫の手を掴んでいるのを見て、聖様が止めに入りました。そのときに、手首を掴まれたらこうなったようです」
けがというほどのものではないが、こんな風に腫れるのは珍しい。
「それは不可解ですね」
凱は口元に指をあて、聖のことを思い浮かべる。これまで特に怪しい様子はなく、何か能力があるのに隠しているそぶりはないと思った。
だが、現実として仙氷を止められるだけの力があることはおかしい。
「聖様は本当に加護がないのですか?」
「……」
仙氷に問われた凱は、しばらく何か考えていた。
そして、再び仙氷の手首を見てからくすりと笑う。
「少し試してみてもおもしろいかもしれませんね」
その笑みを見た仙氷は、背筋がぞくりとする。
絶対によからぬことを企んでいる。そう思った。
ここですかさず、花琳が凱に釘を刺す。
「姫様の婿様なのですから、手加減して差し上げてください。おじい様」
見た目年齢はほとんど変わらぬ孫娘に睨まれた凱は、にこりと笑ってはぐらかした。
「さぁ、街へ向かいましょう。早く行かねば雨が降りますよ」
窓の外には、カエルが二匹ちょこんと座っている。まるで人の話を理解しているように、視線を送っていた。
凱は仙氷のそばを通り過ぎ、歩き始める。
でも少し先で振り返り、彼に告げた。
「仙氷、姫様への愚行は精霊石の採掘をバツとします。明け方までに採ってきなさい」
「か、かしこまりました……!」
凱と花琳、二人から厳しい目を向けられた仙氷は深々と礼をし、二人の背中を見送った。